Share

第11話

Auteur: 鳳小安
梨花が葵に高山家へ連れ帰られると、その夜のうちに白石家の荷物全てが届けられた。

「梨花……白石優也がそんな男だと知ってたら、あの時彼を助けるんじゃなかったわ。車に轢かれ死ぬがましだった」

葵が荷物の整理を手伝いながら言うと、梨花がスマホの画面を見つめ、微動だにしないのに気づいた。近寄って覗き込む。

彼女が見ていたのは、優也の母のSNS投稿だった。

【白石家に待望の孫が誕生!我が家に後継ぎなしなんて誰が言った?玲奈こそ白石家の恩人だわ】

添付された写真は、生まれたばかりの赤ん坊。

投稿から十数分しか経っていないのに、既に多くの「いいね」とコメントが並んでいる。

【おめでとうございます!白石家に後継ぎ誕生ですね】

【優也さんさすが!第一子が男子とは】

【玲奈ちゃん、本当に産んだんだね!それも男の子だ。去年のお年玉、甲斐があったよ】

コメント欄はほぼ白石家の親族や友人で埋まっていた。彼らの言葉から、白石家の者全員が玲奈の存在を、彼女の妊娠さえも知っていたことがわかる。

丸一年もの間、真相を知らされていなかったのは、自分一人だけだったのだ。

「本当に厚かましい!堂々と投稿するなんて、梨花という白石の妻を全く眼中にないの?あなたは流産したのに、あの男は不倫相手と浮かれるだけなんて!」

葵は怒りで梨花の手からスマホを奪った。

「梨花、一言くれ。あの白石優也と憎たらしい愛人の家を焼き払ってやる」

梨花は瞬きをし、静かに言った。

「葵……スイス行きのチケットを買ってくれない?兄が待っているの」

「行っちゃうの?」

葵の口調が柔らぐ。「そんなに急ぐ?もう少し休養したら……」

「お願いがある」

梨花が振り向いた。顔色は青白い。

「数日後……私の代わりに、白石優也との離婚届受理証明書を受け取っておいてください」

「離婚したの?」

「うん」

葵は怒りで跳び上がった。「なんて男なの!梨花、本当にあなたが不憫だ!」

「この診断書……優也に渡してほしい」

葵が開くと、中には流産の診断書が入っていた。

「彼に伝えて……私たちにも子供がいたのだと。残念ながら……彼の手で殺されたのだと」

二筋の涙が静かに流れた。葵は眼前の女性を見つめ、胸が痛むほど強く抱きしめた。

「わかった。必ずやり遂げる。梨花、スイスに行ったら、絶対に幸せになって。二度とろ
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 愛の灰に春は芽吹く   第26話

    電話を切られた優也は、その後もずっと鬱々とした気分を引きずっていた。梨花が健太郎の側に立ち、自分を永遠に許さないだろうとは、夢にも思わなかった。飛行機を降り、顔を腫らして帰宅すると、屋敷はすでにめちゃくちゃだった。両親は不在。父は高血圧で倒れ、病院に搬送され、母も付き添っていた。使用人が彼の姿を見つけると、慌てて告げた。「若様、お子様がいなくなりまして……!」「なに……!?」優也は顔を上げ、怒鳴った。「しっかり見ておけと言っただろうが!」「はい、ずっと注意して見ていたのです!ですが、昨日、大勢の警察官が家に来まして……皆で外で事情聴取を受けている間に、部屋に戻ると、お子様の姿が……!」優也の携帯電話が鳴り続けている。彼はイライラしながら出た。「用があるなら早く言え!」「ご主人様、若月様がいらっしゃいません!どう探しても見つからず、いつ部屋を出られたのか……!昨日お出しした食事も、そのまま手付かずで……!」優也は絶望的にスマホを床に叩きつけた。「女と子供一人見張ることもできんとは、役立たずどもめ!全員、探せ!今すぐにでも!」玲奈はその夜のうちに子供を抱えてこの町を脱出した。子供の実の父親に連絡を試みるが、電話はつながらない。仕方なく、彼女は長距離バスに飛び乗った。優也に見つからないよう、新幹線も飛行機も避けたのだ。バスが途中まで来た時、優也の手下たちに進路を阻まれた。優也が目の前に現れた瞬間、玲奈は恐怖に震えた。「優也さん、お願いです……私を放してください!もう二度とあなたの前には現れません!奥様の邪魔も絶対にしません!」「奥様?お前が今の奥様だろうが」乗客たちの訝しげな視線を浴びながら、優也は玲奈の腕から子供を優しく抱き取った。「さあ、家に帰ろう、玲奈。お前は精神不安定で、子供を抱えて逃げ回るのは危険だ」「病気なんかじゃない!放して!誰か助けて!助けて!」「皆様、すみません。家内の精神が少し不安定なもので……お手数おかけしました」優也がそう言うと、二人の男が玲奈を無理やりバスから引きずり降ろした。白石家に戻ると、優也は玲奈を閉鎖病棟のある精神科病院へ送り込んだ。子供は、欲しがった母親に引き取らせた。これが玲奈が望んだことだ。彼はそれを「叶えて」やったのだ。彼女は自分の人生をめ

