LOGIN玲奈はぎゅっと拳を握りしめた。――真帆、あまりにずるい!「その顔、嫌ってわけ?」真帆は彼女の顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、何気なく聞いた。「嫌じゃない」玲奈は、この話をあちこちに言いふらされたくなくて、しぶしぶうなずく。「どう書けばいいか考えてただけ」「貸して。私が送ってあげる」真帆は片手を差し出した。玲奈は一瞬、柚香のほうを見てから、スマホのロックを解除して真帆に渡した。どうしてこのタイミングで柚香を見るのか、二人とも不思議に思ったが、真帆が遥真の連絡先の表示が「旦那」になっているのを見た瞬間、口元に薄い嘲りが浮かんだ。「ここまで図太いと逆にすごいね」柚香「?」真帆はスマホを少し傾けて見せた。柚香にも見えた。――うん、いかにも玲奈らしいやり方だ。「はい、送っといたから」真帆は編集して送信すると、スマホを彼女に放り返した。「これからはお互い干渉なし。そっちがこっちの領域に踏み込むなら、こっちも遠慮しないから」「その言葉、そのまま返すわ」玲奈は彼女をまっすぐ見返す。「余計なこと、軽々しく言わないで」真帆は返事もせず、そのまま柚香を連れて出ていった。二人の背中が病室のドアの向こうに消えたのを見届けると、玲奈はぎゅっと拳を握りしめた。そしてついにこみ上げる怒りを抑えきれず、スマホを壁に思いきり叩きつけた。バン!大きな音が響き、画面は粉々に割れた。それでも玲奈の怒りは少しも収まらない。さっきの一連の出来事を思い出すたび、屈辱で胸がいっぱいになる。「玲奈さん、何かありましたか?」ボディーガードたちが一斉に駆け込んできて、床に落ちたスマホを拾い上げ、彼女の前に置いた。ひび割れた画面を見て、余計に苛立ちが募る。「出てって!」ボディーガードたちは何も言わず、そのまま出ていこうとした。「待って!」玲奈が呼び止める。ボディーガードたち「?」「社長に連絡して。今すぐ話したいことがあるって伝えて」玲奈は、遥真が柚香に自分以上に優しくしているのがどうしても許せなかった。もう離婚するはずなのに、しかも彼自身、彼女を困らせるって言っていたのに。そのうちの一人が答える。「申し訳ありません、私たちは社長の連絡先を持っていません」「じゃあ、連絡取れる人を探して」玲奈の怒りは少しも収まらない。「二
「桐谷俊成の持ってる株が欲しいのは勝手だけど、今の私のものに手を出すのはやめて」真帆はまどろっこしいことは言わず、いきなり本題を突きつけた。「じゃなきゃ、この件、遥真に全部話すから」玲奈は両脇に垂らしていた手を、じわじわと握りしめた。真帆の様子を見る限り、自分が医者に頼んで何をしたか、まだ知られていないはずだ。もし知られていたら、とっくに遥真の前で暴かれている。一度でもバレれば、遥真は迷わず自分を切り捨てる。彼の後ろ盾を失えば、たとえ株を握っていても、俊成みたいな商売のベテランに食い物にされて、何も残らない。「どうするの?」真帆が、玲奈が考え終えた頃を見計らって聞いた。「……いいわ」玲奈は何度も考えた末、結局うなずくしかなかった。「でも、条件がある」真帆は余裕たっぷりに笑う。「言ってみて」玲奈は一語一語かみしめるように言った。その目には、かすかな感情が揺れている。「今日から、この件についてはもう調べないこと。それから、誰にも言わないで」「いいよ」真帆はあっさり承諾した。玲奈は柚香のほうを見る。「彼女も同じ」「いいわよ」真帆。「え?」柚香はきょとんとした。――それでいいの?話はまとまり、玲奈はスマホを取り出して遥真に電話をかけた。コール音が何度も鳴るが、結局出ることはなく、そのまま自動で切れた。玲奈の顔が、少しずつ険しくなる。二人の前で体裁を崩したくなくて、彼女は適当に理由をつけた。「たぶん会議中ね。終わったら、また連絡するわ」一昨日の夜の出来事以来、遥真は彼女の電話に一度も出ていないし、顔も見せていない。メッセージも、ひとつも返ってこない。玲奈の頭に残っているのは、別れ際に言われたあの一言だけ。「ちょっと、焦りすぎじゃないか」「ちゃんと伝えるかどうか、こっちは分からないんだけど」真帆は当然、納得しない。「出ないんだから仕方ないでしょ」玲奈の中にまた苛立ちが湧く。「直接二人を連れて遥真の会社に行けるわけじゃないし!」「そんな必要もないわ」真帆は条件の話だけじゃなく、単に彼女を揺さぶりに来ていた。「柚香、スマホ貸して」柚香は深く考えずに渡した。真帆は通話履歴から遥真の番号を見つけ、そのまま発信する。柚香「え?」玲奈「……は?」これは完全にわざとでしょ、しかも証拠つきで。
