تسجيل الدخول潜入したのは、東京の裏社会。 愛した男は、逮捕すべき極道だった。 歌舞伎町の売掛金取り立て、闇バイトで使い捨てられる少年、地面師と不動産詐欺、半グレとの抗争。さらに建設会社の裏金と二重帳簿を追ううち、私は組織の奥に潜む巨大な闇へと近づいていく。 東京の裏社会に潜り込み、犯罪の証拠を追う私を救ったのは、黒瀬蓮だった。 「こいつは俺の女だ」 そう言って守ってくれた彼は、七か月後、私の正体が暴かれた夜、冷たく言い放った。 「こんな女、知らない」 小指を失い、義指をつけて警視庁に戻った私。 今度は私が、彼を追う。 黒瀬蓮――逮捕対象。
عرض المزيدタオルが三度目に顔へ押しつけられる前に、涼はどうにか半息を吸い込んだ。
氷水が浴びせられ、鼻から喉へと流れ込む。彼女は心臓の鼓動を数え始めた。父に教わった方法だ。耐えられなくなったら数を数えろ。痛みを数字に変えるんだ、と。
十九回目を数えたところで、タオルが引きはがされた。
椅子ごと身体を半ば持ち上げられ、そのままコンクリートの床に叩きつけられた。彼女は肩に顔を押しつけるようにして咳き込み、血の筋が混じった水を吐き出した。手首には結束バンドが食い込んでいる。もう三日目だ。締めつけられた箇所の感覚は、とっくになくなっていた。
「咳は済んだか?」
向かいの男は、客にお茶が冷めていないか尋ねるような、丁寧な口調で聞いた。
鷹野は折り畳み椅子に腰掛け、白いシャツの袖を肘までまくり、青磁の茶碗を手にしていた。蒼誠会本家の若頭であり、東京の裏社会で二番目の地位にいる男だ。彼がわざわざこの地下室まで足を運んだのは、彼女にたった一つ、問いただすためだった。
「篠宮巡査部長」鷹野は茶の表面に息を吹きかけた。「もう一度聞く。お前の連絡担当は誰だ?」
涼は顔を上げた。
彼女の名は篠宮涼、二十五歳。警視庁組織犯罪対策部所属、コードネームはM-07。この界隈では、十か月ものあいだ「ミオ」と名乗っていた。数日前まで、連中も彼女をミオと呼んでいた。正体が露見したその時から、鷹野だけは呼び方を変えた。
彼はすでに、彼女が警察官だと知っている。今この質問をしているのは、彼女の背後にいる人間を一人残らず吐かせるためだ。
「何度も言ったでしょう」自分の声とは思えないほど、喉はかすれていた。「私は田中花子です」
鷹野は、なかなか面白い冗談を聞いたとでもいうように、薄く笑った。そして隣へ指先を向ける。
部屋の隅から老人が現れた。六十代半ば、骨と皮ばかりに痩せ、白い手袋をはめている。三十年にわたり鷹野の運転手を務めてきた男だ。この三日間、一言も口を利いていない。老人はバケツを持ち上げた。中の氷がガラガラと音を立てる。彼は再びタオルを水に浸した。
涼はバケツを見つめ、呼吸をゆっくり整えた。
話すわけにはいかない。口を開けば、連絡担当官も、同僚たちも、札幌の高校に通う少女の父親も、誰一人として生きてはいられない。二晩は耐え抜いた。三晩目だって乗り切れる。あと少し、耐えれば――
廊下から革靴の足音が聞こえてきた。
左足の着地が、右足より半拍だけ軽い。
涼の指が、ぴくりと動いた。
新宿中を探しても、こんな歩き方をする人間は一人しかいない。十か月間、彼女はその足音を聞き続けてきた。階段で、玄関の外で、眠ったふりをしていた夜にも。
扉の向こうで、男たちが一斉に声を上げた。「補佐、お疲れさまです!」
十か月前、この男は借金まみれで、コンビニの片隅にしゃがみ込み、小銭を数えていた。今では蒼誠会本家の若頭補佐だ。彼が通るだけで、歌舞伎町の半分が頭を垂れる。
足音が鉄扉の前で止まった。
扉は開かなかった。
一秒。三秒。五秒。
涼は数えた。電灯がジジジと唸り、水滴が排水口に落ちていく。
十秒。
