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第3話

Author: 9月の風
「そういう意味じゃないわ。本当に命を救うためにこのお金が必要なの。お願い、1億円貸して。そのためなら何だってするから!」

蒼真は数秒ほど陽葵をじっと見据え、あの日自分が目を覚ました時、この女が同じベッドに寝ていた忌まわしい光景を思い返した。

金のためなら平気で身を売るような女だ。心の底から虫酸が走る。

蒼真は冷酷に顔を背けた。「手遅れだ。くれてやると言った時に突っぱねたのはお前だろう。今さら欲しがったって、もう遅いんだよ」

栞奈が口を挟んだ。「陽葵、いくらお金に困っているからって、人の物を盗むなんていけないことよ」

陽葵は声を荒らげた。「だから、あなたのネックレスなんて盗んでないって言ってるじゃない!」

「お前が盗んだんじゃないとしても、お前のせいで失くなったことに変わりはない。ここで探せ。見つからなければ、1億円の話はなかったことにする」

蒼真はそう言い捨てるなり、栞奈の腕を引いて屋敷の中へと入っていった。

夜の闇が深まる中、陽葵は懐中電灯のか細い明かりを頼りに、地面を這いずり回って探すほかなかった。吹き荒れる風は刻一刻と激しさを増し、やがて滝のような土砂降りの雨が容赦なく降り注ぐ。

全身はたちまちずぶ濡れになり、骨の芯まで凍りつくような冷たさが陽葵の体を刺し貫いた。

少しでも雨を凌ごうと屋敷の玄関へ向かったが、屈強なボディガードに立ち塞がれ、「ネックレスを見つけるまで一歩も中に入れるなと仰せつかっている」と冷酷に追い返されてしまった。

陽葵はただ、激しい雨がバラバラと体に打ちつけるのに耐えるしかなかった。顔を上げて滴る雨水を拭ったその瞬間、巨大なガラス窓の向こう側で、蒼真と栞奈が我を忘れたように熱い口づけを交わしているのが見えた。

