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彼女が泣き崩れながら私に触れようと手を伸ばしてきたが、私は汚いものでも見るかのように身をかわしてそれを避けた。私の氷のように冷え切った視線が、彼女の胸に深く突き刺さるのがわかった。だが、私がこの三年間早瀬家で受け続けた非道な仕打ちや、出産の際に私を見殺しにしようとしたあの冷酷さに比べれば、今の彼女の絶望など、まったくもって取るに足らないものだった。和子はついに膝から崩れ落ち、周囲の目も憚らずに声を上げて泣き叫んだ。彼女は自分の胸を激しく叩きながら、狂乱したように慟哭する。「ああ……これが天罰なのね!私が背負うべき報いなんだわ! 私はなんておぞましいことを……! 自分の実の娘をこの手で殺しかけたなんて……!」身勝手な理由で私を捨て、散々私を痛めつけてきた血の繋がらない親子が、深い絶望の中で泣き崩れ、悔恨に苛まれるその惨めな姿を冷ややかに見下ろしながら、私はようやく胸の奥につかえていた重いしこりがすーっと消えていくのを感じた。私はテーブルの上に置いていた株式譲渡の書類とあの手紙をゆっくりと拾い上げ、彼らに背を向けて会議室の重いドアを開けた。一歩外へ踏み出すと、窓から差し込む眩い陽の光が私を柔らかく包み込んだ。それは、私を待ち受ける新たな人生――再生と希望の光だった。光に包まれて新しい未来へと歩み出す私。そして、その背後の薄暗い部屋の中で、一生癒えることのない後悔と絶望の底で生きていく蓮と和子。私たちの道が、もう二度と交わることはない。国内でのすべての清算を終えた私は、その日の夜に飛び立つ航空便で、再び海外へと飛び立った。私自身の、そして息子の新しい人生を始めるために。……それからしばらく経ったある日のこと。私が息子の湊を抱きかかえ、窓辺で穏やかな日向ぼっこをしていると、手元のスマートフォンが短く震えた。電話に出ると、国内に残してきたアシスタントが切羽詰まった声で報告してきた。「社長!早瀬蓮氏が交通事故に遭いました。それから、和子氏も重病で緊急入院したとのことです。……あの、お見舞いに行かれますか?」その報告を耳にした瞬間、私の心にほんのわずかなためらいがよぎった。――だが、これまで彼らから受けてきた屈辱と非道な仕打ちを思い返すと、その感情は一瞬にして冷たく氷点下へと凍りついた
蓮は周囲の噂話など一切耳に入っていなかった。――エレベーターのドアが開く、その瞬間までは。ゆっくりと開いた扉の向こうから現れたその人を見て、蓮は息を呑んだ。記憶に焼き付いて離れない、あの見慣れた顔が、再び彼の目の前に現れたのだから。蓮は雷に打たれたようにその場に立ち尽くし、一歩も動くことができなかった。目の前にいる私は、もうかつてのような、疲れ果ててだらしない姿の女ではない。今の私は、誰もが目を奪われるような、圧倒的なオーラとまばゆいばかりの輝きをまとっている。彼の中で、この三年間、私がこれほど自信に満ちて輝いていたことなど、一度たりともなかったはずだ。私は体にフィットした最高級のオーダースーツを身にまとい、後ろに二人の屈強なボディガードを従えて、悠然と会議室へ向かって歩き出した。蓮の横を通り過ぎようとしたその瞬間、彼はたまらず私の腕を掴み、掠れた声でこぼした。「優……優奈……?」私はゆっくりと振り返り、冷たい目元に完璧なビジネススマイルを浮かべて答えた。「はじめまして、早瀬さん。新任社長のダイアナと申します」私がそう名乗るが早いか、背後のボディガードが即座に蓮の腕をねじり上げ、強引に私から引き離した。私が会議室の中央にある社長席に座るまで、蓮は茫然自失の体で私の向かいの席に座り込んでいた。会議が始まっても、彼は私の顔を穴の開くほどじっと見つめ続け、まるで目の前の現実を受け入れようと必死にあがいているかのようだった。会議が終わり、役員たちが次々と退出していく中、彼だけがまだその場に呆然と立ち尽くしていた。やがて人混みが引くと、彼はうわ言のように私の名前を呼びながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。手入れされていない無精ひげに、赤く血走った目。かつてのエリート然としたオーラは影を潜め、見る影もなく憔悴しきっている。頭の先から爪の先まで輝きに満ちている私と比べれば、今の彼には微塵の魅力も残されていない。たった一ヶ月足らずの間に、私たちの立場と力関係は、見事に、そして完全に逆転していた。彼が口を開くより先に、私は彼が抱いているであろう疑問を言い当てた。「聞きたいんでしょう?どうして私が、早瀬グループの株式の六割を手にしているのかって」私はふっと冷ややかな笑みを浮かべて立ち上が
