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第4話

Author: ラクオン
宏は、ほとんど迷いもなく、即答した。

一切のためらいも、躊躇もなく。

私は彼の首に腕を回し、唇をわずかに上げながら、まっすぐ彼を見つめた。

「10%よ?それでも惜しくないの?」

彼の瞳は澄んでいて、微笑みながら答えた。

「君にあげるんだ。他人に渡すわけじゃない」

この瞬間、私は認めざるを得なかった。お金というのは、忠誠心を示すには、これ以上ないくらい強力な手段だと。

今日ずっと溜め込んでいた感情が、ようやく解き放たれた気がした。

何かを確かめるように、私は笑ってもう一度問いかけた。

「もし、それがアナ姉さんだったら?彼女にも渡せる?」

宏は、一瞬だけ沈黙した。そして、はっきりとした口調で答えた。

「渡さない」

「本当に?」

「……ああ。彼女にあげられるのは、今回のポジションだけだ」

宏は私を抱き寄せ、静かで落ち着いた声で言う。

「株式の譲渡契約書は、午後に加藤伸二に届けさせる。これからは、君も江川のオーナーの一人だ。他の人間は、みんな君のために働くことになる」

私はいい気分になって、ふっと笑った。

「あなたは?」

「ん?」

「あなたも、私のために働くの?」

彼は失笑し、私の頭を軽く撫でると、ふいに耳元に囁いた。

「ベッドの上でも下でも、たっぷりご奉仕してやるよ」

……

一気に顔が熱くなった私は、彼を睨んだ。

彼は普段、冷たくて理知的で、近寄りがたい雰囲気を持っている。なのに、ときどきこんな破壊力のある言葉を放ってくる。そんな彼に、いつも振り回されるのは、私のほうだった。

私が機嫌を直したのを見て、宏は腕時計に目を落とし、言った。

「そろそろ会議の時間だ。今日は祝日だし、夜は一緒に本宅へ行って、祖父と食事をしよう。駐車場で待ってる」

「わかった」

私は迷うことなく頷いた。心が少しだけ揺れて――決断した。

「ねえ、夜にサプライズがあるよ」

数日前までは、彼に妊娠のことを話すべきか迷っていた。でも、彼が私と江川アナの優先順位をちゃんと分けて考えられるなら――

もう隠す必要はない。

「サプライズ?」彼は好奇心旺盛な性格だ。さっそく詮索しようとする。

「何?」

「仕事終わったら教えてあげる。だから、楽しみにしてて!」

私は、つま先立ちで彼の唇に軽くキスを落とし、それ以上は教えずに背を向けた。

彼が部屋を出ていくと、私はようやく落ち着いてデザインの作業に集中した。

どれくらい経っただろうか。ノックの音が響いた。

「どうぞ」

私は視線を落としたまま答えた。

「南、ちょっといいかしら?」アナの、柔らかく上品な声がした。

「少し邪魔かな」私は、正直に答えた。

デザインを考えているときに、割り込まれるのは好きじゃない。

アナは、少し気まずそうな表情を浮かべ、それでも話を続けた。

「ごめんね。わざとじゃないの。ただ、さっき知ったの。本当は、デザイン部長のポジションはあなたのものだったって。私、知らずに横取りしちゃったみたいで……謝りたくて来たの」

「別に構わないわ」

宏が、すでに補償をしてくれた。

10%の株式。デザイン部長を800回やっても、手に入らない額だ。

私があまりにもあっさりと流したせいか、彼女は少し驚いたようだった。

「……本当に気にしてないの?もし納得できないなら、私、部署を変えてもいいのよ?こんなことで気を落とさないで」

彼女は、自然な動作でソファに腰を下ろした。

「アナ姉、私は気にしてないわ。だから、デザイン部にいていいわよ」

もうこれ以上、あちこちで好き勝手しないでほしい。

せっかく手にした株も、彼女のせいで会社ごと潰れるんじゃないかって心配になる。

デザイン部にいてくれれば、少なくとも私が何とか食い止められるから。

「それならいいわ。私たちは家族なんだから、何か不満があったらちゃんと言ってね。ひとりで溜め込まないで」

彼女は、まるで「良き姉」のように微笑んだ。長い髪を耳にかけ、穏やかに言った。

「でもね、宏くんが言ってたの。会社のポジションは、好きなところを選んでいいって。だから、どの部署でも、私にとっては同じなのよ」

私は、一瞬考えた。

……私の気にしすぎ? それとも、ただの偶然?

