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第1205話

Author: 楽恩
鷹は彼女の手からスープを奪い取り、数口で飲み干した。

そのまま彼女を抱き寄せ、久しぶりに深く口づけた。

何日も触れ合っていなかったせいで、火が点くのに時間はかからなかった。

気づけば南はベッドに押し倒されていた。

彼女は慌てて彼の口を手で塞ぎ、少し身体を押し戻した。

「先に大事な話をしようって言ったでしょ」

「これが俺にとっての大事なんだよ」と鷹は彼女の手を頭の上に押さえつけ、そのままボタンを歯で外した。

「鷹……っ」

その名を呼んだ声は、次の瞬間には甘く砕けた。

数日ぶりの彼は、明らかに動きが激しかった。

南の目尻にはうっすらと涙が滲み、抑えきれない感情の波が彼女を呑み込んでいった――

海人は食事をテーブルに並べ終えると、寝室へ来依を迎えに行った。

来依は自分で歩くと言い張り、彼に支えられながら椅子に腰を下ろした。

箸を手に取り、黙々と食べ始める。

一言も文句を言わず、怒る様子もない。

海人が帰ってきてからずっと、彼女はこの調子だった。

普通に会話をし、怒りもしない。

食事も取るし、産前のケアも怠らない。

最近の健診も順調だった。

彼は念のためにメンタルの状態についても確認したが、それも異常はなかった。

だが、むしろそれが彼を不安にさせた。

「ずっと私を見てるだけでいいの?」

来依は彼の皿に肉を取り分けた。

「ほら、食べて。こんなに作って、疲れたでしょ?」

「……」海人は人差し指で眉間をさっとこすり、胸の内で思考を巡らせた。

「正直、清孝が今どこにいるか、俺には大体の見当がついてる。

やつは藤屋家や自分の名義の施設には行かないはず。俺や鷹、それから高杉家にも気を使ってる。そうなると、俺が簡単に追えない場所、それでいてお義兄さんの目を避けられるところ…そんな場所は限られてくる」

来依はそこで彼の話を遮った。

「つまり、見つけられないんじゃなくて、見つけようとしなかったのね。

でも、あんた言ったわよね。妹を必ず連れ戻すって」

海人は深く息を吸った。

「確かに約束はした。でも、場所が分かっていて、清孝が何をしようとしているかも予測できた。その上で俺は動かなかった。彼ら自身で気持ちに決着をつけるべきだと思ったから。

このまま時間ばかりが過ぎて、お前が不安になって、身体に悪影響が出るのは避けたかったんだ。

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