「あいつが……産後に大出血を起こして、分娩室で生死の境を彷徨ってたことを知ってたのか!?」すると和子は怯むどころか、冷笑を浮かべて言い返した。「人のことを責める前に、あんたこそ妻を放ったらかして、あの時どこで何をしてたのよ?」目の前の母親が悪びれもせず優奈の非を責め立てるのを見て、蓮はようやく悟った。この三年間、自分が外で遊び歩いている間、家に取り残された優奈がどれほど和子から冷淡に扱われ、いびられてきたのかを。自分が優奈を「妻」として大切に扱ってこなかったからこそ、和子も彼女を軽んじ、遠慮なく虐げていたのだ。止まらない和子の優奈への罵声を耳にし、蓮は耐えきれずに怒鳴り声を上げた。「もういい!!黙ってくれ、母さん!あいつはもう家を出て行ったんだぞ!なのになぜ、まだそんな風に罵るんだ!」ところが和子は、ふんと鼻で笑ってこう言い放った。「まあ、いなくなってせいせいしたわ。あの時、あんたたちの婚姻届を出させなくて大正解だったわね。これで本当に良かったのよ。面倒な離婚手続きもいらないし、慰謝料として早瀬家の財産を一円たりともあの女にくれてやる必要がないんだから」蓮は、目の前にいる実の母親が恐ろしいほど冷酷な別人のように思えた。この三年間、優奈がどれほどの孤独と苦痛に耐えながら、早瀬家の嫁として生きてきたのか。今の彼には想像することすら恐ろしかった。――だからこそ彼女は、自分へのわずかな希望すら捨て去り、完全に失望してこの家を出て行ったのだ。蓮はもう、自分の家に帰る気にはなれなかった。ひとたび足を踏み入れれば、血まみれになって横たわる優奈の姿や、泣き叫ぶ息子の幻影が脳裏によみがえってきそうだったからだ。あの家は今や、優奈に対する後悔と罪悪感の塊のような場所になっていた。彼は一人でバーへ向かい、浴びるように強い酒を煽った。意識が完全に泥酔に沈み、思考が途切れるその瞬間まで。……一方その頃、私は息子とともに無事に海外のアジトへ身を落ち着け、すぐに顧問弁護士と連絡を取っていた。蓮の祖父から遺産として譲渡された早瀬グループの株式を、正式に私の名義へと移す手続きを進めるためだ。生活環境も整え、幼い息子には専属の優秀なベビーシッターと栄養士をつけた。早瀬家で過ごした、あの息が詰まるほど苦しくて辛か
蓮は怒りを爆発させる間もなく、慌てて車を飛ばしてホテルへと急行した。会場に到着して目に入ったのは、メインステージの大画面に大写しにされている彼と美桜の情事の映像だった。会場中には、耳を塞ぎたくなるような嬌声が響き渡っている。大勢の客の前に、二人の不倫の事実が容赦なく晒し出されていたのだ。血の気が引いた蓮は怒鳴り声を上げた。「早くその画面を消せ!!」司会者やスタッフたちが慌てて操作盤をいじるものの、映像はどうやっても止まらない。優奈が事前に手を回し、映像がワンストップで最後まで強制的に流れるよう細工をしていたからだ。やがて動画が切り替わり、今度は蓮と美桜が海外旅行で遊び呆けているツーショット写真が、一枚、また一枚と次々に映し出されていく。だが、最後に表示された数枚の画像に、会場の空気が凍りついた。それは病院から発行された『危篤通知書』。そして、『母体の羊水塞栓症に関する緊急手術同意書』だった。どの書類にも、本来あるべき「家族の署名」の欄は空白のままだった。静止画の最後の一枚は、下半身を血に染めた優奈が、顔面蒼白のまま担架で運ばれていく痛々しい写真である。その後、画面には優奈による長文の告発文が浮かび上がった。この三年間、蓮が幾度となく優奈を裏切り、美桜と蜜月旅行を重ね、ホテルを渡り歩いていた詳細な記録が綴られている。そして密告の最後、スクリーンには優奈本人の動画が流れた。彼女は湊をしっかりと腕に抱き、吹っ切れたような笑みを浮かべ、カメラに向かって毅然と言い放った。「この三年間、捧げる価値もない相手に真心を尽くしてきたけれど、生死の境を彷徨ってようやく目が覚めたわ。今日この日をもって、私たち親子の人生からあんたを永久に追放する。もう二度と関わることはないから」映像がプツリと切れ、会場が本来の明かりを取り戻した時、宴会に集まった客たちの目には涙が浮かんでいた。そして、同情の波はたちまち優奈の無念を晴らすかのような、蓮への非難の声へと変わっていった。「なんてこと……優奈さん、どれほどの絶望を抱えて、息子さんのお宮参りの日に姿を消したっていうのよ……」「羊水塞栓症といったら、確実に命に関わる危険な状態じゃない。妻がそんな生死を彷徨っている時に、夫は愛人と世界旅行でイチャついていたなんて……