だけど、この言葉は、どう聞いても引っかかった。

まるで、彼女が宏と最も親しい存在で、まるで江川グループの社長夫人であるかのようだった。

伸二はドアが開いているのを見ると、ドアを軽く叩きながら入ってきた。そして、無言で私に契約書を差し出した。

「清水部長、失礼します。こちら、契約書になります。社長の署名はすでに終わっていますので、確認してサインをお願いします」

宏は、本当に即行動する男だった。

「ありがとう」

私は、契約書に目を通し、すぐにサインを入れ、一部を伸二に返し、礼儀正しく微笑んだ。

「お疲れ様」

「これは……株式譲渡の契約?」アナが、契約書の表紙をちらりと見た。

その瞬間、彼女の優雅な雰囲気が、一瞬で崩れ去った。私の視界からは見えなかったが、彼女の指は深く掌に食い込んでいた。

伸二は、アナの驚きを見ても、軽く流すだけだった。

「江川部長もいらしたんですね。では、私はこれで。社長に報告しに行きますので」

彼は、それ以上の説明もなく、さっと退出した。

アナの目には、明らかに動揺が滲んでいた。「宏くんが、あなたに株を譲ったの?」

「何であれ、江川部長に報告する義務はないわよね?」

ネックレスの件以来、私は彼女に対して、言葉にしがたい感情を抱くようになっていた。

とにかく、もう以前のように穏やかにやり過ごすのは難しくなった。

「南、なんだか……あなた、私に対して少し意地悪じゃない?」アナは困ったような表情で立ち上がり、ため息混じりに言った。。

「ネックレスの件なのか、それとも今回のポジションの件なのか分からないけど……私に反感を持つようになったのは確かよね。でも信じてほしい、あなたから何かを奪おうなんて思っていないの」

そして、少し間を置いて、付け加えた。「そもそも、こんなもの……私は別に興味ないのよ」

彼女の表情は、あくまでも誠実だった。それでも、私の中には、釈然としない感情が渦巻いていた。

……

夕方、私は、数日前にケーキから取り出した妊娠検査の診断書をバッグにしまった。

宏に、伝えよう。

――彼は、父親になるのだと。

私たちの間に、新しい命が生まれるのだと。

彼の反応を想像し、お腹の中の小さな命のことを思うと、自然と足取りも軽くなった。

彼と、この喜びを分かち合いたかった。

軽快な足取りでエレベーターに乗り、地下駐車場に到着した。私は迷うことなく、見慣れた黒のマイバッハを見つけた。

車の横に立つ、長身の彼は、車にもたれかかりながら、静かに私を待っていた。

私は駆け寄り、そのまま彼の腕に飛び込み、彼の匂いを感じた。彼の落ち着いたウッド系の香りが鼻腔をくすぐる。

「ねえ、待たせちゃった?」

「うん」

彼はいつものように私を抱きしめることなく、どこか落ち着かない様子で少し距離を取ると、「先に車に乗ろう」と言った。

私は彼の手を握った。

「待って、まず、サプライズを言わせて」

「何?」

彼の反応は、昼間ほどの期待感がない。どこか気の抜けた、心ここにあらずのような声だった。

私は眉を寄せた。でも、気にせず彼の瞳を見つめた。そして、伝えようとした。

「宏、あなたはパ――」

「宏くん、まだ乗らないの?」

突然、助手席の窓がスルリと下がり、車内から別の声が響いた。その瞬間、言葉が喉の奥で止まった。

この角度からちょうど、車内に座るアナと目が合った。彼女が、車の中からこちらを見ていた。

一瞬、私は息が詰まったように固まり、宏を見つめた。彼の口から、何かを聞きたかった。

しかし、彼が何か言う前に、アナが微笑みながら口を開いた。

「南、ごめんなさいね。私の車、点検に出しちゃってて……ちょうど帰る方向が一緒だったから、宏くんの車に乗せてもらったの。こんなこと、南なら気にしないわよね?」

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