「葵さんの気持ちは分かりました。しかし、私はあなたと男女の仲になるつもりはありません。私には好きな人がいます。本当はその人と一緒になりたい。だから本当は独身の方がありがたいのです。」
拒否されるなんて思ってもいなかった。穴があったら入りたいほど恥ずかしさでその場から逃げたくなった。
(これでは私が求めているみたい……。幸助さんは私が邪魔ということ?私がいなくなれば幸助さんはその方と結ばれるの?)
ハッキリと邪魔など傷つく言葉を言われたわけではない。でもその中途半端な優しさが余計に辛かった。幸助さんのために人生もこの身体も差し出す覚悟できたのに、いらないと言われてしまい私は途方に暮れていた。
少しでも幸助さんの役に立ちたいと掃除や炊事など家事に励んだ。薬草も少しずつ覚えていき、仕事でも支えていきたいと思っていた。
2年が経過し私は18歳になった。周りは結婚したら毎日のように身体を重ねるため半年もせずに子どもを授かっていた。2年も経つのに子どもがいないことを不審がる声も出ていて、次第に影で言うのではなく面と向かって言ってくる人も出てきた。頻度を尋ねてきたり下品な言葉を口にされることもあった。
(そうは言っても、幸助さんは私に指一本触れてこないのです……。)
全く触れてこないのに子どもが出来ることはないくらい私でも分かる歳になっていた。報われない思いを胸に一人涙したが、誰かに見られ幸助さんに悪い噂が流れる事を恐れ、人が滅多に来ない山奥へ向かうと遠くから人影が見えた。
「幸助さん……。」
「佐紀さん」
そこには夫の幸助さんと佐紀さんという女性が2人でいた。私の前で見せたことのない愛おしそうな優しい瞳で佐紀さんを見つめ微笑んでいる。
(幸助さん、、、、やはり私はいない方がいいのですね。)
ザッザッザッザッ
悲しみにくれて、全速力であてもなく林の中を走り彷徨った。そのたびに地面に落ちた葉が踏まれ音が鳴っている。そのうち、自分がどこにいるか分からなくなった。
(このまま帰れなくなるかもしれない……。でも幸助さんにとってはその方が都合がいいのかも。……私も一度は誰かに愛されてみたかった。あんなに優しい瞳で見つめられたかった。)
大木がところ狭しと並んでいるせいで、陽の光を遮断し辺りは暗く肌寒い。陽の光が当たる場所を求め私は歩き続けた。しかしいつまで経っても見慣れた景色も陽の光も見えてこない。その場に立ち止まり耳を澄ませるとどこからか水の音が聞こえる。
水の音がする方へと歩いていくと小さな滝が見えてきた。履き物を脱いで、汚れを落とすために中に入ってすぐのことだった。
ゴゴゴッゴゴゴゴゴー
突然、滝の底が竜巻のようにうずを巻き、すさまじい轟音と共に中心部に向かって水が吸い込まれていく。その勢いに抗えることもなく、圧倒されている間に私も一緒に滝の中へと飲み込まれていった。
意識が遠のく中で、今まで見たことの無い金色の髪に青く綺麗な瞳をした男性がこちらに向かって喋りかけてくる。
(自分を責めることはない、君は十分すぎるくらい素敵で魅力的だ……)
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夜会が終わり、それぞれが部屋に戻ってから、重厚なドレスときつく締めあげた下着を脱いで、私はようやくホッと息を吐いた。「葵、大丈夫か?疲れていないか?」夜着に着替えたサラリオ様が心配そうな顔で尋ねてくる。「はい、大丈夫です。疲れてはいませんが緊張しました。でも、とても幸せで、楽しかったです。」「私もだ。葵と晴れて夫婦になれて嬉しいよ。」サラリオ様は私のところへきて、優しく抱きしめてくれた。ふわっと毛布を掛けられたような温かさに包まれながら、サラリオ様の胸の中でゆっくりと瞳を閉じる。サラリオ様の熱や力強い鼓動で私の緊張の疲れも解きほぐし、深い安堵へと導いていく。サラリオ様は私の肩に両手を置くと、真っ直ぐに私を見て真剣な表情で口を開いた。「私は、一生をかけて葵を幸せにする。この先、大変なこともあるかもしれないが、私の隣で王妃として、私についてきてくれないか?」「――――もちろんです。サラリオ様の側でお役に立てることが、今の私の最大の幸せです。添い遂げさせてください。」私がサラリオ様の顔を見て微笑むと、サラリオ様は力強く抱きしめて熱い口づけをした。お互いの瞳を合わせながら舌と舌を絡めて、愛おしさと情熱を交差する。サラリオ様の碧い瞳と私の黒い瞳が至近距離で交わり、お互いの存在を
「リリアーナ王女、ありがとうございます」サラリオ様は、リリアーナ王女が私に近付いてきたことに気がつくと、すぐにこちらへ来てくれた。そして、牽制として私の肩に手を添えている。その一瞬の張り詰めた空気は、私たちがただの恋愛で結ばれたのではなく、国益という重い鎖で繋がれている王族であることを改めて思い知らされた。「お二人のご結婚と今後のご健勝を祈っていますわ、それでは。」王女はその一言だけ言うと、深く一礼して去って行った。サラリオ様も緊張していたようで、小さく息を吐いたが、ひとまず取り越し苦労だったようだ。しかし、王女の目が微かに潤み湿っているのを私は見逃さなかった。(リリアーナ王女は、何を思っての涙なのだろう?王女の瞳は怒りや悔しさではなくて、寂しそうに見えたけれど。)その緊張をアゼルも察していたようで、周りに聞こえないようにそっと近付いてきた。「兄さん、葵、リリアーナ王女のことは俺が見ている。だから、二人は気にするな。今日は祝福の空気を乱させるな。」婚姻を強く迫ってきたリリアーナ王女が、この場で何か外交的な動きや騒ぎを起こさないかと、アゼルも注意していたようで、サラリオ様も小さく頷いてアゼルに任せていた。そんなアゼルと秘めた感情を持ち合わせたリリアーナ王女が、この婚姻の
