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第1256話

Author: 楽恩
ただ、まだ止める暇もなく、好奇心の強い実咲がつい口を開いた。

「なんで?」

鷹は視線を南から外さず、気だるげな声で答えた。

「だって、俺は嫉妬するから。俺の奥さんが他の男を好きになるなんて、冗談じゃない」

「……」

実咲と紀香は手を取り合ってそっとその場を離れた。

羨ましいほど甘くて、でもちょっと胸焼けしそうなほどだった。

……

来依が目を覚ましたのは夜だった。

海人はすぐさま医師を呼び、診察を受けさせた。

「菊池社長、どうぞご安心ください。奥様に異常はありません。しっかり休めば問題ありません」

医師が退室すると、来依は海人に尋ねた。

「男の子?女の子?」

「……分からない」

来依は海人の手を握り、身を起こした。病室内に赤ちゃんの姿は見当たらない。

「赤ちゃんは?」

焦る彼女を落ち着かせるように、海人は急いで支えながら寝かせた。

「保育器に入ってるよ。大丈夫だよ。今すぐ連れてこさせるから、見せてあげる」

すぐに看護師が赤ちゃんを連れてきた。

来依は少しワクワクしながら待っていたが、赤ちゃんの顔を見た瞬間、口元が何度も引きつった。

「これ……うちの子なの?」

看護師はにこやかに頷いた。

「はい、あなたと菊池社長のお子様ですよ」

来依は今にも泣きそうになった。

「私のせいだ……妊娠中、ため息ばっかりついてたから、こんなにブサイクに……これじゃ、南ちゃんと親戚になんてなれないわ。

安ちゃんがこんな子を好きになるわけないし、こんなんじゃ安ちゃんに釣り合わない……」

「……」海人も正直、そう思わないでもなかった。

だが、来依が命がけで産んだ我が子である。

父として、息子の名誉を守るべく一言添えた。

「たとえ見た目が良かったとしても、子供同士に縁があるかどうかは分からないよ」

「お姉ちゃん」

そのとき、紀香が病室に入ってきて、会話を耳にしていた。

「南さんが言ってたよ。赤ちゃんって、成長すれば顔立ちは変わるし、来依さんとお義兄さんが美男美女なんだから、きっと可愛くなるって」

「南ちゃんはどこに?」

「たぶん旦那さんと一緒に用事かな」

それ以上聞かずに、来依は話を切り上げた。

「もう私は大丈夫だから、あんたは自分のことを優先して。海外での仕事があったんでしょ?」

「うん」紀香は頷いた。実際、来依が予定より早
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