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時は命の傷を癒さない

時は命の傷を癒さない

By:  ラッキーフラワーCompleted
Language: Japanese
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私、白石梨央(しらいし りお)が死んで二年目。 夫の平井凛(ひらい りん)は、親友の羽島優奈(はねしま ゆうな)の息子を拉致した。 凛は、相手を見下ろすことに慣れた人間の顔で、優奈の前に立っていた。 「瑶子は病気なんだ。一刻も早く腎臓移植を受けなきゃいけない。梨央の居場所を言えば、息子は返してやる。梨央は三年も瑶子に血を分けて、それでも平気だったんだ。腎臓を一つ差し出すくらい、どうってことないだろう」 一緒に来た兄、白石怜司(しらいし れいじ)も、うんざりしたように優奈を見た。 「梨央は本当に手に負えない。あのとき、あいつが錯乱して瑶子を刺したりしなければ、俺たちだって精神科病院なんかに入れなかった。 反省もしないだけでも許せないのに、逃げ出すなんてな。梨央に伝えろ。戻ってきて瑶子に腎臓を提供するなら、俺はまだあいつを妹として認めてやる」 私に腎臓を差し出させようとしているくせに、二人は相変わらず高いところから人を見下ろすような顔をしていた。 優奈は、ふっと笑った。 「梨央の腎臓が欲しいの?あの子、二年前に死んだわよ。遺骨の中でも掘り返してみたら?」

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Chapter 1

第1話

私、白石梨央(しらいし りお)が死んで二年目。

夫の平井凛(ひらい りん)は、親友の羽島優奈(はねしま ゆうな)の息子を拉致した。

凛は、相手を見下ろすことに慣れた人間の顔で、優奈の前に立っていた。

「瑶子は病気なんだ。一刻も早く腎臓移植を受けなきゃいけない。梨央の居場所を言えば、息子は返してやる。梨央は三年も瑶子に血を分けて、それでも平気だったんだ。腎臓を一つ差し出すくらい、どうってことないだろう」

一緒に来た兄、白石怜司(しらいし れいじ)も、うんざりしたように優奈を見た。

「梨央は本当に手に負えない。あのとき、あいつが錯乱して瑶子を刺したりしなければ、俺たちだって精神科病院なんかに入れなかった。

反省もしないだけでも許せないのに、逃げ出すなんてな。梨央に伝えろ。戻ってきて瑶子に腎臓を提供するなら、俺はまだあいつを妹として認めてやる」

私に腎臓を差し出させようとしているくせに、二人は相変わらず高いところから人を見下ろすような顔をしていた。

優奈は、ふっと笑った。

「梨央の腎臓が欲しいの?あの子、二年前に死んだわよ。遺骨の中でも掘り返してみたら?」

その場の空気が、一瞬で凍りついた。

怜司は鼻で笑った。声には、露骨な苛立ちがにじんでいた。

「ふざけるな。梨央をさっさと出せ。精神科病院にはもう確認してある。あいつは二年前にそこから逃げていた。お前はあいつの唯一の友達だ。お前以外のところへ行くはずがない」

凛は眉間に深いしわを寄せ、優奈のアパートをぐるりと見回した。目の奥には、抑えきれない苛立ちがあった。

「優奈、人の命がかかっているんだ。瑶子には一刻も早い移植が必要で、梨央が一番適したドナーなんだ。あいつを俺たちと一緒に帰らせろ。君には相応の礼をする」

そこで彼は、わずかに言葉を切った。

「君だって、息子にいつまでも苦労をさせたくはないだろう」

優奈は唇の端を上げた。

笑みは、冷たく歪んでいた。

「確かに、梨央は私を訪ねてきたわ。残念だけど、もう死んだの」

凛の顔に怒りが浮かんだ。

「まだ嘘をつくのか。あのとき梨央が瑶子を刺しても、俺たちは警察に突き出さなかった。それだけでも十分寛大だったはずだ。あいつは瑶子に借りがある。それなのに見殺しにするなんて、本当に性根が腐っている」

