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第711話

Author: 金招き
縁がなかったら、自分と由美は出会わなかったはずだ。

ましてやキャンパスで恋に落ちることもなかったはずだ。

なのに、「縁がなかった」なんて、よくもそんなデタラメを言えるものだ。

ばかばかしい。

憲一はベッドから起き上がった。

「まだ傷が……」松原奥様が慌てて言った。

「死にはしない」彼の声は苛立ちを帯びていた。「うるさい」

松原奥様はそれ以上何も言えなかった。

憲一は車を走らせ、家へ戻った。

予想通り、由美はいなかった。

彼はソファに腰掛け、頭を垂れたまま、何かを考えているようだった。

……

由美は翔太が借りてくれた部屋で暮らしていた。

今日はなぜか、気分が沈んでいた。

彼女はソファの隅で身を丸めていた。

ふと、憲一が自らの胸にナイフを突き立てた光景が脳裏に蘇った。

彼は——自分に対して、本当に少しは情を持っていたのかもしれない。

そう思った瞬間、彼女はすぐに首を振り、その考えを追い払おうとした。

そしてソファから立ち上がり、玄関へ向かい、靴を履いて外へ出ようとした。

だが、ドアの前でふと立ち止まった。

どこへ行けばいい?

誰に会いに行けばいい?

急に、ひどく孤独を感じた。

彼女はためらいの末、また部屋の中へ戻った。

そのとき、香織の顔が脳裏をよぎった。

だが、香織に対してはあまりいい印象がない。

彼女を頼るくらいなら、一人でいるほうがマシだ。

……

香織は仕事中、問題に直面していた。

それは彼女の能力が足りないせいではなく、彼女がコネで直接院長の後継者として入ってきたからだった。

そのため、多くの人が彼女を快く思わず、わざと妨害してきた。

たとえば、彼女が必要とする医療器具を隠されたり、「ない」と嘘をつかれたり。

病院に一台しかない最新の設備も、皆が交代で使用して、彼女には一切使わせなかった。

それだけではなく、食事の際にも嫌がらせを受けた。

彼女の食事に大量の塩を入れ、食べられないほどしょっぱくしたのだ。

香織は無言で食事を捨て、水を飲むと、そのまま食堂を後にした。

ちょうどその時、院長が食堂へ入ってきた。彼女の姿を見て、尋ねた。「もう食べ終わったのか?」

香織は黙って頷いた。

「少し話さないか?」

彼女は拒む理由もなく、黙って従った。

「ちょうど食後だし、庭を歩きながら話そう。消化に
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