LOGIN私、白石梨央(しらいし りお)が死んで二年目。 夫の平井凛(ひらい りん)は、親友の羽島優奈(はねしま ゆうな)の息子を拉致した。 凛は、相手を見下ろすことに慣れた人間の顔で、優奈の前に立っていた。 「瑶子は病気なんだ。一刻も早く腎臓移植を受けなきゃいけない。梨央の居場所を言えば、息子は返してやる。梨央は三年も瑶子に血を分けて、それでも平気だったんだ。腎臓を一つ差し出すくらい、どうってことないだろう」 一緒に来た兄、白石怜司(しらいし れいじ)も、うんざりしたように優奈を見た。 「梨央は本当に手に負えない。あのとき、あいつが錯乱して瑶子を刺したりしなければ、俺たちだって精神科病院なんかに入れなかった。 反省もしないだけでも許せないのに、逃げ出すなんてな。梨央に伝えろ。戻ってきて瑶子に腎臓を提供するなら、俺はまだあいつを妹として認めてやる」 私に腎臓を差し出させようとしているくせに、二人は相変わらず高いところから人を見下ろすような顔をしていた。 優奈は、ふっと笑った。 「梨央の腎臓が欲しいの?あの子、二年前に死んだわよ。遺骨の中でも掘り返してみたら?」
View More瑶子が死んだあと、怜司はようやく優奈のもとを訪ね、私の遺骨を引き取りに行った。優奈が墓地を買う余裕もなく、骨壺すら用意できなかったと知ると、怜司はまた声を上げて泣いた。優奈がどれだけ罵っても、彼は一言も言い返さなかった。私の遺骨を引き取ったあと、怜司は私を母の隣に埋葬した。瑶子の遺骨は、怜司がとっくに汚れた側溝へ捨てていた。私を埋葬したあと、怜司は自分名義の財産で優奈の借金を返した。残ったものは、すべて息子の名義にした。そこまで済ませてから、怜司は警察に出頭した。瑶子を殺した罪は、すべて彼一人が背負った。凛は罪に問われなかった。怜司が収監されたあと、凛は私たちが暮らしていた家を、昔の私が好きだった雰囲気に戻した。彼はよく息子を抱いて、私が好きだった寝椅子に座り、ぼんやりと時間を過ごしていた。息子を抱きしめながら、何度も何度も私の名前を呼んでいた。その姿を見ても、心は少しも揺れなかった。彼はある日、私が学生のころに弾いていたギターを見つけた。それを見つめているうちに、ゆっくりと目を赤くした。凛はギターの音が好きだった。きれいに弾けるようになりたくて、私は指先の皮がむけるまで練習した。それを見た彼は、ひどく胸を痛めていた。「梨央、どうしてそこまで無理するんだ。ただ一曲聴きたいだけなら、コンサートに行けばいい。こんなの、痛いだろう」あのとき私は、彼を抱きしめて笑った。「痛くないよ。あなたが喜んでくれるなら、それでいいの」けれどその後、私は痛みを怖がるようになった。それなのに彼は、私が痛がっているかどうかなど気にも留めなかった。瑶子のために、何度も私から血を抜かせた。昔のことを一つずつ思い出すたび、胸の奥に鋭い痛みが走った。私たちは、たしかに幸せだった。もし彼の心が変わらなければ、私は死ななかった。息子も、生まれた瞬間から母親を失うことはなかった。私たち三人は、きっと幸せに暮らしていた。けれど、すべては「もしも」でしかない。瑶子は、私がこの家の正式な娘であることを妬んだ。私に優しい兄がいて、優しい夫がいることを妬んだ。ただそれだけの理由で、あらゆる手を使って私を陥れた。めぐりめぐって、結局、誰も望みどおりにはならなかった。あれほど泣き崩
「梨央が味わった苦しみを、お前にも一つ残らず味わわせてやる。階段から落ちるのが好きなんだろう?なら、何度でも落ちればいい。自分を刺すのが好きなんだろう?なら、また刺せばいい」瑶子は首を押さえたまま、怜司の言葉を聞き、目を見開いた。命乞いをしようとしたのだろう。けれど、怜司と凛の冷えきった目を見た瞬間、瑶子はもう取り繕うのをやめた。床からゆっくり立ち上がると、今まで隠していた本性をあらわにした。「たしかに、私は梨央に濡れ衣を着せたわ。でも、あの女を殺したのは本当に私だけ?忘れないでよ。私があの女を陥れたとき、あの女はちゃんとあなたたちに説明していたじゃない。でもあなたたちは、最後まで聞こうともしなかった」瑶子は、何かを思い出したように笑った。「私のせいであの女が精神科病院に入れられたとしても、あの女が一番恨んでいるのは、きっとあなたたちよ。私はあの女にとって、ただの邪魔者でしかなかった。でもあなたたちは違う。血のつながった兄と、一生一緒にいると誓った夫だった。それなのに最後には、二人そろってあの女の敵になったのよ」瑶子は、そこで声を張り上げた。その顔には、場違いなほど歪んだ笑みが浮かんでいた。「だから、梨央に償うべきなのはあなたたちよ。私じゃない!」乾いた音が、病室に響いた。凛が瑶子を叩いたのだ。かなり強く打ったのだろう。彼女の頬には、たちまち赤い跡が浮かび上がった。「瑶子……本当に残酷だったのは、君だったんだな」瑶子は頬を押さえたまま、憎しみのこもった目で凛をにらみつけた。「凛、自分だけ被害者みたいな顔しないで。私に何の気持ちもなかったって、本気で言える?私は一応、怜司とは父親が同じ妹よ。怜司が私に甘くなるのは、まだわかる。でも、あなたは違うでしょう?義兄のくせに、自分の妻より妻の妹を大事にしてた。私のためなら、梨央を傷つけることだって平気だった。私を好きになったことなんてないって言っても、自分でも信じられないんじゃない?」図星を突かれた凛の顔が、みるみる赤くなった。「でたらめだ。俺が一番愛していたのは、ずっと梨央だ」瑶子は狂ったように笑った。「梨央を愛してた?笑わせないでよ。愛してたなら、どうして私のためにあの女から血を抜かせたりしたの?本当に愛してたなら、