私は彼の背後で、自嘲気味に笑った。

白石瑶子(しらいし ようこ)が現れてから、私はずっと悪女だった。

二年ぶりに、彼の前に姿を見せることすらできない今でさえ、まだ悪女らしい。

つくづく思う。私の夫は、本当に瑶子を心の真ん中に置いているのだと。

二人が信じようとしないのを見て、優奈はもう相手にする気も失せたようだった。

彼女は黙って、テーブルの上の果物と菓子を整え続けた。

怜司は、優奈の手元にあるミルクパイを見て、さらに声を冷たくした。

「梨央は死んだと言いながら、あいつの好きだった菓子を用意しているのか。幽霊にでも食わせるつもりか?」

凛は苛立たしげに一瞥しただけで、すぐに視線をそらした。

私はもう、二年も前に死んでいる。

それでも二人の反応を見ると、胸の奥が小さく痛んだ。

かつては地方へ出張していても、私の誕生日を祝うために夜通し車を走らせて帰ってきてくれた夫と兄。

その二人が、今日が私の誕生日だということを忘れていた。

まして、今日が私の命日でもあることなど、知るはずもなかった。

優奈の顔色が少し険しくなった。

彼女は手にしていたものを置き、鼻で笑った。

「故人を弔っちゃいけないの?」

凛はしばらく冷ややかに彼女を見つめ、ついに完全にしびれを切らした。

「梨央に瑶子へ腎臓を一つ提供させるだけだ。命まで取るわけじゃない。これ以上、梨央がどこに隠れているのか言わないなら、君の息子を連れていく」

優奈は深く息を吸った。

それから、笑い出しそうな顔をした。

「いいわよ。どうせその子、梨央が産んだあんたの子でしょ。殺したいなら好きにすれば?私には関係ないわ」

空気が、再び静まり返った。

私は、凛の垂らした手がかすかに震えるのを見た。

けれど次の瞬間、彼は冷笑した。

「どうやら君も梨央と同じで、頭がおかしくなったらしいな」

「私は正気よ」

優奈は彼の言葉を遮った。

「梨央は精神科病院から逃げ出した時点で、もう半分死んでいるような状態だった。それから三か月後、難産で大量出血して、子どもの顔を一目見ることもなく逝ったのよ」

怜司はその場で固まった。

それから、ボディーガードに抱かれている子どもに目を向けた。顔には隠しきれない動揺が広がっていた。

優奈の目に渦巻く憎しみを見つめ、凛は初めてうろたえたような顔をした。

彼が口を開き、何かを尋ねようとしたそのとき、スマホにメッセージが届いた。

瑶子からだった。

【凛さん、お姉ちゃんはきっとまだ私を恨んでいるの。私に腎臓を渡したくなくて、あらゆる手を使ってあなたを困らせるに決まってる】

【もう私のために無理しないで。私が死んだら、どうか自分のことを大切にしてね】

たったそれだけで、凛の目に浮かんでいた痛みは、嘲りへと変わった。

彼は震える手で瑶子に返信した。

【これは梨央が君に償うべきことだ。君が恨まれる筋合いなんてない】

【必ず梨央を連れ戻して、君に腎臓を提供させる。君を死なせたりしない】

凛は顔を上げ、脅すような目で優奈をにらみつけた。

「俺の前で芝居をするな。梨央には今日、必ず俺と一緒に帰ってもらう。見つからないなら、俺たちはここを出ない」

優奈は笑った。

「いいわよ。あんたの息子、早産でかなりお金がかかったし、育てるのも大変だったの。ちょうどいいから、その分を払ってちょうだい」

そう言って、優奈は一冊の家計簿を差し出した。

「支出は一円単位で書いてあるわ。平井社長、踏み倒さないでね」

そう言い終えると、優奈は背を向け、ベランダへ向かった。

凛はその態度に逆上し、手にしていた家計簿を床へ投げ捨てた。

「どうして俺が、君の言うことを信じなきゃならない!」

力任せに腕を振り上げた拍子に、優奈が棚に置いていたものを引っかけて落としてしまった。

床へ落ちていく日記帳を見て、私の胸が強く締めつけられた。