蓮は鼻で笑いながら言った。「聞こえたらどうだっていうんだ。あんな陰湿なやり方で君に火傷を負わせた罰だ」激しい雷雨の中、私は湊を抱きしめたまま、一睡もできずに朝を迎えた。ようやく浅い眠りに落ちかけたその時、バンッという大きな音とともに、寝室のドアが乱暴に蹴り開けられた。そこには、挑発的な笑みを浮かべた美桜が立っていた。「ねえ優奈さん、早く朝ごはんの支度してくれない?蓮が待ってるんだけど」私が無言のままでいると、彼女はわざとらしく距離を詰め、首筋に残る生々しい赤い痕を見せつけるように立ちはだかった。そして、私の耳元で楽しげに囁いた。「昨日の夜ね、蓮があんたのボロボロな姿を見て『気持ち悪い』って言ってたわよ。全身からミルクのすえたような臭いがして、吐き気がするんだってさ」私は彼女の言葉を冷ややかに無視し、洗面所へと向かおうとした。しかし次の瞬間、火のついたような湊の泣き声が部屋中に響き渡った。慌てて振り返ると、あろうことか美桜の長い爪が、湊の細い腕に深く食い込んでいるではないか。赤ちゃんの柔らかな肌には、くっきりと痛々しい爪痕が残されている。私への嫌がらせならともかく、無抵抗な息子にまで手を出すなんて。母親としての逆鱗に触れられ、私の中で激しい怒りが爆発した。私は反射的に美桜の髪を掴み、力任せに引きずり倒そうとした――だが、その時だった。騒ぎを聞きつけた蓮が飛び込んでくるなり、私を蹴り飛ばして怒鳴りつけた。「いい加減にしろ、優奈!今のお前はただのヒステリー女だぞ!」それだけでは収まらなかったのか、彼は傍らにあったガラスのコップを掴み取るや否や、私の頭に向かって思い切り叩きつけたのだ。ガシャッと鈍い音が響き、一瞬、目の前が真っ白になる。直後、額から生温かい血が線を引いて流れ落ちてきた。ポタッ、ポタッと、真っ白な床に赤い血しぶきが散っていく。その瞬間、私の中に残っていた彼へのわずかな情も、完全に死に絶えた。顔の半分を血に染めた私の惨状を見て、蓮もさすがにハッとしたのか、一瞬だけ視線を泳がせた。だが、すかさず美桜が「蓮……髪引っ張られて、痛いよぉ」と甘えた声で泣きついた。すると彼は、わずかに覗かせた罪悪感をすぐに掻き消すように冷酷な表情に戻り、吐き捨てるように言い放った。
そして、わざとらしい作り笑いを浮かべて付け加えた。「ごめんなさい優奈さん、私って匂いに敏感なタチで。気にしないでね」蓮もわずかに眉をひそめながら口を開いた。「ここ数日、一人で大変だったな。ほら、僕は時空を越えて無事に戻ってきたぞ。これ、湊へのプレゼントだ」そう言って彼が安っぽい紙袋から取り出して私に押し付けたのは、適当なお店で安く買ったであろうおもちゃだった。以前の私なら、怒りに任せてその場で彼に投げつけていたことだろう。彼が毎回のように渡してくる、この適当に誤魔化すためだけのプレゼントを。でも今はもう、そんな感情すら湧いてこない。彼に対する期待も愛情も、とうの昔に冷え切り、どうでもよくなっていた。蓮は自分の後ろに立つ美桜にちらりと視線をやると、こう言い訳をした。「帰りの道中で偶然美桜に会ってな。赤ん坊の顔が見たいって言うから、一緒に連れてきたんだ」私が無言でいると、彼はいつものように、私が嫉妬して機嫌を損ねているのだと思ったらしい。だが次の瞬間、私はふっと笑みをこぼして答えた。「いいわよ、どうぞ入って」予想外の反応に蓮は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに表情を緩め、気を良くしたように言った。「やっぱり母親になると変わるもんだな。前よりずっと大らかになったよ」これまでなら、彼が美桜を連れてくるたびに私は激怒し、二人はいつも美桜のことで大喧嘩になって、最後は最悪の空気で終わるのが常だった。だが今は、彼の本性がすっかり見えてしまったため、もうすべてがどうでもよくなっていた。美桜はカツカツとヒールの音を鳴らしながら、遠慮する素振りもなくズカズカと家の中へと足を踏み入れていく。蓮もそそくさと寝室へ向かい、息子を見に行ってしまった。リビングには私と美桜の二人だけが残された。すると彼女は、私を見下すように鼻で笑い、嘲りの笑みを浮かべた。「ねえ優奈さん、今の自分の姿、鏡で見てみたら?そんじょそこらのおばさんの方が、まだマシな格好してるわよ。そんなだらしない見た目じゃ、どうやって蓮の心をつなぎ止めるつもり?」私は哺乳瓶の消毒作業を黙々と続け、彼女の方には一瞥もくれなかった。その完全に無視する態度に苛立ったのか、美桜はさらに声を荒らげた。「あんた、自分が愛されてないって分かってるくせに、それ