凛が怜司のもとを訪ねてきた。どれほど泣いたのか、もう涙は出ないようだった。ただ、赤く腫れた目元だけが、その時間の長さを物語っていた。凛はおぼつかない足取りで玄関まで歩き、冷たい風に吹かれて小さく震えた。私は彼について、隣にある怜司の家へ向かった。怜司は、魂が抜けたような顔でソファに座っていた。凛の姿を見ると、怜司はしばらく彼を見つめ、氷のような声で言った。「けじめをつけなきゃならないことがある」凛はうなずき、スマホを取り出して秘書に連絡し、二人を病院へ送らせた。病室では、瑶子がすでに点滴を終えていた。化粧を落とすと、瑶子の顔色は思った以上に悪かった。血の気がなく、肌はくすんで、病室の白い照明の下ではひどく弱って見えた。仮病ではなかった。彼女には本当に、腎臓移植が必要だったのだ。看護師が出ていくのを待ってから、瑶子はどこかへ電話をかけた。「二時間以内に迎えに来て。覚えておいて。絶対に誰にも私の行き先をたどらせないで」相手が何を言ったのかはわからない。けれど瑶子の声は、急に高くなった。「怜司と凛は、梨央が死んだと知ってから、もう私のことなんて相手にしてくれないの。あの女をはめたのが私で、そのせいで精神科病院に入れられたってバレたら、あの二人は絶対に私を許さない。理由なんてどうでもいいでしょ。お金が欲しいなら、ちゃんと私を逃がして」最後には、瑶子の声に焦りが混じっていた。彼女はさらに4000万円を上乗せし、ようやく相手は迎えに来ることを承知した。満足げに電話を切り、荷物をまとめて出ていこうとした瞬間、扉の外に立っている二人を見て、彼女の顔から血の気が引いた。彼女はその場で固まり、それからすぐに、いかにも傷ついたような顔をした。「お兄ちゃん、凛さん、やっと会いに来てくれたのね。私、病院で何日も一人だったの。もう二人に見捨てられたのかと思った」凛は彼女を見つめた。その目の中の温度が、少しずつ失われていく。「俺たちが来たら、困るんじゃないのか。逃げるつもりだったんだろう?俺たちがここにいたら、どうやって逃げるんだ?」声はひどく穏やかだった。だからこそ、瑶子には死神の囁きのように聞こえただろう。怜司は、うろたえる彼女を冷たい目で見下ろした。「お前はこの家に来
凛は目を覚ますとすぐ、何かに取り憑かれたように家中を探し回った。私がここにいた証を、必死に探していた。けれど家中を見て回って、気づいてしまった。たった二年しか経っていないのに、私に関するものはすべて消えていた。以前、私と凛の結婚写真が飾られていた場所には、彼と瑶子のツーショット写真が置かれていた。カーテンも、ソファも、すべて瑶子好みのものに変わっていた。彼は充血した目で家政婦を呼びつけ、私のものはどこに消えたのかと問い詰めた。家政婦は、正気を失ったような彼の剣幕にすっかり怯えていた。「旦那様、奥様のものはすべて、瑶子様のご指示どおり処分いたしました。それも、事前に旦那様のご承諾をいただいております」凛は息を詰まらせ、その場に立ち尽くした。顔には苦痛が浮かんでいるのに、一言も出てこなかった。彼がまた取り乱しそうになったのを見て、家政婦は慌てて言った。「旦那様、思い出しました。奥様のお荷物の一部は、地下室にしまってございます」凛はすがるように地下室へ駆け下りた。靴を履くことさえ忘れていた。私と彼の結婚写真を見つけた瞬間、涙が一粒、写真の上に落ちた。それをきっかけに、堰を切ったように涙があふれ出す。彼は震える指で、写真の中の私の顔をなぞった。声はもう、嗚咽でまともに形にならなかった。「梨央……君はあんなに元気だったじゃないか。どうして死ぬんだよ……最期に会うことすらできなかった。君はきっと、俺を恨んでいただろうな。最後の瞬間まで、ずっと。小さい頃から一緒にいて、あんなに大事だったのに……俺はどうして、君を失うまで何もわからなかったんだ」凛の喉から、抑えきれない嗚咽が漏れた。まるで私への負い目と後悔を、すべて涙にして吐き出そうとしているようだった。私は彼の前に立ち、泣き腫らしたその目を見た。ふと、滑稽だと思った。その目は、私が泣いて輸血を拒んだとき、軽蔑に冷えきっていた。精神科病院へ送らないでとすがったときも、彼はただ、面倒そうに私を見下ろしていただけだった。今さら涙を流したところで、何になるというのだろう。私を死なせた人間の中に、彼も確かにいたのだから。私は冷たい地下室を見つめ、私が死んだ日のことを思い出した。悔しかった。私はまだ三十にもなっていなか