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第8話

Penulis: あめちゃん大好き
目を覚ましたとき、心美は自分が詩織とともに断崖絶壁に吊るされていることに気づいた。

足下には鋭利な暗礁が牙を剥き、一瞬でも気を抜けば、真っ逆さまに落ちて粉々に砕け散た。

「貴様!彼女たちを放せ!女を拉致するのが貴様のやり方か!」

崖の上から、聞き慣れた男の怒号が響く。

心美が必死に顔を上げると、そこには端正なスーツ姿の哉治が立っていた。

いつもは冷静沈着なその眉間には深い皺が刻まれ、対峙する男を今にも射殺せんばかりに睨みつけている。

相手は九条蓮也(くじょう れんや)。この街でその名を知らぬ者はいない、非情で冷酷な男だ。詩織の父が娘の嫁ぎ先として、なかば強引に決めていた相手こそがこの男だった。

蓮也は、一点の濁りもない白髪を風に揺らしながら、冷徹な殺気を隠そうともせず低く笑った。

「哉治、人聞きが悪いな。唐沢グループも詩織も、元はと言えばわしのものになるはずだった。

そこに横槍を入れ、強引に奪っていったのはお前の方だ。先に仁義を欠いたのは、どちらかな?」

蓮也の言葉が終わるか終わらないかのうちに、心美を縛るロープがさらにきつく食い込んだ。

激痛に思わず息を呑むが、胸をざわつかせる嫌な予感は、痛みなど忘れるほどに強烈だった。

案の定、蓮也は追い打ちをかけるように告げた。

「両方とも手に入れようなんて、いくらなんでも虫が良すぎると思わないか?

よかろう。唐沢グループの経営権についても、これ以上とやかく言うつもりはない。だが、女は一人、ここに置いていってもらうぞ」

「ふざけるな」

哉治は奥歯が砕けんばかりに噛み締め、怒りに身を震わせた。

だが、蓮也はどこ吹く風で、氷のように冷ややかな声でカウントダウンを始めた。

「一人を選べ。選ばれなかった方は、わしの好きにさせてもらう。わしの忍耐も長くは持たん。十秒で決めろ。十、九、八……」

心美の心は、一瞬にして底なしの淵へと沈んだ。

哉治の瞳を見ただけで、答えが分かってしまったからだ。

哉治の瞳が潤み、微かに揺れた。宙吊りにされた心美を凝視するその唇はわななき、断腸の思いを込めて声を絞り出す。

「……詩織を、選ぶ」

その言葉が零れた瞬間、堪えていた涙が決壊し、彼の頬を伝って激しく流れ落ちた。

すぐさま詩織が安全な場所へと下ろされる。

それとほぼ同時に、心美を繋ぎ止めていたロープが冷酷に断ち切られた。糸の切れた凧のように、彼女の体は暗礁へと真っ逆さまに落ちていった。

視界の端を、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡る。耳元では風の音が獣の咆哮のように鳴り響いた。

