俺…ではなく、私の名前はマイケル=コロンと申します。侯爵家で代々王太子の侍従をしているために、私もその有難い職業についているわけですが―――。
この国の王太子はワガママすぎるんじゃねーの?あれやれ、これやれって侍従とか侍女に言いたい放題。こっちはいい迷惑だよ。全く迷惑の分だけ、給金上がれば文句も出ないのだが…。
ゴホンッ、うろたえてしまいましたが。このようなストレスに日々耐えながらの生活をおくっているのです。
*****
「お姉ちゃ~ん、私の代わりに今度のお茶会で披露予定の刺繍刺しておいてくれない?ハンカチに刺すだけだもん。楽勝でしょう?」
楽勝だと思うなら、自分でやってほしいんだけど?私だって自分の分やりたいんだけど?しかもそのお茶会で刺繍について、「お姉様は私にやらせるのよ」とか言うんでしょうね。逆なのに。はぁ、面倒だけど。断るとお父様に泣きついて今度はお父様が「可愛い妹の頼みもきけないのか!」とか言ってきそうだし。
それなら、妹の小言で済むなら妹のセーラの要求を飲むわ。
私の名前は、アンリーヌ=ラド。侯爵家の長女です。
一応、王太子様と婚約はしているものの、その王太子様もなかなかのワガママ放題だし。なんだか前途多難な私の人生。
セーラは確かに妹だけど、義妹。
病弱なお母様が亡くなった後にお父様が連れてきた義母と義妹なんだけど…。
どうしてもお父様が病弱なお母様をよそにして不貞を働いていたようにしか思えない。義妹だけど、血が繋がってるような気がするのよね。
お茶会は王宮で行われるもの。
当然、王太子殿下もいらっしゃるわけでというか、王太子殿下が主催しているような?お茶かいなんてほぼ女性の文化なのに男性の王太子様が?
こういうワガママをちょくちょくしてくるから胃が痛くなるのよ!セーラだって大人しく侯爵令嬢らしく振舞いなさいよ!王太子殿下はきちんと帝王学を学んでいるのかしら?社交なんてしなくていいから勉強しなさいよ!こっちはいつもいつもいつも…王子妃教育受けてるのよ?
ホホホッ、いやだわ。取り乱しました。淑女にあるまじき作法だわ。ストレスが溜まったのかしら?
「お姉様、早くしないと王宮に遅刻するわよ?」
誰のせいで遅刻しそうになってると思ってるのか?…いったん落ち着きましょう。深呼吸をして。
「今、行くわよ。我が家の馬車なら遅刻するなんて失態を犯すことはないわよ」
私はセーラに宛てた招待状には細工をしている。
実際の招待状の時間よりも1時間早く招待時間を設定した。
他の方の招待状はキチンと正規の時間でお送りしている。と、いうのも主催は王太子という事になってはいるが、招待状を送るなどの雑務は私や自分の侍従たちに丸投げ。お茶会だというのに、お茶の種類まで自分で決めていないし。決めたのは「お茶会を開く」という事だけ。
いつ・どこで・どれだけの規模で・誰を招待してなど細かいことは私と自分の侍従たちに丸投げであとは帝王学を学んでいる―――ならいいものを昼寝をしていたり、友人(国内の友人)と雑談していたり、全く役に立たない。せめて国外の友人とかなら、まだ外交の伝手ができていいものを、そんな友人はいないし。むしろ、外国語ができないし。
お茶会では予想通りセーラは「お姉様は自分がすべき刺繍まで私にさせるのよ。今日のもそうよ」などと嘯(うそぶ)いている。
窓の外の女性、民族衣装かしら? 南に来たからかしら、露出が多いのは気のせい?「あの…ノービア様。窓の外の女性が着ているのは民族衣装ですか?露出が激しいと思うのですが?」「ああ、彼女は踊り子かな?この辺の劇場で踊っているんだな。カインド帝国の貴族もアイリア王国貴族と似たような服を着てるよ」「よかった。少し安心しました。あのような服を着るのかと思うと恥ずかしく」 年甲斐もなく赤面してしまう。赤面など少女がするものです。 皇城に到着です。 門番に留められるかと思いきや、顔パス?で皇城の門を通り過ぎた。「アンリーヌ嬢にはこの部屋を使っていただきたい。専属の侍女もつかせる」 そうノービア様が仰りながら、手を叩くと「お呼びですか?」と執事のような方が現れ、「私に数名の侍女を」というように手配をさせた。 ついでに、その方に私は「自分の客人だから丁重にもてなすように」という指示も与えた。 帝都といい、帝都以外の街の街並みといい、帝国の強さが感じられる。