黒田部長は食洗機の引換券と現金六万円を受け取り、「ありがとう」と一言だけ言って去っていった。その理由が分かったのは、午後の退勤前、たまたま黒田部長が電話しているのを耳にしたときだった。「なあ、前に見てた洗濯機、もう買ったよ」黒田部長は電話をしながら歩いている。「ネットで買うより六万円も安くて、五十六万円しかかからなかった!」柚香はその瞬間、すべて理解した。まさか、団体活動のときにあんなことを言っていた黒田部長が、裏では奥さんにちゃんと報告しつつ、こっそりへそくりも作るタイプだったなんて。聞こえなかったふりをして、そのまま駅へ向かう。本当は陽翔を迎えに行くつもりだったが、すでに真帆が代わりに迎えに行ってくれていた。家で合流したとき、柚香は少し驚いた。「怜人が、最近すごく忙しいって言ってなかった?」「もう一段落ついた」真帆はあっさり答えた。柚香はバッグを置いて、彼女のそばへ歩み寄る。真帆は意味ありげに身を乗り出し、小声で言った。「最近、私が何してたか知りたい?」柚香は首を横に振る。「数日前、お父さんのところに玲奈から連絡があってね。桐谷グループの株と、私が持ってる芸能会社、それに他の事業も全部よこせって」今まで言わなかったのは、親友に余計な心配をかけたくなかったからだ。「もし渡さなければ、遥真が力ずくでも手に入れるって言ってたらしい」柚香は眉をひそめた。「どうして今まで言ってくれなかったの」「言ったところで、あんたが心配するだけでしょ」真帆はあっさり言う。「それに、この件はもう半分くらい片付いてるし」柚香は興味を引かれた。「どうやって?」「玲奈の過去を調べさせたの。本人が必死に隠してる、知られたくないことがいくつか分かってね」真帆はゆっくりと言った。「明日、それを持って交渉するつもり」「それでうまくいくとは限らないよ」柚香は自分の知る限りで言う。「遥真は玲奈をすごく甘やかしてる。彼女が嫌がることは、全力で隠すはずだから」「ちょうどいいことに、その件は遥真にも隠してるみたい」真帆は意味ありげに笑った。柚香「……?」――遥真にまで隠すことなんてあるの?あれだけ好き放題してるのに。翌日の昼。柚香は仕事を終えると、食事も取らずに玲奈のいる病院へ向かった。真帆に一緒に来てほしいと言われたのだ。
その日の午後、柚香は会社でこの食洗機の引き換え券を売れないか聞いて回り、割引価格で出すことにした。その投稿は三十分ほど出していたが、誰からも反応がなかったため、柚香は中古サイトに食洗機の型番を掲載した。新品なら六十万円ほどだが、五十万円で売りに出した。自分では使わないし、いっそ売って急場をしのごうと思ったのだ。「あなた……本当に売るの?」絵理がその投稿を目にした。「うん。どうせ使わないですし」絵理は唇を軽く結んだが、結局何も言わなかった。この件はすぐに久瀬グループで働く遥真の耳にも入った。原栄ゲームのフォーラムに上がっている柚香の投稿を見つめるうち、彼の視線は徐々に鋭さを増していく。そこへ恭介から電話が入り、ようやく意識を引き戻された。「社長」「何だ」遥真はスマホを手に、低い声で答える。「今日の昼、柚香さんが修司さんの病室を訪ねました」恭介が報告する。「二人で十分ほど話していたようです」遥真は目を上げた。「何を話していたか分かるか?」「分かりません。中に監視カメラはありませんので」遥真は手にしていたペンを指先で弄び、しばらくしてから指示を出した。「引き続き見張れ。次は事前に報告しろ」「承知しました」電話を切った後、遥真はしばらくスマホを弄んでから、時也にメッセージを送った。【柚香の母親の件、調べはついたか?】時也【まだ。