時は、サラリオと葵が婚姻の儀をした時まで遡る――――――ここから語られるのは、二人が国王と王妃になるまでの物語だ。葵side「あなたたちは互いを愛し、信じて生涯を共にすると誓いますか?」私たちは、大勢の人に祝福されながら人生最高の日を過ごしていた。純白のウェディングドレスは、この数年間の努力と葛藤の重みそのもののように感じられた。私はこの日を無事に迎えられたことに安堵と感動をして、終始涙が止まらなかった。隣にいるサラリオ様の力強い誓いを聞きながら、異国で孤独に勉強漬けの日々を送った記憶が蘇り、込み上げるものを抑えきれなかった。「葵様、葵様とサラリオ様のお幸せを願っていましたが、本当にこの日が来るなんて……私はとても嬉しくて、嬉しくて……」すぐ側に控えていた侍女のメルも、私と同じように目を潤ませていた。「メルーーー!メルのおかげだよ、ありがとう。私がここに来た時から、メルがずっと側にいてくれたから頑張れたの。ありがとうね。」「葵様……」メルの涙に私ももらい泣きして、思いっきり抱き着いて感動に浸っていた。二人とも涙は止めどなく流れ、鼻をすする音だけで深い会話をし
「私のことは、もう、気にしないでください。――――私は、あなたのことを思うと胸が温かくなって、それでいて切なくて苦しい。」エレナは、目に一杯の涙を溜めて、あの詩集の最初の一節を嗚咽交じりの声で口にした。その声は、僕の心を強く打ち抜いた。エレナと会えなくなってから、あの詩集を何度も何度も読み、僕は全てを覚えていた。そして、葵の告白と、エレナの逃げた姿から、この切なさこそが「愛」なのだと確信した。「あなたを知って私は恋を知った。」僕が、詩の次の節を口にすると、エレナは驚愕して、足を止めて僕の方を見て振り向いた。涙で濡れた瞳が、僕を射抜く。そのまま、最後の節まで続けた。「好き、大好き、愛している。だけど叶わぬ恋だということも分かっている。だからせめて夢であなたに会いたい。そう思いながら今日も私は瞳を閉じる――――」「本、読んでくださったんですか?」エレナの瞳から、一筋の涙が溢れた。「ああ、エレナに会えなくなってから何度も。すっかり覚えてしまったよ。そして、わかったんだ。エレナ、ルル王女と僕は、エレナが想うような仲ではない。本が好きで、つい話し出すと止まらなくなるんだけれど、お互い気になっているのは、本の中身だ。そして、僕が、あの詩集を読んで思うのは、エレナ、君だ。」「キリア
二か月後、ルシアン兄さんの家族と一緒に、ルル王女がバギーニャ王国を訪れた。ルシアン兄さんは、サラリオ兄さんたちと、最近の外交問題について真剣に話し合っている。自然と僕がルル王女をエスコートすることになり、庭園でお茶を飲みながら、最近読んだ本の話をしていた。「キリアン様から頂いた本、とても面白かったです。特に終盤は、今までの伏線が一気に回収されて爽快でした。」「僕も終盤が特に好きなんです。謎ばかりなんですが、しっかりと最後で丁寧に真実と誤解の裏側が書かれていていいですよね。あの続きが確か、ここから少し離れた王立の図書館にあるのですが、良かったら行きませんか?」「まあ、嬉しい。是非ともお願い致します。」ルル王女と馬車に乗り、図書館を目指していると、街の通りの向こうに見覚えのある横顔に気がついた。「エレナ?」「キリアン様!!」エレナは驚いて、僕とルル王女が一緒にいる姿を見て、一瞬で顔色を失い、逃げるように走り出してしまった。「ここで停めてくれ!ルル王女、本当にすみません。エレナは僕の大切な知人で、急いで話をしなければなりません。少しお待ちいただけますか?」僕はルル王女に深く頭を下げ
「もしかしてエレナは、僕が誰か気になっている人がいると誤解して、話しかけるのをやめたのか?」エレナに無用な誤解を与えてしまったかと思うと、胸がざわついて切ない。司書として親切にしてくれた彼女の日常を、僕の無自覚な言葉で終わらせてしまった。姿が見えなくなってからすぐに追えばよかったと思ったが、もう遅かった。市場は多くの人で賑わっており、みな笑顔に溢れている。しかし、誰かを追って人混みをかき分けるほどの情熱を持ち合わせていなかった僕は、そのまま王宮へと戻るしかなかった。「キリアン?図書館以外で会うなんて珍しいわね。」夕食を食べ終え、テラスで夜風に当たっていると、葵が僕に気がついて話しかけてくれた。「ちょっと考え事をね―――――。」「あれ、その本。」葵は、僕の手元を見て、昔を思い出すように懐かしそうな瞳で本を見つめていた。その本は、以前エレナが読んでいた詩集と全く同じものだ。「恋する想いを綴った詩よね。読んだわ。切ないけれど、気持ちが分かって読んでいるうちに涙が零れてくるの。」