「初めまして。私は本日よりアンリーヌ様付きの侍女を拝命いたしましたレアと申します。懸命に尽くしますので、よろしくお願いいたします」 と、非常に丁寧なあいさつをされた。 実家では結構虐げられていたので、このような待遇でいるのはなんだかくすぐったいです。 このような丁寧な挨拶をもう一人、リリーからも受けた。「長旅の中でお疲れでしょうが、まずは湯浴みをしていただきましょう」 「馬車の中で寝ていました~」とは言い難い雰囲気です。 大人しく彼女たちの言う事を聞きましょう。「はぁ~、アンリーヌ様の肌はきめ細やかで美しく、さらにナイスプロポーションでいらっしゃいますね。羨ましいですわ」「今までは一人で湯浴みをしていたので、恥ずかしいですわ」 髪を洗ってくれたり、体を洗ってくれたりと、至れり尽くせりなんですけど、恥ずかしいです。 マッサージまでしてくれたようで…。 この辺から気持ちよく寝てしまいました。「ああっ、ごめんなさい!寝てたでしょう?」「ふふふっ。主人に心地よく思っていただくのが私達の仕事です。謝らないでください。成果が感じられて私達も喜ばしいですわ」 そういうものなのかなぁ? 湯浴み後は何やらドレスアップをされました。 今まで着たことがないような、美しいドレスを着、化粧を施され、高
大多数の貴族は納得したかもしれないが私は納得いかない。 どう考えても、アンリーヌ様の方が優れている。 セーラ嬢がフィルナンド王太子殿下に吹き込んだのだろう。 証言者はラド家の父母か?セーラ嬢が王家に嫁げば、ラド家は栄えるだろうな。下級貴族と平民なりにも。 恐ろしきは王家に平民の血が混ざるという事。 偏見はいけないが、セーラ嬢が突出して賢いわけでも、美しいわけでもない。 不安でしかない。 さらに、ワガママ王子に嫁ぐのが更にワガママ放題でアンリーヌ様を困らせていたセーラ嬢ということだ。 アイリア王国は大丈夫だろうか?********** 国外追放で喜んでいたけれど、国外に伝手はないわ。どうしましょう? 荷物をまとめて家を出てきたものの、困ったわ。 纏めるだけの手荷物になったのは、いつの間にやらセーラが私の部屋からドレスとか持ち出していたから。 幸い、アクセサリー類は残っていたので、換金とかしてなんとかしましょう。「お嬢さん、行き先にお困りですか?でしたら、是非とも我がカインド帝国に来ませんか?」 と、馬車からアヤシイお誘いが…。「いよっと」と、男は軽く馬車から降りると、名を名乗った。「私は隣国カインド帝国皇太子をしてますノービア=カインドと申します。貴女の賢さは国境を越えて我が国にも聞こえてきております。ですから、困っているのなら是非とも我が国に!」 えーと、これは皇太子様直々のお誘いかしら?「アンリーヌ様~‼‼アンリーヌ様が行くならば、私も行きます」「あら、貴方は確か王太子の侍従の……」「マイケル=コロンと申します。この国の行く先を考えるとお先真っ暗で、アンリーヌ様と是非とも共に行きたいと。そのためには、家名など捨てる所存です!」「マイケルと申すか。早くもスッキリサッパリ見切りをつけるところが天晴れ!とりあえず私の侍従として働かないか?」「有難き幸せ」 皇太子様の侍従なら家名が必要なんじゃないかしら?「家名はそのまま使えばよいだろう?お前が初代の当主だ!」 マイケルが感動してウルウルしている。「このマイケル!ノービア様に一生仕えます‼」「そういうわけで、アンリーヌ様。是非とも我が国に‼」 断りにくくなった。 流されるように隣国カインドに行くことになった。**********「「ほへぁ~」」 マイケル
翌日は姉妹で夜会に招待されました。 しかしながら、私は主催者側でもあるので早々と城の方へ行くことになりました。「お姉様、抜け駆けですの?ズルいわ!」 できるなら、私も夜会に向けてゆっくりと支度をしたいわよ。是非ともセーラと交代したいくらいだわ。 とは、言えないのでセーラを無視して城の方へと行くことにした。********** アンリーヌ様はまだ完全に夜会モードじゃないはずなのにお美しい。 イカン。うっとりとしている場合じゃない。 アンリーヌ様は(何故か)フィルナンド殿下の婚約者様。本当にどうしてなんだろう? 