LOGIN玲央side
「……いい加減にしてくれ。璃子ちゃんが今どんな気持ちで君の話を聞いていると思っているんだ? それに、君のその身勝手な妄想で、これ以上子供たちの未来を汚すのはやめるんだ」
父の低く冷徹な声が、熱を帯びていた祐実さんの言葉を凍りつかせた。
「璃子ちゃんは私の子どもではない。子どもであるはずがないんだ」
「何を言っているの……? 璃子は、あなたと私の子どもよ。私たちが愛し合ってできた子どもなのよ。だって私たち、あの頃何度も……」
「君は、あの時私が話したことを忘れているようだね。あるいは、自分の都合のいいように記憶を書き換えているのか。……そもそも、私に『実の子ども』など存在し得ないんだ」
その言葉に、僕の思考は完全に停止した。一瞬、頭の中が真っ白になり、無意識に璃子の手を強く握りしめる。あまりの強さに、璃子がビクッと肩を震わせて顔を歪めた。
「璃子、ごめん……。父さん、それって……どういう意味?」
「ああ、玲央。お前にもいつか話さなければならないと思っていた。……玲央、お前も私の実の子ではない」
佐奈side車を走らせているとフロントガラスを叩く雨脚が急激に激しくなってきた。ワイパーを最速にしても視界が白く霞むほどの豪雨に、蓮はハンドルを握る手に力を込め、国道沿いにあるパーキングエリアに車を滑り込ませた。エンジンを切ると、車内には雨がボンネットを叩く激しい音だけが響き、車内の孤独感を際立たせている。何か明るい話題を探そうとしたが、隣に座る蓮の横顔を見て息を呑んだ。何かに耐えているように唇をギュッと閉じる蓮に、思い付きの話をするのは違うと思ったからだ。蓮はハンドルに額を預けるようにすると、長い沈黙のあと、ようやく重い口を開いた。「佐奈、本当のことを話すよ」蓮の声は、雨音に消されそうなほど小さくて低かった。わずかに震える声に私の身体も小さく身震いをする。彼はゆっくりとこちらを向き、今まで避けていた私の瞳を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、隠しきれない疲弊と絶望が滲んでいた。「連絡が遅かったのは、仕事のせいじゃない。父さんと母さんを説得しようとして、ずっと話し合っていたんだ」「説得って……私たちの、結婚のこと?」蓮は小さく頷き、深く重い溜息をついた。「MURAKIの不祥事が公になってから、うちの役員会でも問題になった。うちの両親
佐奈side日曜日の昼前、蓮が家の前まで迎えに来てくれた。せっかくの休みだというのに、今すぐ激しい雨が降りそうな黒く重そうな雨雲をチラリと見て、助手席に乗り込む。木曜日の昼に送った会いたいというメールの返信が届いたのは、金曜日の夜だった。以前なら数時間で返ってきたはずの言葉が、丸一日以上も返ってこないことに蓮の心が離れてしまったような気がしてこのところ溜め息ばかりが続いていて、私の心は今日の空と同じようにどんよりと曇りきっていた。「最近、連絡くれたのに返事遅くなってごめん」車が走り出してすぐ、蓮は前を向いたままそう言った。(会って早々に謝罪の言葉を口にしてくれたことは嬉しいけれど、できるなら正面から顔を見て言ってほしかったな……)でも、蓮が仕事が忙しいのは分かっているし、理解のある婚約者でいたいと思う私は、自分の中の寂しさを飲み込んで「大丈夫」と短く返事をした。いつもは何かしら話をしているはずだけれど、どんな話をしているか思い出せない。何故だか今日は、沈黙が気まずく感じていた。「佐奈、怒ってる?」信号待ちで不意に尋ねられ、言葉に詰まった。今の気持ちに怒りは一ミリもない。ただ、そう思われたことへの悲しさに似た感情が入り交じっていた
佐奈side「連絡、遅くなってごめん。少し仕事が立て込んでいて……」そう蓮から連絡が来たのは、私が連絡してから三日後の深夜二時だった。そんな時間に起きているはずもなく、朝、温かい布団にくるまれながら手を伸ばしてスマホを取りメッセージを呼んだが、すぐに返事をする気になれなかった。アプリを閉じて、まだ眠い目をこすりながら伸びをして仕事のために仕方なく布団を出た。顔を洗いメイクをして身支度を整えてから、通勤電車を待っている間に再びスマホを取り出して蓮へと返事を打った。「遅くまで大変だったね、お疲れさま。あと二日でお休みだし頑張ろうね」普段と変わらないありきたりな返事をしてから、蓮のことは一旦忘れようと自分に喝を入れてぎゅうぎゅうに人が乗っている電車に吸い込まれるように足を踏み入れた。無心になって最寄り駅まで揺られているこの時間が、今日はなんだか心地がいい。仕事は経営部門で直接的な関わりはないため、目の前の数字を追うことだけに集中をした。しかし、それでも休憩室や遠くから聞こえてくる役員たちの話の中で支店の新たな人事や対応策についての話が聞こえてきて、まだこの問題が解決されていないことを思い知らされる。(電話やメールじゃなくて、蓮と直接話がしたいな……)昼休み、昼食を食べに出掛ける前に、蓮に『週末に会えない?』とメ