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第1話
私、白石梨央(しらいし りお)が死んで二年目。夫の平井凛(ひらい りん)は、親友の羽島優奈(はねしま ゆうな)の息子を拉致した。凛は、相手を見下ろすことに慣れた人間の顔で、優奈の前に立っていた。「瑶子は病気なんだ。一刻も早く腎臓移植を受けなきゃいけない。梨央の居場所を言えば、息子は返してやる。梨央は三年も瑶子に血を分けて、それでも平気だったんだ。腎臓を一つ差し出すくらい、どうってことないだろう」一緒に来た兄、白石怜司(しらいし れいじ)も、うんざりしたように優奈を見た。「梨央は本当に手に負えない。あのとき、あいつが錯乱して瑶子を刺したりしなければ、俺たちだって精神科病院なんかに入れなかった。反省もしないだけでも許せないのに、逃げ出すなんてな。梨央に伝えろ。戻ってきて瑶子に腎臓を提供するなら、俺はまだあいつを妹として認めてやる」私に腎臓を差し出させようとしているくせに、二人は相変わらず高いところから人を見下ろすような顔をしていた。優奈は、ふっと笑った。「梨央の腎臓が欲しいの?あの子、二年前に死んだわよ。遺骨の中でも掘り返してみたら?」その場の空気が、一瞬で凍りついた。怜司は鼻で笑った。声には、露骨な苛立ちがにじんでいた。「ふざけるな。梨央をさっさと出せ。精神科病院にはもう確認してある。あいつは二年前にそこから逃げていた。お前はあいつの唯一の友達だ。お前以外のところへ行くはずがない」凛は眉間に深いしわを寄せ、優奈のアパートをぐるりと見回した。目の奥には、抑えきれない苛立ちがあった。「優奈、人の命がかかっているんだ。瑶子には一刻も早い移植が必要で、梨央が一番適したドナーなんだ。あいつを俺たちと一緒に帰らせろ。君には相応の礼をする」そこで彼は、わずかに言葉を切った。「君だって、息子にいつまでも苦労をさせたくはないだろう」優奈は唇の端を上げた。笑みは、冷たく歪んでいた。「確かに、梨央は私を訪ねてきたわ。残念だけど、もう死んだの」凛の顔に怒りが浮かんだ。「まだ嘘をつくのか。あのとき梨央が瑶子を刺しても、俺たちは警察に突き出さなかった。それだけでも十分寛大だったはずだ。あいつは瑶子に借りがある。それなのに見殺しにするなんて、本当に性根が腐っている」私は彼の背後で、自嘲気味に笑った。白石瑶子
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第2話
それは、私が書いた回想録だった。精神科病院から逃げ出したあと、私は意識がぼんやりしていて、どこへ行く気にもなれなかった。優奈の部屋で、この日記を書いたのだ。怜司は身をかがめ、床に落ちた日記帳を拾った。一ページ目を開いた途端、彼の顔色が険しくなった。【瑶子がうちに来てから、お兄ちゃんと凛の視線はすっかり彼女に奪われてしまった】【お兄ちゃんは私に約束してくれた。自分にとって一番大切な妹は私で、瑶子を引き取ったのは父の遺言だからだ、と】【凛は瑶子をよく思っていなかった。彼女のことを、外聞の悪い愛人の子だと言っていた】【でもそのあと、瑶子がぽろりと涙をこぼして「お姉ちゃんにいじめられた」と言っただけで、二人はあっさり彼女を信じた。私の味方だったはずなのに、いつの間にか私を責める側に回っていた】そこまで読んだところで、怜司は続きを読むのをやめた。彼は日記帳をゴミ箱へ投げ捨て、歯を食いしばった。「梨央も、ずいぶん小細工を覚えたものだな。死んだふりだけじゃ足りず、今度は日記まで残して、俺たちと瑶子を仲違いさせるつもりか。瑶子を一番傷つけてきたのは梨央だ。あいつがあそこまでしなければ、俺だってきつく当たったりしなかった」怜司が当時のことを口にすると、凛の顔にも拭いきれない嫌悪が浮かんだ。私の胸の奥には、苦いものだけが広がった。昔の兄は確かに、私にきつい言葉なんて言わなかった。彼は周囲でも有名な、妹を溺愛する兄だった。