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第346話

Author: 歩々花咲
琴音の表情が途端に震えた。

この三人には見覚えがある。

芹沢家の人だ!

正蔵が来たのだ。

案の定次の瞬間、琴音は優雅な足取りで入ってくる男の姿を見た。

その手にした杖に琴音の背筋は瞬時に冷たくなった。

「お……お父様……」

琴音の顔色が瞬時に青白くなった。

無意識にベッドの奥へと身を縮める。

正蔵は無表情で病室をざっと見渡し、その視線が林先生の上で一秒止まった。

「失せろ」

恵は頭を下げて足早に去っていった。

立ち去る前、琴音を一瞥する勇気さえなかった。

「流産したそうだな?」

正蔵はベッドサイドに腰を下ろした。

その声は恐ろしいほど平然としている。

「それに島崎家の相続権も失ったと?」

一言一句が詰問でありそして嘲りだった。

琴音が最近どれほどのことをしてきたか。

何をしたかは琴音自身が一番よく分かっている。

今子供を失い、蓮には離婚を切り出され、島崎家の方も水の泡となった。

琴音にはもう何の庇護もない。

琴音は全身を震わせた。

「お父様、これはただの事故です。私、説明できます……」

パン!

乾いた平手打ちの音が琴音の弁解を遮った。

琴音の顔が横に振られ、唇の端から血が滲んだ。

「出来損ないめ」

正蔵はハンカチを取り出して手を拭いた。

「芹沢家が長年お前を育ててきたのは、こんな恩知らずの穀潰しを育てるためではない」

正蔵は立ち上がり背後のボディガードに目配せをした。

「連れて帰れ。そしてしっかりもてなしてやれ」

最後の数文字に琴音は自分がこれから何をされるのかを想像できた。

琴音は激しく首を振った。

「いや!」

琴音は恐怖に後ずさった。

「お父様、私が間違っておりました。もう一度機会を……」

ボディガードは有無を言わさず琴音を両脇から抱え上げ、乱暴にコートを着せた。

琴音はもがいたが手術を終えたばかりで弱々しく力がない。

まるで破れた布人形のように病室から引きずり出されていった。

廊下の看護師がその光景を見て何かを尋ねようと前に出たが、正蔵の一瞥に怯えて後ずさった。

芹沢家の別荘の地下室は冷たく湿っていた。

琴音は一枚の木の椅子に押さえつけられ二人のメイドが無表情で両脇に立っている。

「芹沢家の決まりはよく分かっているだろう」

正蔵は椅子に座りゆっくりと茶を味わっている。

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