佐奈side「婚約破棄したとか言ってるけれど、璃子に捨てられただけじゃないの? それで、会社にも居づらくなって困って私のところに縋ってきたんじゃないの?」蓮から連絡が来ないことの苛立ちを颯にぶつけるように、自分でも質が悪いと思いながらも、つい意地悪な言葉を投げかけてしまっている。「違う。決してそんなんじゃない。だけど、佐奈が俺のことを信用できなくなっても仕方ないとも思っている。俺は、その失った信用を回復するところから始めたいんだ。……佐奈は、もう結婚するのか? まだ、今からでも俺が入り込む余地はあるかな?」颯の声から弱々しさが消えた。璃子と一緒にいた時の顔色を伺うような情けない颯ではない。少し強引で力強く話しかける颯に思わず言葉が詰まる。「……まだ入籍はしていないけれど、そのうち結婚するわ。だから、もう無理なの。遅すぎるわ」「そうか。……それなら、まだ佐奈のことを想っていてもいいかな?」「そんなこと、私に聞かないで! もう電話切るから」これ以上、颯の言葉を聞いている余裕なんてない。電話を切ろうとしたその時、颯が焦ったような早口で尋ねてきた。「待って! ネットニュースで見たんだ&hell
佐奈side「伝えたいこと?」「佐奈、俺、すべて終わらせてきた。璃子との婚約を破棄してきたよ」「え、なんで?」「最後に会った時に、佐奈が言っただろう?『璃子の悪事を知っていながらも、未だに璃子の隣にいるのは璃子のことを想っているからだ。それに、被害者ぶっているけれど颯は何も失っていない』って……」「それはそうだけど……」「そう言われて気づかされたんだ。確かに俺は何も失っていない。それどころか、婚約してすぐに家は1DKのアパートから高級なマンションに変わって、会社のポストも上がった。婚約したままで佐奈のことを想っているなんて伝えても、説得力もないし本気だなんて思えないよなって。佐奈からしてみれば、結婚前にふらふらしている軽い男みたいに俺は映っているかもしれないと思ったんだ」颯の言葉をただただ無言で聞いていた。今言っている言葉は、私があの時感じた心のモヤモヤや苛立ちをしっかりと言語化してくれている。婚約している立場でありながら、声を掛けてくることにも、もしかしたらなびくかもしれないと私自身を軽く見られていたのかと思うと何をふざけた事を言っているのだろうと全く笑えなかった。「あの時、事情があって婚約者のフリをしていたんだ。でも、もうする必要がなくなった。だから璃子との婚約を正式に解消したよ。俺は、もう璃子とは関
佐奈side蓮から連絡が来ないまま二日が過ぎた。今までも、出張期間中など仕事が立て込んでいる時は返事が遅くなることもあったが、特別大切な内容でもなかったし仕事に集中して欲しかったので、特に気にしていなかった。だけど、今回は違う。(お互いの会社間でのトラブルが発生して、心配だから連絡をしていたいと言っているのに……蓮の声を聞いて今後の話をしたり、安心したかったのにな)蓮だってメッセージの内容を見れば重要かそうでないか位、分かるはずだ。ましてや、仕事では、たくさんの取捨選択をして方針を決定し、先頭に立って動かしていく立場だ。そんな蓮が見落としたり、後回しにするとは思えなかった。だからこそ、この空白の時間は、私の事を避けているのではないか、何かご両親から言われて、蓮自身が考え事をしているのではないか、と深い影を落として私の心を不安にさせていた。スマホをぼんやりと眺めては、蓮からの通知がないか確認する。しかし、通知が届くことはなく、現実逃避するようにSNSのタイムラインを指でなぞっていた。 犬が尻尾を振る可愛い動画を見つけ再生ボタンをタップした、その瞬間だった。画面を割り込むように表示された着信に、指が勝手に反応してしまった。(あ、間違えた。ワンちゃんの動画を見て、癒されたかったのに……)