彼は扉の外に、きっかり十秒間立っていた。その十秒、彼が何をしていたのか、あの時の彼女にはわからなかったし、考える余力もなかった。ただ一つ、彼が来た。それだけはわかった。
鉄扉が押し開けられ、雨の匂いを含んだ冷たい風が吹き込んできた。その風に、彼女がよく知る煙草の匂いが混じっていた。
黒瀬蓮は黒いスーツに身を包み、ネクタイを緩めていた。髪も肩も雨に濡れている。片手はズボンのポケットに突っ込んだままだ。背後には二人の組員が控えていたが、扉の外で立ち止まり、中へ入ろうとはしない。左手首から、使い込まれたロンジンの腕時計が覗いていた。今の彼の地位を考えれば、笑ってしまうほど安物だ。それでも彼はずっと身につけている。
彼女が選んだ時計だった。
彼の視線が部屋をなぞる。バケツを、床に広がる水と血を、そして彼女を。
だが、視線は止まらなかった。彼にとって彼女は、床にこぼれた水と何ら変わらないようだった。
「ちょうどいいところに来たな」鷹野は茶碗を置いた。その声に初めて笑みが混じる。「蓮、お前の女はサツだった。十か月も寝ていた相手が、警視庁の巡査部長だ」
地下室が静まり返った。
涼は彼を見つめた。
どう振る舞うべきか、彼女にはわかっていた。今、彼がどうするべきかだって、誰よりもわかっている。それでも自分を抑えられなかった。彼女は待っていた。彼が眉をひそめるのを。悪態をつくのを。これまで何度もそうしてきたように、軽薄な笑みを浮かべて彼女の前に立ち、「こいつは俺の女だ」と言ってくれるのを。
この男は、彼女の茶碗に入ったネギを一つずつ取り除いてくれた。彼女が眠ったあとには、そっとカーテンを閉めてくれた。
蓮の視線が、ようやく彼女の顔へと移った。
彼は二歩近づき、彼女を見下ろした。それからポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
「こんな女、」煙を吐き出す。声には何の抑揚もなかった。「俺は知らない」
涼は、自分の心臓が一拍打ち損ねたのを感じた。三日間、鼓動を数え続けてきた。その一拍だけが、抜け落ちた。
「蓮……」
彼の名を呼んだ。かすれて小さく、まるで他人の口からこぼれた声のようだった。
彼は答えなかった。鷹野に軽く頭を下げる。「若頭、俺の身近にこんなものが紛れ込んでいたとは、俺の目が節穴でした。どうなさるかは若頭のお考え次第です。どんな処分でも受けます」
「お前のせいじゃない」鷹野は穏やかに言った。「だが、こいつは何一つ吐かない。俺もいい加減うんざりしてきた。東京湾に沈めるってのはどうだ?」
「沈めてしまえば、何も聞き出せなくなります」
「なら、お前はどうする?」
蓮は煙草を一口吸った。火先が赤く光り、すぐに暗くなる。
「指です」
「ほう?」
「左手の小指です」彼は言った。「まず一本、切り落とす。痛みに弱い奴なら、それだけで口を割る。吐かなければ、あと九本ある。九日間、じっくり聞けます」
どちらの手の、どの指を切るのかまで、彼は彼女の代わりに決めてしまった。
鷹野はしばらく彼を見つめ、ふいに尋ねた。「なぜ左手だ? 右手のほうが利き手だろう」
「右手は残しておきます」蓮は灰を落とした。「調書を書かせる必要がありますから」
鷹野は声を上げて笑い、老人に目配せした。
老人は道具袋から植木の剪定に使う枝切り鋏を取り出し、袖口で刃を拭った。背後から誰かが涼の肩を押さえつける。別の誰かが左手首の結束バンドを切り、彼女の手を引きずり出して、鉄椅子の肘掛けに押しつけた。小指だけが無理やり開かれる。冷たい刃が指の付け根に当てられた。
涼は自分の手を見なかった。ただ、蓮だけを見つめていた。
彼は出入り口まで下がり、壁にもたれて煙草を吸っていた。
