LOGINがんと診断された後、私・清水美嘉(しみず みか)の口座残高がわずか2万円。 私は途方に暮れて自分のために棺桶を一つ買うしかなかった。 知らせを聞いた恋人の周藤尋也(すとう ひろや)は、遠方から急いで駆けつけてくれた。 彼は車を売り、ローンを組み、デリバリーの配達で貯めた全財産をはたいて、私を再び入院させてくれた。 尋也は病床で骨と皮ばかりに痩せ細った私をきつく抱きしめ、声を詰まらせながら私を励ました。 「美嘉、諦めないでもう一度だけ踏ん張ってくれ。 もしそれでもダメなら、その時は俺も一緒に行くから! どうせお前が買ったあの棺桶は大きいんだ、二人で横になれるさ」 私は彼のバカさ加減に笑ってしまった。 その後、天の恵みか、私の抗がん治療は成功した。 同じ年、私は尋也のプロポーズを受け入れた。 それなのに、婚姻届を出す前日、私は衝撃の瞬間を目撃してしまった。彼が、私のために用意したあの「棺桶」の中で、他の女を抱いている現場だった。 見つかった尋也の最初の反応は、その逞しい背中で女の体を隠すことだった。 涙で視界がにじむ中、私はうつむいて自嘲気味に呟いた。 「尋也、どうしてあなたはそんな風に腐り果ててしまったの」
View More箱の中には、尋也が私にくれた、400万円が入ったあのカードがあった。 それからもう一枚、私の小説の印税がすべて入った私名義のカード。 そして、尋也宛てに書いた一通の手紙。 それは私が生前、子どものために残しておいた最後の逃げ道だった。 尋也はゆっくりと、その封筒を開いた。 【この手紙を読んでいる時、私はおそらくもうこの世にはいないでしょう。 だけど、これだけは分かってほしい。私は最初から最後まで、一度も尋也を裏切ったことはない。 今頃は、私たちの赤ちゃんが無事に生まれているはず。でも、私は運悪く力尽きてしまったみたい。 あの子のことがどうしても心配で、だからこの手紙を書きました。お願い、あの子を守って、ちゃんと育ててあげてください。 あなたはとても優しい人だから、あの子をあなたに託すなら安心。でも、月子は違います。もし無事に私たちの赤ちゃんを引き取れたら、お願いだから、何があってもあの子をあなたの側に置いて、片時も目を離さずに守ってあげてください】 手紙を握る尋也の手が、じわじわと力がこもっていった。 彼は床に崩れ落ち、その手の震えはますます激しくなっていった。 私は実のところ、彼のことを恨みたかった。 この世で一番残酷な言葉で、彼を罵ってやりたかった。 けれど、言葉にしようとしても、どうしても呪いの言葉は出てこない。 心臓が止まったあの瞬間に、すべての執着が消え去ってしまったかのようだった。 尋也がなりふり構わず泣き崩れる姿を見て、私はつい彼を抱きしめようとした。 けれど、ぐっと堪えて、彼の身体から離れた。 尋也は数日間のあいだ、家に引きこもっていた。 まるで、何か大きな勇気を振り絞ろうとしているかのように。 今朝、彼は綺麗にひげを剃り、ヘアワックスで髪型を整えた。 クローゼットの奥から、彼の誕生日に私が流行りに乗ってプレゼントした服を引っ張り出してきた。 当時、ある芸能人の「理想の旦那様コーデ」として話題になっていた服だ。 尋也はスタイルが良く、顔立ちも整っている。 お世辞抜きで、着こなすとかなり様になっていた。 私は彼の目の前に浮かび、あちこちから眺めては、ふっと口元を緩めた。 それから、腕を組んだままふいっと離れた。 これからお見合いにでも行くのか
「私は美嘉が嫌いなの。 死ぬほど貧乏のくせに高飛車で、人の施しを受けようとしない、あの気取った態度が大嫌い。 『貧しくとも志は高く』だなんて、反吐が出るわ! あなたに目をつけたのはね…… あの女が大学時代から口にしていた『何があっても壊れない愛』なんてものが、本当に存在するのかどうか確かめてみたかったからよ」 尋也の胸は激しく上下した。彼は感情を爆発させ、今すぐ飛び出して月子を引き裂こうと暴れた。 「この人殺しめ! お前があいつをめちゃくちゃにしたんだ! お前がぶち壊したんだ!」 月子は悲鳴を上げて一歩後退した。 その結果、尋也の勾留期間は数日延びることになった。 私はこの落ちぶれた男を見つめていた。 破綻した彼の結婚生活を見て、本来なら喜ぶべきなのだろう。 けれど、今の私にはどうしても笑えなかった。 留置場で過ごす間、尋也はずっとスマホを凝視していた。 釈放されるやいなや、彼は血相を変えてアパートへと走り帰った。 彼はリビングの本棚の裏から、小型の隠しカメラを取り出した。 そして、袖口で少しずつ丁寧に埃を拭き取った。 スマホを取り出し、見守りアプリを開いて再ログインする。 私が死んでから何日も経って、尋也はその小さなカメラに向かって、ようやく口元をほころばせた。 「よかった……壊れてねえ」 彼はまず、月子と結婚式の準備に出かけたあの日の映像を確認した。 画面の中には、朝早くから掃除をし、時折辛そうに腰をさすっている私の姿があった。 それを見つめる彼の目から、涙がポロポロと画面の上に落ちていく。 そして、彼が買い出しに出かけた後、ネットの炎上を見た月子が突進してきて、私を組み伏せて殴りつけた瞬間―― 尋也の額に、一瞬にして青筋が浮かび上がった。 彼は唇をきつく噛み締め、震える手で早送りボタンを押した。 月子がハイヒールを履いた足で、私のお腹を何度も何度も蹴りつけたその瞬間、彼の唇からは、ついに血がにじみ出た。 尋也はその動画を保存した。 そして、月子が私をいじめていたあの動画をネットで検索し始めた。 さすがは月子の実家の揉み消し工作と言うべきか、ネットの炎上投稿はわずか1日で削除されていた。 今や、ネットのどこを探しても見つからなくなっている。
