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第1282話

Author: 楽恩
紀香は、彼が何を言いたいのか察していた。

だが振り返らずに言った。

「何かあれば介護さんに頼んで。今の私に、あなたを世話する義理はないわ。

もう一言でも言ったら、私は大阪に戻るから」

「……」

紀香が出て行くと、清孝はすぐに由樹を呼んだ。

「大阪の病院でゆっくり療養したい」

由樹はわざととぼけて聞いた。

「うちの病院は石川にある。わざわざ大阪に行く必要が?」

清孝はただ一つ問い返した。

「転院できるのか?」

由樹は面倒そうに答えた。生きてるなら問題ない。

「できる」

こうして清孝は大阪へ転院した。

同じ頃、紀香と実咲も大阪に到着していた。

紀香は岬に休むよう告げ、自分は来依のもとへ向かった。話したいことがあったのだ。

この二日間、実咲は魂が抜けたようで、そのときようやく打ち明けた。

「南さんには、先生たちがやり直したって先に伝えちゃったの。余計なことしちゃったかもしれないけど、怒らないでね」

紀香は彼女の肩を軽く叩いた。

「怒るわけないじゃない。むしろ感謝してる。おかげでお姉ちゃんも心の準備ができて、私が話すときに感情的にならずにすむもの」

慰めの言葉がはっきりとそのままに。

けれど、今の彼女は疲れていて、これ以上話す気力はなかった。

「じゃあ、私は帰るね」

「うん」

実咲は家に戻ると、ベッドに潜り込んでそのまま眠り込んだ。

そして奇妙な夢を見た。

夢の中で彼女は保護メガネをかけ、白衣を着ていた。

実験台の前で、何かを操作していた。

次の瞬間——「ドン!」という爆発音と共に、手元のものが弾け飛び、彼女は吹き飛ばされた。

どうして奇妙かと言えば、彼女は一度も実験なんてしたことがなかったからだ。

だが爆発の衝撃は、まるで本当に体験したかのように生々しかった。

目を覚ましてからもしばらく、現実に戻れなかった。

紀香が産後ケアセンターに着いたとき、そこには来依一人だけだった。

彼女は窓辺に立ち、背を向けたまま、何かを見つめていた。

紀香はそっと近づき、驚かそうとした。

だが、来依が急に振り返ったから、逆に自分が驚いてしまった。

来依は彼女を抱き寄せ、髪を撫でながら言った。

「もう見えてたわよ」

紀香はほっと息をついた。

「そうなのね」

来依は彼女を引っ張って座らせた。

「まだ食べてないでしょ。
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