彼の口づけは強引で、痛いほど情熱的だった。まるで腕の中の愛しい人が消えてしまうのを恐れているかのようだった。

陽葵の心臓は再び鋭い痛みに貫かれた。だが、記憶の中の蒼真は、決してあんなふうではなかったはずだ。

初めて口づけを交わした時、陽葵は息継ぎの仕方も分からず、心臓が早鐘のように鳴り響いていた。

蒼真はそんな彼女をからかい、「ずっと一緒にいるのに、どうしてそんなに照れるんだ」と笑ったものだ。

陽葵はさらに顔を赤くした。それが恥じらいからなのか、それとも自分が身代わりであるという真実を知られる恐怖からなのか、自分でも分からなかった。

蒼真は優しく、穏やかな声で囁いた。「いいんだ。俺たちには一生の時間がある。お前がゆっくり俺に慣れるまで、いつまでも待つから」

あの記憶が、まるで前世の出来事のように遠く霞んでいく。陽葵は思った。私たちに残された時間は、もう本当に僅かなのだと。

部屋の中では、ふと心ここにあらずになった蒼真に気づき、栞奈が両手で彼の顔を包み込んでいた。

彼女は甘えるように唇を尖らせた。「蒼真、何を考えてるの?もっと私に集中して」

「もちろん、お前のことを考えていたさ」蒼真は彼女に微笑みかけたが、その視線は無意識のうちに窓の外にいる陽葵の姿へと向かっていた。

降りしきる雨の向こう、今にも崩れ落ちそうな陽葵の立ち姿はひどく弱々しく、見る者の胸を締め付けた。

だが、蒼真はすぐさま頭の中の馬鹿げた雑念を振り払った。

虚栄心に目が眩み、どんな汚い手を使ってでも結城家に嫁ごうとしたのはあの女だ。こんな目に遭うのもすべて自業自得だ。

大雨は夜通し降り続き、陽葵の体は凍りついてとうに感覚を失っていたが、それでもネックレスは見つからなかった。

見つかるはずがないのだ。それは栞奈のでっち上げだったのだから。

夜が明け、ようやく扉が開いた。蒼真は紫色に変色した陽葵の唇を一瞥すると、冷たく言い放った。

「入れ。サインしたらさっさと金をもらって失せろ」

結局のところ、蒼真は絆された。

陽葵は屋敷の中へと駆け込んだ。字を書くことができない彼女は、左手で拇印を押すほかなかった。

蒼真はわずかに眉をひそめたが、それ以上は気にも留めなかった。

「お金は?」陽葵はすがるように尋ねた。

いつの間に来ていたのか、栞奈の母親である水瀬美香(みなせ みか)が部屋へ入ってくるなり、嫌悪も露わに吐き捨てた。

「薄汚くて、臭くてたまらないわ。こんな女が蒼真さんを誘惑しようとしてたわけ?鏡を見てごらんなさいよ。そんな惨めな姿で、うちの娘の足元にも及ばないわ」

陽葵は相手にする気力もなく、蒼真だけを見据えて叫んだ。「お金は?1億円をちょうだい!」

その態度に美香は激怒した。「この女、目上の人間が話しかけてるのに何て無礼な態度なの!まるで親なしの野良犬ね。ろくな躾も受けてないのが丸わかりだわ!」

栞奈がせせら笑いながら同調した。「お母さん、怒らないであげて。陽葵は元々親に教わったことなんてないんだから。孤児だもの」

陽葵は拳をきつく握りしめ、煮えくり返る感情を必死に押し殺した。「蒼真が私にお金をくれるって約束したの」

蒼真の顔に苛立ちが走り、彼はキャッシュカードを床に向かって投げ捨てた。「金、金、金!お前の頭の中には金しかないのか!」

陽葵が拾おうと身を屈めた瞬間、栞奈がキャッシュカードを冷酷に踏みつけた。

「陽葵、手を使っちゃだめよ。命を救うためのお金なんでしょ?手で拾うなんて誠意が足りないんじゃない?」

栞奈は最初から、すべてを分かっていてやっている。

あの交通事故さえ、陽葵の右手を奪うために故意に車を突っ込ませたのだから。

美香は意地悪く唇を歪めた。「だったら犬みたいに口でくわえて拾いなさいよ。どうせあんたみたいな下賎な人間は、金のためなら何だってするんでしょう?」

屈辱が一本一本の棘となって陽葵の全身に深く突き刺さる。彼女は血が滲むほど強く唇を噛み締めた。

陽葵がいつまでも動かないのを見て、蒼真は冷たく目を細めた。「拾わないなら、誰か他のやつにくれてやってもいいんだぞ」

「私にちょうだい!」陽葵は切羽詰まった声で叫んだ。

佳代の命より大切なものなんて、この世にはない。

陽葵は屈辱を無理やり飲み込み、ゆっくりと床に膝をつくと、そのキャッシュカードを口でくわえ上げた。

その惨めな姿を見て蒼真は溜飲を下げるはずだった。だが、なぜか自分でも分からないほどのどす黒い怒りが突然込み上げてきた。

「お前は金のためならプライドすら捨てるのか!さっさと俺の目の前から消え失せろ!」

陽葵は転がるようにして屋敷を飛び出し、そのままタクシーに飛び乗って病院へと急いだ。

病室に飛び込むなり、医師や看護師たちが佳代を囲んで必死に蘇生措置を行っている光景が目に飛び込んできた。陽葵の心臓がどくっと嫌な音を立てる。やがて、一人の医師が静かに彼女の方へ歩み寄ってきた。

「申し訳ありません。我々も尽力いたしましたが、残念ながら佐藤さんはお亡くなりになりました。死亡確認時刻は、本日14時45分です」

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