  • 愛の灰に春は芽吹く   第25話

    梨花は自室に戻り、しばらく携帯電話を見つめた後、覚悟を決めて優也に電話をかけた。「もしもし?」受話器の向こうから、優也の微かに震える声が聞こえた。梨花は沈黙した。「梨花?お前か?お前だよな?」「何が言いたいの?」梨花の声は氷のように冷たかった。その口調に、優也の胸は締めつけられるように痛んだ。「梨花、お前に会いたい」「ありえない。用事がなければ切る」「待て、聞いてくれ」優也は焦った口調で早口にまくしたてた。「小泉健太郎は詐欺師だ!全ては奴の仕組んだことだ!俺と若月玲奈の動画は奴が盗み撮りしてネットに流れた!玲奈が妊娠して俺のところに来たのも、奴の指示だ!奴はお前のことが好きで、お前を手に入れるためなら手段を選ばない!ずっと俺たちの関係を壊そうとしていたんだ!騙されるな、梨花!」電話を持つ梨花の手がわずかに震えた。頭の中が真っ白になった。あの動画は、優也のビジネス上の敵が流したものじゃなかったのか?玲奈は健太郎の手下だったのか?彼が自分を好き?いつから?なぜ全く気づかなかった?「梨花、この世でお前を心から愛しているのは俺だけだ!小泉健太郎など、お前にふさわしくない!」「言いたいことはそれだけ?」梨花は冷笑した。「あなたが心から私を愛している?あなたが浮気したのは事実。玲奈に子供を堕ろさせなかったのも事実。たとえ全てが健太郎の仕組みだったとして、それがどうしたの?誘惑に負けて他の女と寝たのは、あなた自身でしょう?白石優也、玲奈と一度だけだったと、胸を張って言えますか?」「それは……」優也は言葉に詰まった。玲奈とは、確かに一度だけではない。「健太郎は私にふさわしくない?でも彼の愛の方が、よほど誠実に見えるわ。二度と連絡しないで。あなたの声すら聞きたくない!」梨花が電話を切った時、彼女は知らなかった。健太郎がドアの外に立っていることなど。健太郎は彼女が心配で二階に上がってきた。まさか、こんな言葉を耳にするとは思っていなかった。薄い唇がほのかに反った。彼は思わず片眉を上げた。なるほど、自分が選んだ女は筋が通っている。口元に笑みを浮かべ、健太郎は満足げに階下へ降りていった。電話を切った梨花も、階下へ降りた。健太郎を問い詰めようと思った。しかし、兄と談笑している彼の姿を見た時、心の怒りは次第に

