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第13話

Auteur: むぎこ
奈々は正式採用された後、新しい番組を担当することになった。その中に、葉山グループ傘下の文化産業園でロケを行うという企画があった。以前の番組で少し問題が発生したため、公式の放送日が迫っていた。しかし、今最も重要な撮影の段階で、停滞してしまっていた。正規の手続きで撮影許可を申請すると、許可が下りるまでに少なくとも3日はかかるため、編集作業に間に合わない可能性があった。

オフィスでは、同じグループの同僚たちが奈々の周りに集まり、期待に満ちた表情で彼女に話しかけた。「奈々、今頼れるのは君しかいないんだ。葉山さんに相談すれば、何とかなるはずよ。まずは撮影素材を撮らせてもらえないか、お願いしてみて」

奈々は眉をひそめ、首を横に振りながら、きっぱりとした口調で言った。「それはできないわ。私は彼の彼女だけど、彼に頼って特別扱いしてもらうようなことはしたくない。仕事はきちんとルールに従って行うべきよ」

「でも、本当に時間がないのよ」統括担当の同僚は、スケジュール表を握りしめながら言った。「今回だけ、みんなのために力を貸してくれない?局長も、奈々さんの能力を信頼しているからこそ、このプロジェクトを任せたんだと思うわ。正社員になって初めてのプロジェクトなんだから」

他の同僚たちも口々に賛同し、懇願と信頼の眼差しを向けながら、彼女に期待を寄せた。

奈々は、心の奥底で譲れないと思っていたことが、ゆっくりと揺らぎ始めた。彼女は唇を噛み締め、数秒間黙り込んだ後、顔を上げて言った。「わかったわ……今回だけよ。最初で最後!」

彼女は窓際へ行き、涼介に電話をかけた。すると、彼女が話し終わる前に、電話の向こうから、涼介の魅惑的な声が聞こえてきた。「10分後に、アシスタントに許可証を届けさせる」

「奈々、さすがね!君がいてくれてよかった!」

「やっぱり奈々にお願いして正解だったわ!」

同僚たちに囲まれ、祝福される中、奈々の口角は思わず上がっていた。一言で、他の人が求めても得られないことを解決できることが、彼女に不思議なほどの満足感をもたらしていた。

撮影チームが産業園の入り口に着くと、すぐに彼らを歓迎する人たちが現れた。先頭に立っていたのは、スーツを着た、愛想の良い笑顔を浮かべた中年男性だった。

「高槻様、私は産業園の園長を務めております、倉田(くらた)と申します。葉山様から、今回の
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