思春期のころ、私が食事を抜いて痩せようとすると、彼はお粥を持ってきて、私をなだめながら食べさせた。今のままで十分きれいだから痩せる必要なんてない、たとえ本当に太っても凛は将来ちゃんと私と結婚してくれる、と言ってくれた。その日、うちで夕食を食べていた凛も笑っていた。「そうだよ、梨央。どんなふうに変わっても、俺が好きになるのは君だけだよ」けれどその後、私は何も変わらなかったのに、二人は瑶子の嘘を信じ、知らない人のように恐ろしくなっていった。怜司が階下へ降りてくると、瑶子はわざと階段から転げ落ちた。そして血の流れる頭を押さえながら泣いた。「お兄ちゃん、助けて。お姉ちゃんが私を追い出そうとするの」怜司に信じてもらうためだったのだろう。彼女は傷の手当ても受けず、足を引きずったまま食
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第3話
その言葉が終わるより早く、優奈は怜司に強く突き飛ばされた。「何をデタラメ言ってるんだ?」不意を突かれた優奈は後ろへよろめき、腕が安っぽいテーブルの縁をかすめた。白い肌に、一本の血の筋が浮かんだ。私は慌てて彼女を支えようとした。けれど、手のひらは彼女の体をすり抜けてしまった。死んで二年経つのに、私はまだ少し慣れない。息子は驚いて、わあわあと泣き出した。けれど、誰もあやそうとはしなかった。怜司も凛も、瑶子のことばかり気にかけていた。瑶子をなだめ終えると、凛は険しい顔で優奈を見た。「瑶子の体が弱いと知っていて、わざと刺激したんだな。やはり梨央と同じで、性根が腐っている」優奈は床からゆっくり立ち上がった。凛の嘲りを聞いて、その目に宿る憎しみはいっそう濃くなった。「私がこの女に少し言い返しただけで性悪扱い?じゃあ、梨央をあそこまで追い詰めたあんたたちは何なのよ」彼女は瑶子を指さし、涙を浮かべて笑った。「この女、顔色もいいし、肌だってつやつやしてるじゃない。どこが死にかけの病人なのよ。それなのに梨央は、あんたたちに悪女扱いされたまま、骨と皮だけになるまで追い詰められた。最後は出血多量で、助かるためのお金すらなく死んだのよ」「でたらめを言うな!」凛は考える間もなく遮った。「梨央を懲らしめることはあっても、金に困るような真似までさせた覚えはない」彼の口調は、まるで自分が正しいと疑っていないようだった。けれど私は、彼の両手が止めようもなく震えているのを見た。怜司の目の奥にすら、複雑な色が一瞬よぎった。彼らは、私を心配しているのだろうか。私はすぐに、その考えを打ち消した。最初に私を無理やり瑶子のために採血させたときも、唇が白くなった私を見て、二人は同じような顔をした。けれど、そのうち慣れてしまった。私が抵抗して行きたがらないと、怜司は言った。「少し血を抜くだけだろう。ちゃんと食べればすぐ戻る。大げさに騒ぐな」私は凛のところへ行き、採血で青紫になった腕を見せた。けれど彼は、軽く言っただけだった。「内出血なんて数日で消える。一年もやっているのに、まだ慣れないのか?」一度、私が怪我をして、輸血しなければ助からないことがあった。それなのに二人はそろって、瑶子が
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第4話
瑶子は目を見開き、傷ついたような声で言った。「凛さん、お姉ちゃん、あなたに黙って子どもを産んでいたなんて」凛は彼女をなだめた。「彼女のデタラメを真に受けるな。梨央に本当に子どもがいるなら、とっくに子どもを連れて騒ぎを起こしている」けれどその口調は、さっきまでほど揺るぎないものではなかった。優奈は、二人に話を遮られたことなど気にも留めず、続けた。「お金がなかったからよ。梨央は長いあいだ血を抜かれ続けたうえ、精神科病院で何か月も虐待されて、逃げ出してから自分が妊娠していることに気づいたの。医者は産まないほうがいいと言ったし、本人だって望んでいなかった」妊娠がわかった日のことを思い出すたび、胸の奥がきゅっと苦しくなる。