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第13話

Author: 満月の汐
文哉は部下に桐子に伝言を伝えさせ、到着したら、必ず最初に自分へ連絡するようにと。

文哉は一日中ぼんやりとして、仕方なく仕事に没頭することで気を紛らわせていた。

ようやく夜になって、文哉のもとに一本の電話が入った。

彼は慌てて桐子の様子を尋ねた。無事に到着したのか、と。

スマホの向こうから、少し困ったような声が返ってきた。「旦那様、奥様はいまご機嫌がとても悪くて……かなりの物を壊されました。それに……それに、もし白洲さんを追い出す気がないなら、もう二度とお会いしないとおっしゃっています」

その言葉を聞いて、文哉は胸のあたりの張りつめたものが、少しほぐれるのを感じた。

そして、すぐに小さく首を振る。やはり――あの子は本当にわがままで手がかかる。

さっきまでの心配は無駄だった。彼女にはまだ俺に腹を立てるだけの元気があるんだ。だったら、もう少し苦労させて、わがままなところを直してやらないと。

「物を壊したいなら好きにさせておけ。ただし、後片付けはきちんとしろ。怪我だけはさせるな。彼女の要求については――俺は承諾しないと伝えろ。いつか彼女が納得したら、その時に改めて報告しろ」

「かしこまりました、旦那様」

相手は恭しく電話を切ると、がらんとした島を見渡し、思わずため息をついた。

彼は祖父の代から白野家に仕えてきた。ところが、不運にも息子がギャンブルに手を出し、多額の借金を背負ってしまった。このままでは一家が崩壊する恐れがある。

追い詰められた末、彼はあの謎の男の脅迫に屈し、文哉を欺く手助けをするしかなかった。

もともと、文哉に裏切りが露見すれば、彼の残酷な報復を受けるに違いないと恐れていた。

しかし、先ほどの文哉の様子からは、桐子への未練も以前ほどではないように感じられた。彼は思わず胸をなで下ろした。

やはり、どんなに深い感情でも、時間が経てば少しずつすり減っていくものだ。

……

文哉が電話を切ったあとも、胸の奥に残る苛立ちは消えなかった。

彼は、自分が桐子と初めて本気でぶつかったことへの戸惑いだと、そう言い聞かせるしかなかった。

ちょうどそのとき、恵美から電話が入った。

「文哉、家政婦さんに教わって、あなたの好きな料理を作ってみたの。帰ってきて味見して?」

以前なら、文哉は彼女のその誘いに応じていたかもしれない。

だが今の彼は、理
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