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愛は跡形もなく消えた
愛は跡形もなく消えた
Author: 時雨 遥

第1話

Author: 時雨 遥
神崎遼一(かんざき りょういち)が地震現場に駆けつけたとき、私は神崎優菜(かんざき ゆうな)とともに巨大な岩の下敷きになっていた。

私は身動きが取れず、下腹部には重い痛みが走る。お腹の赤ちゃんの様子も、どう考えてもよくないと分かった。

優菜の声がずっと聞こえず、不安になった私は、自分も決して無事ではないのに、必死で彼女を励ました。

「優菜、怖がらないで。お兄ちゃんが必ず助けに来てくれるから」

今朝、優菜のことで遼一と喧嘩して以来、私たちはほとんど口をきいていなかったけれど、彼ならきっと来てくれると信じていた。お腹には彼の子供もいるのだから。

彼が私を愛していなかったとしても、お腹の赤ちゃんにはきっと期待しているはず。

――そう思っていた。でも、それは私の思い上がりだった。

私と優菜、どちらか一人しか助けられないと分かった瞬間、遼一は冷たい声で言い放った。

「先に助けるのは優菜だ」

「……え?」

私は聞き間違いかと思い、困惑しながら遼一を見つめた。

けれども、彼の声は相変わらず冷たく、感情の色は微塵もなかった。

「藤原 希美(ふじわら のぞみ)、お前には分かってほしい。優菜は子供の頃から体が弱い。お前を先に助けたら、優菜は死ぬかもしれない。そんなの、俺には見ていられない」

「大人しくしていろ。優菜を助けたら、すぐにお前を助ける」

私はなんとか涙を堪えようとしたものの、声がどうしても震えてしまう。

「お願い、あなた……私は我慢できても、お腹の赤ちゃんは待てないの」

「駄目だ」

「遼一、お願い……赤ちゃんが死んじゃう!」

絶望と苦痛の中、私は彼を見つめた。

「希美、お前が本当に優菜の子を殺したのなら、今度は自分の子で償う番だ」

「それに、お前のお腹の子が本当に俺の子かどうかなんて、お前自身が一番分かってるだろう?最初から、そんな子どもはいなかったことにするよ」

その言葉の冷たさに、私は全身が凍りついた。言い訳しようと口を開いた。

「どうして……そんなこと言うの?私が……」

だが、最後まで言い切る前に、救助隊の作業が始まり、巨大な岩が私の方へと倒れてきた。

私は完全に暗闇の中へ――

私の心は氷のように冷えきっていく。

七年間も彼を愛してきて、お腹の子どもまでいるのに――

それでも、私たちの存在は優菜には到底かなわなかった。

それどころか、彼は「お腹の子は本当に俺の子なのか分からない」とまで言った。

私はそのまま死んだ。魂だけが宙に浮かび、優菜が救い出される様子を見下ろしていた。

遼一は、優菜を抱きしめて「助かった」と喜んでいた。

その様子を見かねた同僚が、そっと耳打ちした。

「遼一さん、奥さんがまだ見つかっていません」

「見つからないなら、探し続ければいい。俺に報告しなくてもいい」

その言葉に、胸が氷のように冷たくなった。

私は彼の妻であり、彼の子供の母親だったはずなのに、私の命なんて、彼にとってはどうでもいいものだったのだ。

まるで、ただ食事に出かけて少し帰りが遅くなっただけのような扱いだった。

「お兄ちゃん、地震の時、本当に怖かった……お腹も痛いの。病院に連れて行ってほしい。赤ちゃん、大丈夫かな……」

優菜は顔面蒼白で、弱々しくそう訴えた。

遼一は優菜を抱きかかえ、そのまま病院へと向かった。

命の危機にあるはずの私は、一度も振り返られることなく、置き去りにされた。

この瞬間、私はふと「もう死んでしまってよかった」と思った。

もし生きていたら、こんな現実をどうやって受け止めればよかったのだろう。
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