十か月前、雨の降る夜。この男は、カップを持つ彼女の手首をつかみ、笑いながら言った。「ヤンキーの女は、そんな持ち方しねえよ」
枝切り鋏が閉じた。
世界が一瞬、真っ白になった。音もなければ、痛みもなかった。どれほど時間が経ったのか、ようやく悲鳴が聞こえた。遠くから響く、人のものとは思えない声。しばらくして、それが自分の声だと気づいた。
それからようやく、痛みが追いついてきた。指の付け根から脊髄まで、焼けつくような痛みが駆け上がる。身体が崩れ落ち、視界がいくつもの破片に砕け散った。
その断片の向こうに、黒い革靴が近づいてきて、彼女の前で止まった。
蓮がしゃがみ込んだ。
彼はすぐ目の前にいた。涼には彼の顔が見えた。そこには何の感情も浮かんでいなかった。
涼のまぶたが重くなっていく。
最後に浮かんだのは、まるで関係のない夜の記憶だった。雑居ビルの屋上。風が強かった。男は缶ビールを掲げ、彼女の手にあるコーヒー缶に軽くぶつけた。気だるげで、意地の悪い笑みを浮かべて。
彼は言った。「お前の十本の指に乾杯だ。一本だって欠けちゃいけない」
「瓶の栓を抜くくらい、いいでしょ?」涼は言った。蓮は一瞬きょとんとし、それから吹き出した。彼女の手を離し、両手を軽く上げる。「わかった。俺の見立て違いだったな」涼は手を袖の中に引っ込めた。心拍は不自然なほど落ち着いている。訓練の成果だ。だが、掌にはすでに汗がにじんでいた。彼が見誤ったとは思えない。この動きを一目で見抜ける人間は、同業者か、潜入捜査官を見つけることに長けた人間くらいだ。肩に手が置かれた。「新人か?」脂ぎった声。酒臭い息。視界の端に太い金のネックレスと、リストバンドを巻いた手が映る。男はそのまま彼女の隣に腰を下ろした。体重をカウンターに預ける。「ナイトリンクから沙織の取り立てに来たのはお前か? 俺は猿渡だ。ルージュの売掛はずっと俺が回収してる。俺のシマで仕事を横取りするなら、筋ってもんを通すんだ。わかってるよな?」「猿渡さん」蓮の口調が、急に丁寧になった。「この子、今日が初出勤なんですよ」「お前は引っ込んでろ」猿渡は蓮を見ようともせず、酒臭い息を涼の顔に吹きかけた。「筋ってのはな、最初の一週間の稼ぎの三割を俺に納めることだ」涼は動かなかった。頭の中で男の情報を整理する。三十五歳前後。右手に拳ダコ。左膝に古傷。重心は右寄り。酒が回っている。三手あれば倒せる。だが、ミオはそんなことができる女じゃない。「お兄さん、私、まだ一円も回収できてないんだけど」「なら、先に借りを作っとけよ」猿渡の手が彼女の腰へと滑る。「俺に付き合え。利息は俺が自分で取り立ててやる」涼はカウンターの下で、指を一本ずつ握り込んだ。初出勤の小娘が関節技を使えるはずはない。だが、ただ耐えればいいわけでもない。こういう場所では、一度なめられたら、その後は毎日つけ込まれる。
十か月前、2025年4月。歌舞伎町には、雨が降っていた。涼はホストクラブ「ルージュ」の看板の下に立ち、ガムを噛みながら、ピンクのジャケットの襟を立てた。スマホのメモをもう一度確認する。三番テーブル、沙織、売掛三十八万円。売掛とは、いわゆるツケのことだ。ホストクラブでシャンパンを入れた女が支払えなければ、ひとまず店が立て替える。その後、組の人間が取り立てに来る。回収できなければ、その借金は別の形に変わる。たとえば、風俗店で働くための契約書に。これが彼女にとって初めての仕事だった。今夜の彼女はミオ、二十二歳。群馬出身、大学中退。池袋で八か月ほどキャバクラ勤めをしていた。金に目がなく、命が惜しくて、口だけは達者。蒼誠会のフロント企業「ナイトリンク」では、計算のできる集金役の手が足りなかった。マネージャーのゆみ姐が、昨日ちょうど彼女を雇ったところだ。本名は篠宮涼、二十五歳。