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第18話

Author: 小雨さま
薄暗いホテルの一室。床には割れたビール瓶が散乱し、足の踏み場もない。空気には強いアルコールの匂いが立ち込めている。

ベッドの端に寄りかかるようにして、昴は床に座り込み、仰向けに頭を傾けながら酒をあおっていた。アルコールで自分の感情を麻痺させようとしているのだ。

何本もの酒を飲み干しても、千秋の失望と冷ややかな眼差し、そして道程の言葉が、頭の中になお鮮明に浮かび上がる。

そのとき、床に置かれたスマホの画面がぱっと光った。

誰からのメッセージなのかもわからない。

昴は手探りでスマホを拾い上げ、ぼんやりとした意識のまま画面を開いた。しばらく目を凝らして探し、ようやく千秋とのLINEの画面を見つける。喉が詰まり、言葉が途切れ途切れに漏れた。

「千秋、千秋……お前か?俺を……許してくれたよね?

俺が悪かった。本当に悪かったんだ。どうか道程と別れてくれ、頼む……」

彼はひとつひとつ音声メッセージを送りながら、何度も何度も千秋に謝り続けた。既読にされなくても送り続けた。

返事はなかった。メッセージは虚無に吸い込まれてしまったように、何の反応もない。昴は力なく手を垂らすと、スマホは床に落ちた。パッと灯ったロック画面には、一人の男性が優しく女性を見つめ、その女性は爪先立ちで彼の頬にキスをしている写真が映し出された。

それは、昴と千秋が恋人だった頃の写真だ。

昴はその写真をぼんやりと見つめ、二人で過ごした幸せな日々を思い出した。

目を閉じた刹那、涙が静かに彼の頬を伝い落ちた。

ドンドンドン——

ドアを叩く音が響いた。

牧野はドアの外で辛抱強く待ち、昴の許可を得てからようやく部屋に入った。

足を踏み入れた瞬間、臭い酒の匂いと灯りのない室内に驚き、思わずその場で立ち尽くした。数秒ほど息を整え、恐る恐る昴のもとへと歩み寄った。

「何の用だ?」

昴は手で目を覆いながら、かすれた声で聞いた。

牧野は、さきほど昴の母から彼と連絡が取れないので探して欲しいと依頼があったことを、謹んで伝えた。

部屋の中はあまりにも暗くて、昴の表情すら見えなかったが、彼の機嫌が良くないことは空気でわかる。牧野は言葉を選びながら、途切れ途切れに続けた。

「奥様がおっしゃっていました……河野静江さんのことはもう手配済みで、あなたが認めようと認めまいと、この子は必ず……池田家に迎え入
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