手がかりゼロ】遥真【彼女を呼び戻せ。調査させる】時也【!!】時也【ついに決めたのか?!】時也【じゃあ、すぐ連絡する】遥真の黒い瞳に一瞬、複雑な感情がよぎる。できることなら、あの女を呼び戻したくはなかった。そう思って間もなく、見知らぬ番号から電話がかかってきた。切らずにそのまま出る。「時也から聞いたけど、私に戻ってきて調べろって?」電話の向こうから、どこか気だるく、挑発的な女の声がした。「そうだ」遥真が言った。「本気で?」「本気だ」「いいよ。準備してすぐ戻る」女はそう言うと、遥真が聞いているかどうかも気にせず、あっさり通話を切った。遥真は眉間を軽く揉み、胸の奥の感情を押し込める。監視カメラがない以上、柚香と修司が何を話したのか知るには、あの女のハッキング技術に頼るしかない。あそこには修司のボディーガードがいる。盗み聞きは不可能だ。柚香は、彼が
柚香は視線を彼に向けたまま、その言葉が本当かどうかを探るように見つめていた。同じ話を三度も繰り返し、今回は命の危険まで冒して彼女を助けに来た。ただ、遥真と話をさせるために。修司は、そんなことをする人間なのだろうか。よく知らないし、深く関わったこともない。それでも、これまで遥真から何度も言われてきたことを思い出すと、違う気がする。「君の不安も分かるし、利用されるんじゃないかって疑ってるのも理解してる」修司は柚香の考えを見抜いたように、穏やかで誠実な口調で言った。「でも、この件に関しては利用できる余地なんてない。もしあるとすれば……彼に本気で、全力で私のライバルになってほしいってことくらいかな」「ごめんなさい」柚香は口を開き、きっぱりと断った。「助けてくれたことには感謝してます。でも、このお願いは受けられません」気持ちの問題は、何かと引き換えにできるものじゃない。彼女の判断を左右するのは、結局のところ感情だけだ。「謝る必要はないよ。君を助けたのは、それでチャンスをもらいたかったのもあるけど……それ以上に、君が遥真にとってどれだけ大事か分かってるからだ」修司はゆっくりと言葉を重ねた。「もし君に何かあったら、あいつがどれだけ取り乱すか想像もつかない」柚香は黙ったまま、何も言わなかった。修司の言葉はあまりにも真っ直ぐで、どこにも引っかかるところがない。「もう遅いし、先に会社に戻ったほうがいい」修司は腕時計に目をやった。「続きはまた今度にしよう」「一つ、聞いてもいいですか?」柚香はもう少しだけ探ろうとした。修司は丁寧にうなずく。「どうぞ」「あなたにとって、遥真ってどんな人ですか?」柚香の声には、さっきよりもわずかに真剣さがにじんでいた。彼の言葉のどこまでが本当なのか、それを見極めたかった。「え?」修司はくすっと笑った。「笑われるかもしれないけど、実はあいつのこと、そこまで詳しく知らないんだ」修司はあっさりと言った。「でも一つだけ確かなのは、あいつが君をすごく大切にしてるってこと」柚香は言葉を失った。今になってようやく、なぜ遥真が何度も「修司には油断ならない」と念を押していたのか分かった気がする。あけすけな物言いと自然な態度に、警戒しているつもりでも、気づけばその誠実さに引き込まれてしまう。「ほら、仕
「ごめん、ごめん」梨花はすぐに謝った。この一件があってから、さっきまでの勢いはすっかり消えていた。梨花もバカじゃない。いつも礼儀正しくて穏やかな柚香が、急に質問に答えなくなったのは、きっとドアの外で自分たちの会話を聞いていたからだと分かっていた。それでも、怖くて直接は聞けない。もし柚香が本当にどこかの令嬢だったり、立場のある人だったら、下手に敵に回してしまうのはまずい。そんな空気のまま、あっという間に昼になった。十二時ぴったりになると、梨花はまた近づいてきて言った。「あとで一緒にご飯行かない?何食べたい?私がおごるよ」「用事があるから、今日は会社では食べない」柚香はそう言って、ちょうど仕事も区切りがついたところで、パソコンをロックし、バッグを手に会社を出ていった。完全にそっけなくあしらわれて、梨花の中にはモヤモヤが残った。それでも、このところ柚香が昼に会社で食べていないのは事実だった。