警視庁組織犯罪対策部の巡査部長で、コードネームはM-07。三週間前、連絡担当官の高瀬が一枚の写真を彼女の前に差し出した。写っていたのは、白いシャツを着た中年の男だった。「鷹野。蒼誠会本家の若頭だ。この界隈の店の半分は、毎月こいつに上納金を納めている。裏金はすべてこいつの手を通り、もう一冊の帳簿に記録される」高瀬は言った。「潜り込んで、その裏帳簿を見つけろ。それ以外のことには一切かかわるな」涼は、今回の潜入を志願した理由がほかにもあることを、彼には話さなかった。だが、高瀬はおそらく察していた。彼女はガムを吐き捨て、ドアを押し開けた。むっとする熱気が押し寄せた。香水と酒と煙草の匂いが混ざり合い、店内のスピーカーからは十年前のラブソングが流れている。彼女が入口で立ち止まったのは、ほんの一秒にも満たない。正面の出入口、カウンター奥の厨房口、右手の非常階段、トイレの小窓。出口は四つ。逃走経路を頭に描いてから、ようやく店内へ足を踏み入れた。そして、カウンターの一番奥にいる男に気づいた。黒いシャツ。壁にもたれ、目の前にはほとんど口をつけていないビールが一杯。三十代前半、肩幅が広く、脚が長い。襟元のボタンを二つ外し、髪は無造作に乱れていた。店で一番高いホストでさえ、隣に立てば作り物めいて見える。男の顔には気だるげな笑みが浮かんでいた。まるで、この店も、この街も、今夜の雨さえも、すべて自分に借金
タオルが三度目に顔へ押しつけられる前に、涼はどうにか半息を吸い込んだ。氷水が浴びせられ、鼻から喉へと流れ込む。彼女は心臓の鼓動を数え始めた。父に教わった方法だ。耐えられなくなったら数を数えろ。痛みを数字に変えるんだ、と。十九回目を数えたところで、タオルが引きはがされた。椅子ごと身体を半ば持ち上げられ、そのままコンクリートの床に叩きつけられた。彼女は肩に顔を押しつけるようにして咳き込み、血の筋が混じった水を吐き出した。手首には結束バンドが食い込んでいる。もう三日目だ。締めつけられた箇所の感覚は、とっくになくなっていた。「咳は済んだか?」向かいの男は、客にお茶が冷めていないか尋ねるような、丁寧な口調で聞いた。鷹野は折り畳み椅子に腰掛け、白いシャツの袖を肘までまくり、青磁の茶碗を手にしていた。蒼誠会本家の若頭であり、東京の裏社会で二番目の地位にいる男だ。彼がわざわざこの地下室まで足を運んだのは、彼女にたった一つ、問いただすためだった。「篠宮巡査部長」鷹野は茶の表面に息を吹きかけた。「もう一度聞く。お前の連絡担当は誰だ?」涼は顔を上げた。彼女の名は篠宮涼、二十五歳。警視庁組織犯罪対策部所属、コードネームはM-07。この界隈では、十か月ものあいだ「ミオ」と名乗っていた。数日前まで、連中も彼女をミオと呼んでいた。正体が露見したその時から、鷹野だけは呼び方を変えた。彼はすでに、彼女が警察官だと知っている。今この質問をしているのは、彼女の背後にいる人間を一人残らず吐かせるためだ。「何度も言ったでしょう」自分の声とは思えないほど、喉はかすれていた。「私は田中花子です」鷹野は、なかなか面白い冗談を聞いたとでもいうように、薄く笑った。そして隣へ指先を向ける。部屋の隅から老人が現れた。六十代半ば、骨と皮ばかりに痩せ、白い手袋をはめている。三十年にわたり鷹野の運転手を務めてきた男だ。この三日間、一言も口を利いていない。老人はバケツを持ち上げた。中の氷がガラガラと音を立てる。彼は再びタオルを水に浸した。涼はバケツを見つめ、呼吸をゆっくり整えた。話すわけにはいかない。口を開けば、連絡担当官も、同僚たちも、札幌の高校に通う少女の父親も、誰一人として生きてはいられない。二晩は耐え抜いた。三晩目だって乗り切れる。あと少し、耐えれば――廊下から革靴の足音が聞こえてきた。