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第13話

Author: 狼天薄雲
水緒は、なぜか星奈の電話番号を入手していたようで、執拗に何通ものメッセージを送り続けていた。

その中で最も新しいものは、昨日の午前中の送信だった。

雅臣の胸中には、言葉にできない不快と怒りがこみ上げた。

吐き気を堪えながら、彼は無言で一つ一つメッセージを遡っていく。

【奥さんも分かってるでしょう?雅臣があなたに感じてるのは責任だけよ。じゃなきゃ、どうして私を好きになるの?愛されない女って、本当に哀れね】

【見て、これ。彼が私のためにデザインしてくれたネックレス。あなたたちの結婚指輪よりも大きなダイヤがついてるの】

【今日は私の誕生日よ?また取引先に会いに行くって嘘ついて出かけたんでしょ?ふふ、彼があなたと電話してたとき、私はすぐ隣にいたのよ】

メッセージには、彼女とのベッドで撮られた無数の写真も添付されていた。

その瞬間、雅臣の全身から血の気が引いた。

あまりの寒気に、骨の芯まで凍りついたようだった。

彼は水緒のことを、金で簡単に黙らせられる虚栄心の強い女だと侮っていた。だが現実は、その策略も執念も、想像以上に根深く計算高いものだった。

放心状態のまま、彼はモバイルバッテリーを警察に返し、自宅に戻る車内で水緒に電話をかけた。

「どこにいるんだ、今すぐ俺の家に来い」

本音では、もはや彼女の顔すら見たくなかった。水緒と関わる一切が、今の彼にとっては耐え難いほど不快だった。

一方で、水緒は雅臣の様子がどこかおかしいことに気づきながらも、自分にとって大きな転機だと信じ込み、浮き足立つように入念に身なりを整え、意気揚々と別荘へ向かった。

これが、彼女にとって初めての「堂々たる訪問」だった。

嬉々として邸内を歩き回り、まるで蝶のように華やかに振る舞った。

そしてついには、勝手に衣裳部屋へ入り込み、好き放題に選りすぐって服を物色し始めた。

雅臣が帰宅したとき、最初に目に入ったのは、階段の上から使用人たちに指示を飛ばす水緒の姿だった。

彼女は既に「奥様」として振る舞い始めており、傲慢な口調で命令を下していた。

「壁に飾ってある写真は全部外して!あんな安物の写真なんて誰が欲しがるの?今度画廊に行って、もっと高級な絵を買ってきて飾りましょう!

庭の花も全部取り替えて。ここは別荘なのよ?田舎の庭じゃないの。デイジーや薔薇なんて、貧乏くさいわ。今す
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