あの日の私は、喜びより先に絶望を覚えた。私は子どもをおろしたかった。けれど、そのとき私はもう妊娠五か月で、手術にはかなりの費用が必要だった。優奈の家は破産していて、返さなければならない大きな借金もあった。精神科病院に入れられた時点で、私のカードはすべて止められていた。またあそこへ送り返されるのが怖くて、凛や怜司に頼ろうなどとは一度も思わなかった。仕方なく、私はその子を産むことにした。三か月後、私は栄養失調で倒れ、それが原因で子どもは早産になった。皮肉なことに、長く血を奪われ続けた私は、最後には分娩台を真っ赤に染めるほど血を流して死んだ。私を助けるために、優奈は凛と怜司に電話をかけてくれた。けれど二人は瑶子と花火を見に行っていて、私の名前を聞いた途端、電話を切った。それどころか、その後、優奈の番号を着信拒否にした。優奈はそのときのことを思い出し、涙を拭った。凛はその場に立ち尽くしていた。目はうつろで、指先だけが無意識に拳を握りしめていた。怜司の目の縁も赤くなっていた。彼は口を開き、何かを言おうとした。けれど、瑶子がそれを遮った。「優奈さん、お姉ちゃんが私を恨んでいるのはわかっています。私なんか死ねばいいと思っていて、腎臓をくれないのも……仕方ないって思っています。でも、だからって、あなたにこんな嘘をつかせるなんて。自分が死んだことにするなんて、いくらなんでもひどすぎませんか。お願いです。まずはお姉ちゃんを呼んでください。私たちは家族なんです。せめて一度、
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第5話
凛の顔は真っ青になった。震える声には、信じたくないという思いがにじんでいた。「どういう意味だ?」優奈は、凛の視線が自分の手の中の古びた缶に釘づけになっているのを見て、皮肉げに笑った。「別に、深い意味なんてないわ。あんたたち、一日中騒いでいたのは梨央に会いたかったからでしょう?連れてきてあげたのよ。どうして開けて見ようとしないの?」怜司は胸を押さえ、私の遺影へ視線を落とした。その表情には、現実を受け止めきれない色が浮かんでいた。「ありえない。俺を騙しているに決まってる」二人が何度も何度も否定するのを見て、優奈はとうとう缶を開けた。缶の中には、私の遺骨があった。彼女はその缶を、凛と怜司の前へ差し出した。「よく見なさい。これが梨央よ。もう焼かれて、灰になったの。それでもあんたたちの瑶子に腎臓を差し出せって言うの?それとも、その中をかき回してみる?瑶子に使える腎臓が一つでも出てくるかもしれないわよ!」凛と怜司は、一歩、また一歩と迫る優奈に押され、埃まみれの壁に背中をつけた。二人の顔から血の気が引いているのを見て、瑶子はこらえきれず前へ出た。「もういい加減にして!お姉ちゃんが私に腎臓をくれたくないなら、私はいらない。それなのに、どうしてこんな芝居までして、お兄ちゃんと凛さんを騙すの?」そう言いながら、彼女は優奈が抱えていた缶を払い落とした。私の遺骨が、床に散らばった。それでも瑶子の怒りは収まらず、彼女はさらに足で何度か踏みつけた。「どこかの粉を持ってきて、お兄ちゃんと凛さんを騙そうなんて、許さない」優奈は目を見開き、怒りで全身を震わせた。彼女はついに耐えきれず、瑶子を床へ突き飛ばした。さらに手を振り上げ、容赦なく頬を叩いた。「この女!あんたのせいで梨央は死んだのよ!何度も何度もあの子を陥れて、追い詰めて……あんたさえいなければ、梨央はあんな死に方しなかった!」怒りで、優奈の理性は吹き飛んだ。彼女は半狂乱になって、瑶子に殴りかかった。瑶子は逃げ場もなく打たれ、ただ助けを求めて叫んでいた。凛が優奈を止め、瑶子を背後にかばった。優奈は血走った目で彼をにらんだ。「梨央の遺骨と遺影をその目で見ても、まだ瑶子の味方をするの?」凛は長く沈黙したあと、かすれた声で言った。「