公爵家…には殿下と年齢的に合う女性がいらっしゃらずに、候補を侯爵家から選んだと聞いている。 その候補の中でもアンリーヌ様はスバ抜けて優れたお方だったので、陛下直々に正式に婚約者となったはず。 アンリーヌ様の幸せを考えると、婚約者などにならなければよかったのにと思ってしまう。 この国アイリア王国の行く末を思うと切ない。 あのワガママ王子が国王になる事を思うと、是非とも是非(・・)とも(・・)王子の手綱を握ってほしい。そう願っていたのに……。 国王陛下も皇后陛下も視察でいらっしゃらない。しかも宰相閣下までいらっしゃらないなんて時になんてことを仰るのだ。このワガママ王子は!********** 「私、フィルナンド=アイリアはワガママばかりで妹を困らせているアンリーヌ=ラドと婚約破棄をし、妹のセーラ=ラドと婚約をすることを宣言しよう‼ なんでもアンリーヌはワガママ放題なだけではなく、セーラへの嫌がらせも日常的に行われていたと証言が取れている!」 誰がそんな証言を? 私(アンリーヌ)がホールの端の方にいるお父様とお義母様を見ると、笑っている。最初からこのつもりだったの? ワガママを言う時間はあったかもしれないけど、嫌がらせをする時間は私にはなかったわよ。セーラのワガママの後始末に王子妃教育。これだけでも嫌だというのに、好きでもないフェルナンド殿下のワガママの後始末。もう何年やって来たかしら?お父様があの母娘を連れて来てから?「アンリーヌ、話は聞いているのか?お前は国外追放だ!」 私にとって、「国外追放」という言葉はなんとも甘美な言葉だろう? ワガママなセーラからも私を蔑むような家族からも厳しい王子妃教育からも、さらに
お茶会にて、セーラはよく頭が回るものだと感心してしまう。「あ、これ…お姉様の名前入り。これもお姉様に頼まれたのよ。それで、イライラしてお姉様が持っているハンカチを見て!ぐちゃぐちゃでしょ?ちょっと気分がね……」 上手いこと言うもんだ。 疑問に思わないのかな?最初から私をクロだと思ってるから疑問に思わないのかしら?「今日のお茶もこの間のお茶会で紹介されたリョク茶です。私はクセになっちゃって取り寄せることになったのよ~」 「どこがいいの?」とセーラの小声が聞こえたのは黙っておこう。 帰りの馬車、「ふぅ、お姉様ってばハンカチに自分の名前を刺すんだもの焦っちゃったじゃない」 自分の名前を刺すことは多くあるし、何も変なことじゃないわ。 それと、以前お父様と約束したように、私は自分の分だけハンカチを刺繍することにしたのよ。 前回と違って、睡眠時間が長く摂れて良かったわ。********** 今日も王太子殿下はご機嫌斜めのご様子。機嫌が良かろうが悪かろうが俺達侍従に仕事が回ってくるのは変わりませんが。「おい、今日の晩餐は何時だ?」「19時と伺っております」「私はお腹が減った。早く調理を始めさせろ!」 厨房の人たちはさっき昼飯を終えたばかりだろうに、殿下達の昼飯の後片付けもキチンとはまだ終わっていないかも。 あちらにはあちらの予定というものがあるのですが……といっても殿下には関係ないのですね。「おい、今日の湯浴みの湯からは何か匂いがするのだが?」「癒しの香りで殿下に疲れを癒していただこうという想いを込めました」「私は疲れてなどいない。この程度の動きで疲れるような年寄りではない!」 年寄りかどうかは別として、たいして動いていませんよね?「ただちにバスタブのお湯を取り替えろ!」 うーむ、殿下は簡単に仰いますが、お湯を無駄に使えるのは貴族だけですよ?「なんだ?この枕の下に置いてあるのは?」「リラックス効果のあるポプリでございます。殿下にリラックスして深い眠りに入っていただこうという侍従一同からのささやかな贈り物―――」「いらん!そんなものがなくても私の睡眠の質は良いものだ!ああ、枕もシーツもこの香りがする」 いいことじゃないか!「ただちに他の部屋を整えよ。私が就寝するのだ。今夜はその部屋で寝ることにする。今夜は一晩中窓を開け放ち