尋也はゆっくりと暴れるのをやめた。 顔を上げ、震える手で高橋先生のズボンの裾を掴んだ。 「そんなわけない……! あいつはあんなに元気だったんだぞ、死ぬわけがないじゃないか!」 彼は現実から目を背けるように、自分に嘘をつきながら高橋先生にしがみついた。 「お前たちの仲を認めてやるから、わざわざあいつを隠すような真似はよせ!」 高橋先生はしゃがみ込み、彼の襟元を引っ掴んだ。 「遅すぎるんだよ。もし5年前にそうしてくれていたら、彼女はこんなに早く死なずに済んだかもしれないんだ!」 高橋先生は奥歯を噛み締め、彼を思い切り蹴り飛ばすと、大股で立ち去った。 地面に這いつくばった尋也は、顔を覆ってむせび泣いた。 「あんなにたくさん血が流れていたなんて……美嘉、痛かっただろ……」 彼は気が済むまで泣いた。 よろよろと立ち上がると、ロビーへと向かった。 受付の看護師に尋ね、私のカルテの開示を求めた。 看護師は、私は2日前にすでに死亡が確認されていると告げた。 そして彼女は、尋也に死亡診断書を手渡した。 その紙に書かれた文字が、落雷のように彼を打ちのめし、立っていられなくさせた。 【母子ともに死亡】 尋也は近くの案内カウンターに必死にしがみつき、どうにかその場に踏みとどまった。 死亡診断書を握りしめ、まるで抜け殻のように病院を出た。 「そうか……あの日、区役所の前にお前を迎えに行った時。 俺が途中で無理やり遮ったあの言葉は、俺たちに……子どもができたって伝えるためのものだったんだな……!」 空からはバケツをひっくり返したような大雨が降り出したが、 尋也の顔を伝うそれが、雨なのか涙なのか、もう区別がつかなかった。 彼はあのアパートへと帰り着いた。 衣服からは、水滴が滴り落ちている。 ドアを開けると、月子が血相を変えてタオルを差し出してきた。 「あなた、どうしてそんなにずぶ濡れなの!? 電話も全然つながらないから、すごく心配したんだから!」 彼女は不動産登記簿を掲げ、満面の笑みを浮かべた。 「ここにいれば、絶対にあなたを待っていられるって分かってたわ。 あなた、このボロ部屋に長く住んでたから、離れるのが寂しいんでしょう? だからね、私ここを買い取っちゃった! 私た
「高橋……? 遺体引き取りだと? ふざけんじゃねえ、クソが!」 尋也は電話に向かって怒りを爆発させた。 「美嘉はどこだ!? あいつに代われ! 何だ、あいつはお前を連れて俺の結婚式をぶち壊しにくるつもりか? 言っとくが、俺と月子の結婚はもう決まったことなんだ。いくら騒いだって無駄だからな!」 高橋先生はため息をつくと、握りしめていたスマホを床に叩きつけた。 彼は重い足取りで、霊安室へと歩いていった。 高橋先生は私の遺体に背を向けるようにして、その場にしゃがみ込んだ。 その笑顔は、あまりにも切なかった。 「美嘉……通りで、あの野郎が病院に付き添ってこないわけだ。 5年前にも言っただろう。あんなろくでなし、絶対にアテにならないって。 なぁ、もし5年前に僕が…… いや……『もしも』なんてないな」 彼は振り返って私の冷たくなった手を握りしめ、その手背に熱い涙をボロボロとこぼした。 「美嘉、どうして君の人生は、こんなにも残酷なんだ……!」 私は高橋先生の傍らに浮かびながら、そっと彼の肩を叩く仕草をした。 まさか、20年以上も尋也の後ばかりを追いかけてきたのに、私の遺体を引き取りに来てくれたのが、他の人だなんて。 高橋先生は葬儀社に電話をかけた。 彼は仕事を休み、私のためにとても綺麗な骨壺を買ってくれた。 そして、火葬場から私を迎え出してくれた。 高橋先生はあちこち吟味した末に、ようやくお墓の場所を決めた。 そこは、とても美しい場所だった。 ちょうどひまわりが満開の時期で、辺り一面の温かみのある黄色に包まれていた。 骨壺が墓穴に納められる時、私はその隣に、もう一つ小さな骨壺があることに気づいた。 魂と化した私は手を伸ばしてその小さな箱に触れ、胸がキリキリと痛んだ。 高橋先生は車を走らせ、去っていった。 私はあてもなく彷徨い、気づけば――なんと尋也のすぐ傍へと辿り着いていた。 彼は月子との結婚式をすでに終えていた。 だが、月子の実家の大豪邸には住まず、あの古びたアパートに戻ってきていた。尋也は引き出しを開け、私の大学の卒業式の時に一緒に撮った写真を取り出すと、ぽつりと呟いた。 「本当は、お前と離れたくなかったんだ。 たとえそこまで俺を愛していなくても、それ