  • 愛の灰に春は芽吹く   第24話

    真司が家に着いた時、梨花は健太郎に設計図を見せていた。窓辺で、二人の肩が触れんばかりに近づいている。梨花が指でスケッチを指し示す。「ここは小さな庭園にしたいの。いろんな種類のバラを植えて……」バラという言葉に、梨花の瞳に一瞬、寂しげな影が走った。健太郎は鋭くそれを見逃さなかった。彼はうつむき、女性の完璧に近い横顔を見つめながら、低く重々しい声で言った。「ひまわりはどうだ?ひまわりの花言葉は、『陽に向かって生きる』だ」「……そうなの?」梨花が顔を上げると、男の目がまっすぐに自分を見つめていた。二人の距離は極めて近く、互いの息づかいさえ聞こえそうだった。彼の細く冷たげな瞳の奥は深い墨色に沈み、見つめる者を吸い込みそうな深淵のようだった。梨花の頬が一気に火照った。心臓の鼓動が早くなる。仕方ない。健太郎はあまりにも美しい。子供の頃に見た彼よりも、さらに磨きのかかった美貌だ。美しい男を見て、胸が高鳴らない人間がいるだろうか?彼女もまた、例外ではなかった。「わ、私……お水を汲んでくる」慌てて椅子から降り、背を向けてキッチンへ向かおうとした瞬間、足がテーブルの脚に引っかかり、体が宙に浮いた。「あっ!」思わず小さな声をあげた梨花。しかし、予想した衝撃は訪れなかった。がっしりとした腕が彼女の腰を支えていた。ゆっくりとまつげを上げると、男の口元に、ほのかな、しかし確かな笑みが浮かんでいるのが見えた。梨花の頬はますます赤くなった。「気をつけろ」「……ありがとう」梨花は体勢を立て直すと、慌てて彼の腕を振りほどいた。水を汲もうとしたその時、玄関のドアが勢いよく開いた。真司が白いバラの花束を抱えて入ってきた。「梨花!」「兄さん!」真司の姿を見て、梨花は飛び上がらんばかりに喜んだ。「帰ってきたの?」「ああ、バカ妹よ、兄さんを想ってくれたか?」真司は手にしたバラの花束を差し出した。「ほら、お前へのプレゼントだ」「ありがとう、兄さん。私が白いバラが好きなの、覚えててくれたんだね」「お前のことは、全部覚えてるさ」真司がポケットに手を入れ、何か贈り物を取り出そうとしたその時、指に異様な硬さを感じた。取り出してみると、それは一枚の指輪だった。「……なんだこれは?いつ俺のポケットに

  • 愛の灰に春は芽吹く   第23話

    「あと三秒だ。三……」電話の向こうで母親が金切り声をあげた。「連れて行かないで!彼、体が弱いんだから、牢屋には耐えられない!優也――!」「二」「優也、早く何とかして!あっ!大丈夫?あなた、しっかりして!あなたが死んだら、私も生きていけないわ!」「一」「行く……!俺は行く!」優也は絶望の淵から顔を上げた。「約束する。スイスを離れる。二度と梨花の前には現れない!頼む……父を許してくれ」「ふん、それでいい」健太郎は立ち上がり、床に跪く男を一瞥した。「お前たち、即刻、彼を送り出せ」優也は上着の内ポケットから、古びた指輪を取り出した。「待ってくれ……これを、梨花に渡してもらえないか?」健太郎が視線を落とす。彼の掌にある指輪を見て、薄い唇が微かに歪んだ。「なぜ俺が、お前の代わりに彼女に渡さねばならん?」「……せめてもの償いだ。これは白石家の家伝の指輪だ。梨花は俺のために多くを捧げたのに、俺は彼女を傷つけ続けた。この指輪もそれなりに価値はある。彼女が誰かにあげようが、どうしようが……俺の気持ちだ」優也の言葉を聞き終えると、健太郎は乾いた笑いを漏らした。「その指輪は、お前が持っておけ。梨花ちゃんには、もっと相応しいものがある」そう言い残すと、健太郎は振り返りもせずに去っていった。その背中が視界から消えるのを見つめながら、優也は拳を握り締め、深い悔悟の色を浮かべた。「さあ、白石様、ぐずぐずしてる暇はありませんぞ」「お願いだ……梨花を遠くからでいい、一目だけ見せてくれないか?絶対に気づかれない。ただ、姿を見せてほしいだけだ」優也は健太郎の部下に懇願しに行くつもりだった。ところが、その男に思い切り一蹴りを喰らった。「小泉様のご命令に逆らう者などおるか?まだ高野様に会いたいだと?彼女はこれから小泉家の若奥様だ。諦めろ。すぐに空港へ送る」「……トイレを借りてから行く。それくらい、いいだろう?」優也は洗面所に入ると、メモ用紙とペンを取り出した。細長い紙片を、指輪の裏に隠された隠し仕掛けに押し込んだ。白石家の家伝の指輪には、誰も知らない隠しスペースがあるのだ。たとえ梨花が永遠に自分を許さなくとも、彼女があの詐欺師と一緒になるのは絶対に阻止する。優也は送り出された。梨花は終始、彼がスイスに来たことす