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第6話
出ていく前、凛はボディーガードに抱かれている息子を一目見た。その顔に、私の面影を見たようだった。彼はボディーガードに命じ、その子を自宅へ連れて帰らせた。戻るなり、凛は親子鑑定を手配した。どういうわけか、優奈のそばに二年いた私は、そのまま凛について帰ってしまった。怜司は秘書に連絡し、この数年の私の生活状況と、最近の足取りを調べるよう指示した。それから三日間、凛と怜司は、まるで何事もなかったかのように過ごした。普段どおり仕事をし、普段どおり生活した。けれど一人でいるときの二人は、ひどく途方に暮れて見えた。瑶子は体調が悪いと言って、何度も二人を訪ねてきた。けれど、いつもならどんな願いでも聞いていた二人が、そろって彼女を拒んだ。三日後、秘書は調べ上げた資料を、怜司と凛に一部ずつ用意した。「白石社長、平井社長、梨央様は……本当に亡くなっています」秘書の声には、痛ましさがにじんでいた。怜司と凛は、資料を受け取る手がひどく震えていた。その様子を見た秘書は、いっそ口で説明することにした。「梨央様は精神科病院に送られたあと、人として扱われないような目に遭いました。逃げ出したときには、もう見る影もなく痩せ細っていたそうです。逃げたあと、妊娠がわかりました。時期から考えると、病院に入れられる前にはすでに身ごもっていたはずです。ただ、度重なる輸血のせいで、すぐには気づけなかったようです。彼女は医師に中絶の相談もしていました。けれど手術費がなく、産むしかなかったんです」凛の目には、必死にこらえた苦痛があふれていた。それは、優奈が凛に話していたことと同じだった。「ですが、妊娠でさらに体力を削られ、さまざまな要因が重なって早産になりました。さらにお金がなかったため、難産による大量出血にも救命処置が間に合いませんでした」怜司はもう聞いていられなかった。顔は涙でぐしゃぐしゃだった。「どうしてだ?梨央の口座にはずっと金があったはずだ。どうして金に困るんだ?俺が小さい頃から大事に育ててきた妹が、金がなくて助からずに死ぬなんて、あるわけないだろう?」私は、皮肉を込めて口元だけを上げた。彼が大事に育てていた妹は、とっくに私ではなくなっていた。瑶子こそが、そうだったのだ。秘書はしばらく沈黙し、最後に
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第7話
凛は目を覚ますとすぐ、何かに取り憑かれたように家中を探し回った。私がここにいた証を、必死に探していた。けれど家中を見て回って、気づいてしまった。たった二年しか経っていないのに、私に関するものはすべて消えていた。以前、私と凛の結婚写真が飾られていた場所には、彼と瑶子のツーショット写真が置かれていた。カーテンも、ソファも、すべて瑶子好みのものに変わっていた。彼は充血した目で家政婦を呼びつけ、私のものはどこに消えたのかと問い詰めた。家政婦は、正気を失ったような彼の剣幕にすっかり怯えていた。「旦那様、奥様のものはすべて、瑶子様のご指示どおり処分いたしました。それも、事前に旦那様のご承諾をいただいております」凛は息を詰まらせ、その場に立ち尽くした。顔には苦痛が浮かんでいるのに、一言も出てこなかった。彼がまた取り乱しそうになったのを見て、家政婦は慌てて言った。「旦那様、思い出しました。奥様のお荷物の一部は、地下室にしまってございます」凛はすがるように地下室へ駆け下りた。靴を履くことさえ忘れていた。私と彼の結婚写真を見つけた瞬間、涙が一粒、写真の上に落ちた。それをきっかけに、堰を切ったように涙があふれ出す。彼は震える指で、写真の中の私の顔をなぞった。声はもう、嗚咽でまともに形にならなかった。「梨央……君はあんなに元気だったじゃないか。どうして死ぬんだよ……最期に会うことすらできなかった。君はきっと、俺を恨んでいただろうな。最後の瞬間まで、ずっと。