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第14話

Author: 瑶影
オークション会社から連絡が入った。以前出品された品が再流通するという。

送られてきた画像を見る。

見覚えのある紋様。母が遺したお守りの玉が写っていた。

硯に贈り、硯が桜井に渡し、桜井が慈善オークションで売却したあの玉だ。

当時の落札者は謎に包まれていて、連絡が取れず、オークション会社に情報を頼んでいた。

この玉は、私にとってどうしても手に入れなければならないものだった。

彫りの技法も主流ではなく、素材も最高級とは言えない。競争率は低かった。

数ラウンド後、残ったのは私の代理人と硯だけ。

値段が想定を大きく上回っても、硯は競りをやめない。

「安藤様、続けますか?」

代理人が電話で確認してくる。

その時、硯が立ち上がり、あるジェスチャーを見せた。

場内がどよめく。それは、どんな高値でも必ず上乗せする意思表示だ。

この馬鹿者が。

家は没落し、財布の紐も緩んだまま、いつまで贅沢を続けるつもりだ?

いくらの金が残っていると思う?

「結構です。彼に譲りましょう」

結局母の品は、他人の手に渡らなければそれでいい。

落札後はいつもインタビューをする。

「これは母が姉に遺したものです」

硯は玉を掲げながら言った。

「姉から貰ったのに、俺は大切にしませんでした

でも取り戻せました。姉に返して、家で待っていると伝えたい」

硯の目は涙で濡れていた。

子供の頃、悪さをした後でいつもこんな目で私を見たものだ。

その度に私は心を許した。

だが私たちはもう大人だ。過去には戻れない。

数日後、瀬川とジュエリー展を訪れた。

彼は誰かへの贈り物を選ぶのに、私の意見を求めた。

「贈る相手の特徴ぐらい教えてよ」

私は笑って聞いた。

「美しく、聡明で、彼女と一緒にいると世界が静まり返るような人だ」

彼は目を閉じて考え込んだ。

「何が似合うと思う?」

私の視線はすぐにパパラチアのブレスレットに釘付けになった。

夜明けのような色合い、優しさと強さを併せ持つ石。

瀬川が微笑んだ。「僕たち、波長が合うみたいだ」

カードを切ると、彼は突然そのブレスレットを私の手首にはめた。

幅はちょうどよく、私の傷跡を優しく覆い隠す。

心臓が高鳴った。

乱暴に胸の内を駆け巡る鼓動。

この年になれば、高価な贈り物に顔を赤らめて拒むようなことはしない。経済的
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