私は探らせていたラド家の奥の方の情報を聞いた。 やはり現当主は下級貴族の婿入り。亡くなった侯爵夫人が見初めてどうにか結婚したらしい。 そして…現侯爵夫人は平民。ラド家当主は自分の子の気でいるかもしれないが、現侯爵夫人は平民時の男性関係が入り乱れ、一体誰の子なのか不明。 私はこの情報を聞いて、ため息が出た。 ラド家の正統な継承権を持つのはアンリーヌ様ということになるな。そのアンリーヌ様は王太子殿下の婚約者という事で、正統ではないが、ラド侯爵家の継承権が現当主の方に移るというわけか……。 事実上の侯爵家の乗っ取りだな。 この事実、陛下に奏上すれば何とかなるやもしれない。しかし私はただのしがない侍従だから陛下に奏上など畏れ多い。 そうこう思い悩んでるというのに、同僚から「殿下が公務を丸投げなさった」と報告を受けた。 公務くらいしてほしいものだ。王族の義務だろう? **********「――でね?お姉様ってば私に自分の分までハンカチを刺繍しろって言うのよ?」「アンリーヌ!セーラの可愛い指に穴でも開いたらどうするんだ?」 針で刺したくらいで穴なんか開かないわよ。どっちかというと、ハンカチが血で汚れないかの方が心配よ。「セーラは自分は刺繍が得意とお茶会で言っていましたよ?」「それとこれとは別だ!」 私が王子妃教育で忙しいのも別なんでしょうね。今回はお茶会の準備もあってかなりいそがしかったんですけど。それとこれとは別ですもんね。「刺繍は淑女の嗜みです。今度からは自分の分だけ(・・)は自分で刺繍をしますね。よろしいですよね?」「あ…ああ」 言質はいただきました。今度からは自分の分だけに専念しようと思います。イニシャルではなく、フルネームを刺繍しましょう。 テーブルの向こう側で悔しそうな顔をしたセーラが見えますが知りません。 またお茶会に招待されました。 前回のリョク茶がなかなかクセになってしまったというご婦人が主催したものです。「あんなののどこがいいの?」とセーラは言います。 ものの美しさを金銭でしか測れないようで、可哀想なことです。 今回もハンカチに刺繍をしたものを持参してください。と招待状にありました。 私は王子妃教育と殿下が丸投げした公務を片付けながらも刺繍を完成させました。 前の晩、予想通り、セーラが「私が刺した
全く、私の主人であるフィルナンド王太子殿下の婚約者殿は我慢強く、賢い方だといつも思う。先ほどの妹君の「お姉様は自分がすべき刺繍まで私にさせるのよ」発言は嘘だろう。自分の事だろう。おそらく、セーラ嬢が手にしているハンカチは姉のアンリーヌ様が刺繍を施したものだろう。ハンカチ2枚を刺繍したのか。頭が下がる思いしかない。 アンリーヌ様は刺繍の他にも王子妃教育に殿下が丸投げしたこのお茶会の準備などにも携わり、忙しくて睡眠時間を削ったのでは?そこまでして何故セーラ嬢の言う事を聞くのであろう? 私は不思議に思い、ラド家の内部事情を探らせていただきました。 なんということ!あのワガママ放題の妹君が厚遇されている?アンリーヌ様は王太子妃になられる方。後の国母になられる方だというのに!ラド家はどうなっているのだ? セーラ嬢が突出して美姫であるわけではない。確かに他の家の令嬢よりは良いかもしれないが、私の目にはアンリーヌ様の方が美しいと思う。 後妻の娘、それも血が繋がっている可能性が高い娘という事で猫かわいがりなんだろうか?それにしても、将来の国母と天秤にかければ貴族ならば明らかだろう? ……私は恐ろしいことを思ってしまった。ラド家当主は貴族なんだろうか?亡くなったラド家侯爵夫人は貴族として、そこに婿入りした下級貴族が現当主では?そして、現侯爵夫人は下級貴族もしくは平民…。 より深くラド家を探るように指示を出した。私の予想が外れているといいのだが…。 考え事をしていてもお茶会は進む。 お茶会をしている暇があるのなら、公務を少しでも片付けてほしい。「本日のお茶は……」 殿下は高々と言う。知らないはず。私は伝えていない。「奇をてらって東国のリョク茶ですわ」「そうそう、まぁ腐っても婚約者だし知っていて当然の知識だな」 腐った王太子殿下は知らないようですが?「苦みになれない人はちょっと苦手かもしれませんね。そのような方はお茶の澄んだ緑色でも楽しんではいかがでしょうか?」「「「そうね。アンリーヌ様の仰るとおりだわ」」」 さすがはアンリーヌ様。フォローまで完璧。 ハッキリ言って殿下には勿体ないと思ってしまう。「いい気になるなよ、アンリーヌ」 何故、感謝の意ではなくそのような事をアンリーヌ様に言うのか不思議です。「嫌だ、お姉様ってば殿下が仰ろうとしている所