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第8話

Author: 9月の風
陽葵はただ、一刻も早くこの場から逃げ出したかった。幾度となく自分を絶望の底へ突き落としてきた、この忌まわしい場所から。

だが、蒼真がそうあっさりと彼女を解放するはずもなかった。

栞奈の手に怪我を負わせたのはお前なのだから、その責任を取れ――蒼真はそう言い放ち、栞奈が完治するまで結城家を出て行くことを禁じた。

そう言い捨てると、彼は陽葵を地下室へと冷酷に放り込んだ。

栞奈は蒼真の腕にすがりついて言った。「蒼真、私、陽葵に責任なんて取ってほしくないわ。ただあなたに、早く彼女と離婚してほしいの。そうすれば、私たちが早く堂々と夫婦になれるでしょう?」

蒼真は一瞬だけ表情を強張らせた。「離婚など遅かれ早かれ時間の問題だ。だがその前に、あいつにはお前の手の怪我の代償を払わせる」

地下室はじめじめとして底冷えがした。彼らは陽葵に一枚の毛布すら与えなかった。

陽葵は凍える体を丸め、暗い地下室の片隅でただ縮こまっていることしかできなかった。

夜更け、重い扉が開く音がして、栞奈が姿を現した。

彼女は地下室の酷い有様を鼻持ちならない様子で見回すと、嘲るように笑った。

「ほらね、陽葵。言ったでしょう、あなたは私には勝てないって。どうしてあなたのこと、見れば見るほど虫唾が走るのかと不思議だったのよ。まさかあなたが、私の忌々しいお姉ちゃんだなんてね。私たち、よっぽど悪縁で結ばれてるみたい」

陽葵は驚愕に目を見開いた。「どうして、知っているの?」

すると栞奈は、二本のまったく同じネックレスを取り出して見せた。

「このネックレスね、お母さんが特注で作らせたものなの。お母さんが言っていたわ。私が一本、お母さんが一本、そして最後の一本は、行方不明になったもう一人の娘が身につけているって。

あなたはこのことを知っていたはずなのに、どうして自分がその娘だって打ち明けなかったのかしら?」

栞奈は意地悪く鼻を鳴らした。

「どうやら、少しは賢くなったみたいね。本当のことを言ったって、誰も信じてくれないって悟ったんでしょう?蒼真の時と同じようにね。失明した彼をずっと世話していたのが自分だったと打ち明けたところで、どうなった?

彼は変わらずあなたを憎んでいるわ。お母さんも同じ。お母さんがあなたをどれほど毛嫌いしていたか、その目でちゃんと見たでしょう?あなたのこと、薄汚くて見苦しい疫病神だって心の底から嫌悪しているのよ!たとえあなたが実の娘だと知ったところで、絶対に認めやしないわ!」

「……それ以上、言わないで!」

栞奈が吐き捨てる一言ひとことが鋭利な刃となって、陽葵の胸を深く抉り、呼吸することすらままならなかった。

栞奈は狂ったように甲高い笑い声を上げた。「いいえ、まだまだ言い足りないくらいよ!私が座るはずだった結城夫人の座を奪ったんだから、当然の報いよ!あなた、あの孤児院を一番大事にしているんでしょう?安心して、私が絶対にあの孤児院を潰してあげるから!」

陽葵はさっと血の気を引かせた。「栞奈、あなた血も涙もないの!?これは私たちの問題でしょう、孤児院の皆は関係ないじゃない!」

「そんなこと私の知ったことじゃないわ。私はね、あなたが不幸のどん底で苦しむ姿を見られれば、それで大満足なのよ」

「そっちが約束を反故にするというなら、私が交わした約束だって、守る義理はないわね」

栞奈が不快げに眉をひそめた。「どういう意味よ?」

陽葵は静かに告げた。「知らないでしょうけど、指導教官は私の辞退届に目を通したうえで、諦めるなと引き留めてくれたのよ。私が思い直すなら、あの書類なんてなかったことにして、もう一度私をエントリーさせてあげるってね」

それはつまり、栞奈が再びコンクールの出場資格を剥奪されることを意味していた。

それを聞いた瞬間、栞奈は血相を変えて激昂し、陽葵に飛びかかるとその細い首を力任せに締め上げた。「ふざけるんじゃないわよ!もし彼女にもう一度エントリーなんてさせたら、ただじゃおかないからね!」

陽葵は喉を締め上げられて息も絶え絶えになりながらも、その瞳に微塵の怯えも見せなかった。

「あなたが孤児院を潰すというなら、私はあなたからコンクールの資格を永遠に奪ってやる!」

さすがの栞奈も、人を殺す度胸まではなかった。彼女は苛立ちをぶつけるように手を離すと、腹立ち紛れに地下室の物を手当たり次第に破壊して回った。

蒼真が屋敷へ戻ると、そこには目を真っ赤に腫らして泣きじゃくる栞奈の姿があった。

彼は痛ましそうに尋ねた。「どうしたんだ、何があった?」

栞奈はしゃくりあげながら陽葵の言葉を並べ立て、いたたまれないといった様子で蒼真の胸に縋りついた。

「蒼真……私、手がこんなになってしまって。今年コンクールに出られなかったら、来年も出られる保証なんてないわ、どうしよう!ぜんぶ私が不注意なのがいけないのよ。手がどれだけ大事か分かっているのに、何度も怪我をしてしまうなんて……」

「お前のせいなわけがないだろう。悪いのは陽葵のやつだ!あの嘘つきの卑劣な女め、また金を強請り取るつもりか?」

栞奈は弱々しくすすり泣いた。「陽葵ったら、どうしてこんな酷いことをするのかしら。あなたはもう1億円も渡してあげたのに。私たちはこれから先もずっと、彼女に脅されて、底なし沼に金をつぎ込むように搾取され続けなきゃいけないの?」

蒼真は顔を強張らせ、怒りに任せて勢いよく立ち上がった。栞奈が不安げに尋ねる。「蒼真、どこへ行くの?」

「心配するな。あの女のふざけた企みを、完全に絶たせてやる方法がある」

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