心美は絶望のままに瞼を閉じ、全身を粉々に砕くであろう、その衝撃の瞬間を待った。

だが、予期した衝撃は訪れなかった。

再び瞼を開いたとき、心美はざらついた網の上に横たわっていた。

全身を大型車に轢き潰されたかのような凄惨な痛みに襲われ、呼吸を一つするたびに、全身の骨がきしんで悲鳴を上げている。

震える腕でどうにか体を支え、上身を起こした。ようやく視界が捉えたのは、暗礁のわずか数メートル上、岩の影に巧妙に隠された救助ネットだった。

深い闇に紛れ、崖の上からはその存在を誰も発見しなかった。

生きている……私はまだ、生きている。

その事実が、混濁していた意識を強引に引き戻した。

這うようにして救助ネットの上を移動すると、隅の方で何かが鈍く光を反射した。

指先を伸ばし、触れたのは折れたカッター替刃だった。

その時、不意に近づいてくる足音が静寂を破った。心美は反射的に網の端の暗がりに身を潜め、息を殺した。

「わしの救助ネットも、なかなかの優れものだったようだな」

蓮也のからかうような声が聞こえた。

「あの高さから落ちて生きていようとは。心美、お前は本当に運の強い女だ」

心美は答えず、手の中の刃を強く握りしめた。

蓮也がその場に膝をつき、泥と傷にまみれた彼女の姿をなめるように見回す。その濁った瞳には、どろりとした下劣な欲が混じり始めていた。

「これほどのいい女を、哉治はあっさり捨てるとはな。全く、宝の持ち腐れもいいところだ」

言い終わるが早いか、蓮也は獣のような勢いで心美に躍りかかった。

心美は胃の底から込み上げる激しい嫌悪感を必死に抑えつけ、身をかわすこともせず、ただその瞬間を待った。

蓮也の手が心美に触れようとしたその瞬間だった。彼女は弾かれたように腕を跳ね上げ、手の中に隠し持っていた刃を迷いなく彼の喉元に突き立てた。

「行かせて。さもなければ……あんたを道連れにして、ここで死ぬわ」

刃をさらに深く食い込ませる。蓮也は首筋に走る確かな刺痛を感じ、目を見開いた。

心美の瞳に宿る凄み。それが単なる脅しではなく、本気で自分の喉を掻き切る覚悟であることを、彼は瞬時に悟った。

数秒後、蓮也は忌々しげに奥歯を噛みしめた。

「よかろう、行け」

心美は一瞬たりとも警戒を解かず、下ろされた梯子を伝って這うように岸へ上がった。

安全な距離まで離れたことを確認するやいなや、彼女は市街地へ向かって無我夢中で走り出した。

どれほど走っただろうか。哉治の邸宅が見えたところで、ようやく足を止めた。

だが、扉を開けるよりも先に、中から漏れ聞こえる声が彼女の足を凍りつかせた。

「詩織、もう怖がらなくていい。僕が守ってあげるから。誰にも、君を傷つけさせはしない」

溶けるような、甘く優しい哉治の声だった。

心美は奥歯を噛み締め、荒々しく扉を押し開けた。ソファで眠る詩織の傍らに座り、愛おしそうにその手を握る哉治の姿が目に飛び込んでくる。

片や自分は、服は引き裂かれ、掌からは血が滴り、まるで浮浪者のような惨めな姿だ。

哉治は驚愕に目を見開いたが、すぐに立ち上がり、心美の手を取ろうとした。

「心美……!無事だったのか。今、ちょうど探しに行こうとしていたところで……」

「私の遺体でも回収しに来るつもりだったの?」

心美はその手を激しく振り払い、声には隠しきれない軽蔑と嘲笑が混じっている。

哉治の顔が、不機嫌そうに歪んだ。

「なんて言い草だ。無事に戻れたんだろう?」

「ええ、戻ったわよ。戻らなければ、あなたのこんなに情愛深い姿を拝むこともなかったものね」

心美は彼を射抜くように見つめた。溢れそうになる涙を必死に堪え、震える声で言った。

「ねえ、哉治。どうして私じゃなく、あの女を選んだの?」

「心美!」

哉治の声が怒りで跳ね上がった。

「いい加減にしろ。

詩織はあんなに恐ろしい目に遭って、今も震えが止まらないんだ。彼女をこんな目に遭わせたのは、元はと言えば君のせいだろう?」

「……私のせい?」

心美は信じられないものを見るかのように彼を凝視した。心が音を立てて凍りついていくのをはっきりと感じた。

「あなた……本気で言っているの?」

「本気で言っている?」

哉治は鼻で笑った。

「この茶番、面白いか?君、とっくに九条と裏で繋がっていたんだろう。

唐沢グループを窮地に陥れたのも、すべては君の差し金か。九条を使って僕に究極の選択を迫れば、自分を選んでもらえるとでも思ったのか?」

乾いた音が響いた。

心美は全身の力を込め、哉治の頬を打ち抜いた。

「哉治」

震える声で彼女は告げた。

「私を愛さないことも、あの女を選ぶことも勝手よ。けれど、こんな風に事実を捏造して、あいつの手から生き延びたからって、勝手に私を中傷することだけは、絶対に許さない」

彼女は二度と振り返ることなく、その場を後にした。

掌の傷口から溢れた鮮血が床に滴り、彼女の足跡に沿って、長く、赤い一筋の道を作っていった。

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