  • 愛の灰に春は芽吹く   第22話

    優也が入ってくると、ソファの男がゆっくりと顔を上げた。薄暗がりの中に、禍々しいほど美しい顔が浮かび上がる。影に半分隠れたその顔。片手をソファの背もたれにかけ、長い指に挟まれた煙草から、ふわりと煙が立ち上っていた。漆黒の瞳には、言葉にしがたい感情が渦巻いている。その男を見た優也は眉をひそめた。認めたくはなかったが、この男が放つオーラは、自分よりもはるかに強大だった。「小泉健太郎……?」抑えきれず、優也の声はわずかに震えていた。健太郎は煙草を深く吸い込み、薄い唇から煙をゆっくりと吐き出した。「スイスに何の用だ?」「梨花に会いに来た。お前が彼女をどこに隠している?」「小泉様にそんな口の利き方をするとは、命知らずか?」優也の言葉が終わらないうちに、傍らにいた男が棍棒で優也の膝裏を強打した。優也はその場に膝をつかせられた。「よくも俺に手を……!俺が誰だか分かっているのか!?」優也は怒りで立ち上がろうとしたが、背後から強く押さえつけられた。「お前が誰かなんて、当然知っている。白石家の御曹司、白石優也。梨花ちゃんの元夫だな」健太郎の気だるげな口調が、優也の表情を一層険しくした。「梨花ちゃん、だと?誰がお前にそんな呼び方を許した?俺は元夫じゃない。離婚なんてしていない!」「では、これは何だ?」健太郎が床に叩きつけたのは、離婚届の受理証明書だった。優也は驚愕した。「なぜそれがお前の手に!?お前と梨花は、いったい何の関係だ!?」「これから先、どんな関係になるかは色々あるだろう。だが、お前に知る資格はない」健太郎は煙草の火を灰皿で丁寧に消した。「即刻、スイスを離れろ。二度と梨花ちゃんの前に現れるな」その横暴な言葉に、優也は嘲笑した。「何がお前にスイスを出ろと言う権利がある?小泉健太郎、お前にそんな権限はない!俺は梨花に会う。お前が全てを仕組んだこと、全てが偽りだったことを伝える!」「そうか?」健太郎は片眉を上げ、切れ長の目をさらに細めた。「つまり、お前が若月玲奈と寝たことは嘘だと?誰かが銃を突きつけてやらせたとでも?」優也は言葉に詰まった。「……あれは事故だ。酔って、彼女を梨花と間違えただけだ」「ではなぜ、彼女の腹の子を残せと言った?なぜ、子供がいるのに梨花ちゃんには流産したと嘘をつき、彼女を裏切って玲奈

  • 愛の灰に春は芽吹く   第21話

    優也は手を尽くして探り、ついに梨花の居場所を突き止めた。最も早い便の飛行機を手配し、スイスへ向かおうとしていた。出かけようとした時、屋敷の中から玲奈が物を壊す激しい音が聞こえてきた。「出してくれ、白石優也!早く出してよ!これは監禁よ、犯罪なの!私の息子は?息子に会わせて!」玲奈を屋敷に連れ帰ってから、彼女はまる一晩中、騒ぎ続けていた。物を壊し、扉を叩き、周囲の安寧を乱す。それでもなお、優也は彼女を解放するつもりは毛頭なかった。「若月玲奈、覚えておけ。今日のすべては、お前が自ら選んだ道だ。誰も強制などしていない。それほど白石家に、俺のそばにいたがったんだろう?ならば、永遠にここにいてもらう。どこへも行かせはしない」優也は扉の外に立ち、冷たく言い放った。「俺が梨花を連れ戻せるよう、祈っておけ。さもなければ、お前はこの部屋の外すら出られなくなる」「やめて!白石優也、私にそんなことするなんて!扉を開けてくれさえすれば、全部話す!あの動画がどうやって流出したか知りたくないの?誰が私をあなたのそばに残らせたか、知りたくないの!?」玲奈は狂ったように叫んだ。「私を許してくれれば、何でも話す!お願い、私を放して!」優也は足を止めた。「つまり……これは、誰かに指示されてやったことだというのか?」「そうよ!小泉健太郎よ!彼が私にやらせたの!」「小泉健太郎――」優也はその名前を知っていた。小泉家の若主人で、真司の友人だ。しかし、なぜ?なぜそこまで周到に、自分を陥れようとするのか?「お前の言うこと、信じられると思うか?俺は彼と面識すらない。彼が俺を陥れる必要がどこにある?」「彼は高野梨花が好きなの!」玲奈は泣きながら説明した。「あの夜、あなたが私を個室に連れ込んだのを、彼が見ていたの!それで誰かに動画を撮らせた!あの動画も、彼が仕組んでネットに流したの!その後、彼が私を見つけて、私が妊娠していることを知ると……あなたを試すように仕向けたの。まさかあなたが本当に子供を産めと言うなんて……私は流れに乗っただけよ!彼は約束してくれたの。梨花が真実を知ってあなたのもとを去ったら、私に10億円をくれるって!」「はっ……」優也は笑い声を漏らした。信じがたかった。まる一年もかけて策略を巡らせ、梨花に真実を気づかせ、離婚させるため

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status