小さい頃から一緒にいて、あんなに大事だったのに……俺はどうして、君を失うまで何もわからなかったんだ」凛の喉から、抑えきれない嗚咽が漏れた。まるで私への負い目と後悔を、すべて涙にして吐き出そうとしているようだった。私は彼の前に立ち、泣き腫らしたその目を見た。ふと、滑稽だと思った。その目は、私が泣いて輸血を拒んだとき、軽蔑に冷えきっていた。精神科病院へ送らないでとすがったときも、彼はただ、面倒そうに私を見下ろしていただけだった。今さら涙を流したところで、何になるというのだろう。私を死なせた人間の中に、彼も確かにいたのだから。私は冷たい地下室を見つめ、私が死んだ日のことを思い出した。悔しかった。私はまだ三十にもなっていなか
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第8話
凛が怜司のもとを訪ねてきた。どれほど泣いたのか、もう涙は出ないようだった。ただ、赤く腫れた目元だけが、その時間の長さを物語っていた。凛はおぼつかない足取りで玄関まで歩き、冷たい風に吹かれて小さく震えた。私は彼について、隣にある怜司の家へ向かった。怜司は、魂が抜けたような顔でソファに座っていた。凛の姿を見ると、怜司はしばらく彼を見つめ、氷のような声で言った。「けじめをつけなきゃならないことがある」凛はうなずき、スマホを取り出して秘書に連絡し、二人を病院へ送らせた。病室では、瑶子がすでに点滴を終えていた。化粧を落とすと、瑶子の顔色は思った以上に悪かった。血の気がなく、肌はくすんで、病室の白い照明の下ではひどく弱って見えた。仮病ではなかった。彼女には本当に、腎臓移植が必要だったのだ。看護師が出ていくのを待ってから、瑶子はどこかへ電話をかけた。「二時間以内に迎えに来て。覚えておいて。絶対に誰にも私の行き先をたどらせないで」相手が何を言ったのかはわからない。けれど瑶子の声は、急に高くなった。「怜司と凛は、梨央が死んだと知ってから、もう私のことなんて相手にしてくれないの。あの女をはめたのが私で、そのせいで精神科病院に入れられたってバレたら、あの二人は絶対に私を許さない。理由なんてどうでもいいでしょ。お金が欲しいなら、ちゃんと私を逃がして」最後には、瑶子の声に焦りが混じっていた。彼女はさらに4000万円を上乗せし、ようやく相手は迎えに来ることを承知した。満足げに電話を切り、荷物をまとめて出ていこうとした瞬間、扉の外に立っている二人を見て、彼女の顔から血の気が引いた。彼女はその場で固まり、それからすぐに、いかにも傷ついたような顔をした。「お兄ちゃん、凛さん、やっと会いに来てくれたのね。私、病院で何日も一人だったの。もう二人に見捨てられたのかと思った」凛は彼女を見つめた。その目の中の温度が、少しずつ失われていく。「俺たちが来たら、困るんじゃないのか。逃げるつもりだったんだろう?俺たちがここにいたら、どうやって逃げるんだ?」声はひどく穏やかだった。だからこそ、瑶子には死神の囁きのように聞こえただろう。怜司は、うろたえる彼女を冷たい目で見下ろした。「お前はこの家に来
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第9話
「梨央が味わった苦しみを、お前にも一つ残らず味わわせてやる。階段から落ちるのが好きなんだろう?なら、何度でも落ちればいい。自分を刺すのが好きなんだろう?なら、また刺せばいい」瑶子は首を押さえたまま、怜司の言葉を聞き、目を見開いた。命乞いをしようとしたのだろう。けれど、怜司と凛の冷えきった目を見た瞬間、瑶子はもう取り繕うのをやめた。床からゆっくり立ち上がると、今まで隠していた本性をあらわにした。「たしかに、私は梨央に濡れ衣を着せたわ。でも、あの女を殺したのは本当に私だけ?忘れないでよ。私があの女を陥れたとき、あの女はちゃんとあなたたちに説明していたじゃない。でもあなたたちは、最後まで聞こうともしなかった」瑶子は、何かを思い出したように笑った。