いつも昼休みになるとすぐに出ていく。「どうだった?探り入れられた?」「どんな反応だった?」「まさか仕返しとかされないよな?」一緒にあの話をしていた同僚たちが集まってきて、口々に聞いてくる。特にあれこれ憶測で悪く言っていた男たちは、内心かなりビクビクしていた。梨花は「分からない」とだけ言って、それ以上は何も話さなかった。……柚香は地下鉄に乗って病院へ向かった。まずは安江の病室に顔を出し、少し話をしてから、修司の病室へ向かう。久瀬家の長男である修司の病室は、上の階の専用フロアにあり、入り口にはボディーガードが二人。柚香の姿を見ると、余計なことは何も言わず、すっと道を開けた。「どうしたの?ここに来るなんて」修司は少し驚いた様子だった。「今日は仕事じゃなかった?」「お昼休みがあるからです」柚香はベッドのそばに来て、ぐるぐる巻きに包帯が巻かれた頭を見て、心配そうに聞いた。「ケガはどうですか?」「大したことないよ」修司は穏やかに微笑む。「心配しなくていい」「退院はいつ頃って言われているんですか?」と柚香はさらに尋ねる。「あと二、三日かな」修司は一つひとつ丁寧に答える。「ほとんど外傷だから、傷口が化膿しなければ問題ない」柚香は小さく頷いた。その表情には、隠そうともしない複雑な感情がにじんでいる。これはわざ
高橋先生は、遥真が何を意図してその質問をしたのか掴みかねて、言葉を選びつつ正直に答えた。「けっこう深いです。もし傷がほかの場所だったら、何針も縫うレベルですね」遥真の目が、底の知れない静けさでこちらを向く。高橋先生は表面上はいつも通り冷静を装ったものの、内心はひどく焦っていた。「手術はきっちりやって」遥真は、彼女の傷についてそれ以上何も言わず、立ち上がってそばに置かれた医療器具に視線を流した。「今日みたいなことは、二度と起こらないように」「わかりました」高橋先生はすぐに器具を片づけた。遥真が病院を出ると、すぐに秘書の恭介に電話をかけた。「今、彼女は何してる」「家探しをし
柚香は、少しでも値段を上げようとした。「二千万」「うちのボスにとって、この指輪は何の価値もないことは、あなたもわかっているでしょう」時也の部下は、冷たい声音のまま「演技」を続けた。「買うのも、ただ遥真様にひとつ意地悪をしたいだけです」「じゃあ、意地悪なら二千万のほうが効果あるんじゃない?」柚香が言う。時也の部下は立ち上がり、帰るそぶりを見せた。「どうやら橘川さんは、これ以上会話を続ける気がないようですね」「千二百万でいいわ、千二百万円!」柚香は慌てて呼び止め、握っていた指輪の箱をぎゅっと握りしめた。「今すぐ振り込んで」相手はあっさり承諾した。取引はあっけないほど簡単だ。
柚香は陽翔の小さな頭をそっと撫でて、正直なことは言わずに告げた。「ママはまだ色々やることがあるの。今日は帰れないけど、お家でいい子にしてて。困ったことがあったらママに言ってね」陽翔はうなずき、手を伸ばして柚香を抱きしめた。小さな頭を彼女の首元にすり寄せる。「いい子ね」とひと言声をかけて、彼を車に乗せる。たとえ一緒に戻ったとしても、遥真が陽翔の前で自分を追い出したりはしない。それでも、あの家にはもう一歩たりとも入りたくなかった。陽翔を見送ったあと、柚香は真帆の家へ向かった。本当はそのまま病院に行って費用を払うつもりだったが、到着する頃にはもう受付が終わる時間だった。真帆の家に
彼女が訝しげにしていると、彼は目の前でスマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。「好きなんだろ?部屋にいる。君にやるよ」「何をする気?」柚香の胸に、嫌な予感が一気に広がった。「他の誰かの方がいいって言ってただろ?」遥真はスマホをしまい、再び彼女を見たときには、もう目の奥から感情の色が消えていた。冷ややかで、淡々とした声。「望みどおりにしてやるよ」柚香の心は、一瞬で底まで落ちた。その怯えた様子を見て、ようやく遥真の目つきが少しだけ和らいだ。柚香の手足は冷え切り、視線を部屋の中に走らせた。何か身を守れるもの、逃げ出せる手段を必死に探すが、部屋には武器になるようなものも、逃