「私のせいであの女が精神科病院に入れられたとしても、あの女が一番恨んでいるのは、きっとあなたたちよ。私はあの女にとって、ただの邪魔者でしかなかった。でもあなたたちは違う。血のつながった兄と、一生一緒にいると誓った夫だった。それなのに最後には、二人そろってあの女の敵になったのよ」瑶子は、そこで声を張り上げた。その顔には、場違いなほど歪んだ笑みが浮かんでいた。「だから、梨央に償うべきなのはあなたたちよ。私じゃない!」乾いた音が、病室に響いた。凛が瑶子を叩いたのだ。かなり強く打ったのだろう。彼女の頬には、たちまち赤い跡が浮かび上がった。「瑶子……本当に残酷だったのは、君だったんだな」瑶子は頬を押さえたまま、憎しみのこもった目で凛をにらみつけた。「凛、自分だけ被害者みたいな顔しないで。私に何の気持ちもなかったって、本気で言える?私は一応、怜司とは父親が同じ妹よ。怜司が私に甘くなるのは、まだわかる。でも、あなたは違うでしょう?義兄のくせに、自分の妻より妻の妹を大事にしてた。私のためなら、梨央を傷つけることだって平気だった。私を好きになったことなんてないって言っても、自分でも信じられないんじゃない?」図星を突かれた凛の顔が、みるみる赤くなった。「でたらめだ。俺が一番愛していたのは、ずっと梨央だ」瑶子は狂ったように笑った。「梨央を愛してた?笑わせないでよ。愛してたなら、どうして私のためにあの女から血を抜かせたりしたの?本当に愛してたなら、
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第10話
瑶子が死んだあと、怜司はようやく優奈のもとを訪ね、私の遺骨を引き取りに行った。優奈が墓地を買う余裕もなく、骨壺すら用意できなかったと知ると、怜司はまた声を上げて泣いた。優奈がどれだけ罵っても、彼は一言も言い返さなかった。私の遺骨を引き取ったあと、怜司は私を母の隣に埋葬した。瑶子の遺骨は、怜司がとっくに汚れた側溝へ捨てていた。私を埋葬したあと、怜司は自分名義の財産で優奈の借金を返した。残ったものは、すべて息子の名義にした。そこまで済ませてから、怜司は警察に出頭した。瑶子を殺した罪は、すべて彼一人が背負った。凛は罪に問われなかった。怜司が収監されたあと、凛は私たちが暮らしていた家を、昔の私が好きだった雰囲気に戻した。彼はよく息子を抱いて、私が好きだった寝椅子に座り、ぼんやりと時間を過ごしていた。息子を抱きしめながら、何度も何度も私の名前を呼んでいた。その姿を見ても、心は少しも揺れなかった。彼はある日、私が学生のころに弾いていたギターを見つけた。それを見つめているうちに、ゆっくりと目を赤くした。凛はギターの音が好きだった。きれいに弾けるようになりたくて、私は指先の皮がむけるまで練習した。それを見た彼は、ひどく胸を痛めていた。「梨央、どうしてそこまで無理するんだ。ただ一曲聴きたいだけなら、コンサートに行けばいい。こんなの、痛いだろう」あのとき私は、彼を抱きしめて笑った。「痛くないよ。あなたが喜んでくれるなら、それでいいの」けれどその後、私は痛みを怖がるようになった。それなのに彼は、私が痛がっているかどうかなど気にも留めなかった。瑶子のために、何度も私から血を抜かせた。昔のことを一つずつ思い出すたび、胸の奥に鋭い痛みが走った。私たちは、たしかに幸せだった。もし彼の心が変わらなければ、私は死ななかった。息子も、生まれた瞬間から母親を失うことはなかった。私たち三人は、きっと幸せに暮らしていた。けれど、すべては「もしも」でしかない。瑶子は、私がこの家の正式な娘であることを妬んだ。私に優しい兄がいて、優しい夫がいることを妬んだ。ただそれだけの理由で、あらゆる手を使って私を陥れた。めぐりめぐって、結局、誰も望みどおりにはならなかった。あれほど泣き崩
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