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濡れた身体、乾いた心

Author: 中岡 始
last update Last Updated: 2025-07-22 09:43:59

美沙子の指先が、藤並のズボンのホックにかかった。

カチリと小さな音がして、ベルトが緩められる。

その音が、耳の奥で何度も反響した。

「力を抜いて」

美沙子の声は、いつも通り柔らかい。

その声を聞きながら、藤並は息を止めた。

力を抜けと言われても、身体の芯が固まっている。

けれど、抗えなかった。

ズボンが、ゆっくりと膝まで下ろされる。

下着の上から、股間に手が伸びた。

指先が、生地の上から形をなぞる。

その感触に、藤並は喉の奥でかすかに息を漏らした。

「ほら、こんなに」

美沙子が笑った。

指が、下着の縁にかかる。

一瞬、止めてほしいと思った。

けれど、止める言葉は出なかった。

下着が滑り落ちる。

露わになった性器は、すでに熱を帯びていた。

皮膚が張り詰めている。先端は濡れて、微かに光っていた。

「やっぱり、可愛いわ。素直ね、蓮くん」

美沙子の指が、そこに触れた。

爪を立てるわけでもなく、ただ柔らかく撫でる。

けれど、その優しさが、逆に藤並には苦しかった。

「違う。これは違う」

心の中で呟く。

「俺は、こんなふうに反応したかったわけじゃない」

けれど、身体は正直だった。

触れられれば、熱くなる。

快感が、じわりと滲み出す。

拒絶したいのに、呼吸が浅くなっていく。

「本当は…」

唇を噛んだ。

舌の裏側に、血の味が広がる。

でも、痛みすらも、何も感じない。

ふいに、野村の顔が浮かんだ。

中学のとき。

放課後の校舎裏で、肩が触れたあの瞬間。

何も言えなかった。

好きだなんて、言えるはずがなかった。

「野村…」

心の中で、その名前を呼んでしまった。

唇を噛みながら、心の奥で、何度も。

美沙子の唇が、藤並の性器を包んだ。

湿った温度が、先端を覆う。

舌がゆっくりと絡む。

唾液のぬるりとした感触が、神経を痺れさせる。

「っ…」

息が漏れた。

肩が震えた。

けれど、目を閉じたまま、藤並は必死に野村の後ろ姿を思い浮かべた。

黒髪の短い後ろ姿。

肩越しに振り返った、あの日の笑顔。

手が触れたときの、微かな熱。

「違う。俺が触れたいのは、あれだ」

目の前の行為と、心の奥で重なっている映像が、まるで違うことを知っている。

でも、身体は美沙子の口の中で硬く脈打っている。

唾液が滴る感覚が、生々しくて、逃げ場がなかった。

美沙子の舌が、裏筋をなぞる。

その動きは巧妙だった。

快感がじわじわと広がる。

でも、それを感じるたびに、心の奥がひどく冷えた。

「野村…」

また心の中で名前を呼んだ。

「ごめん、俺は…」

涙が出そうだった。

けれど、泣くこともできなかった。

「蓮くん、気持ちいい?」

美沙子の声が、唇の隙間から洩れる。

熱い吐息が、先端にかかる。

「…」

答えられなかった。

その代わりに、腰がかすかに動いてしまった。

快感が、勝手に身体を動かしている。

「素直ね」

美沙子がまた囁いた。

唇が微かに歪んだ笑みを作る。

藤並は、天井を見つめた。

視界の端に、野村の背中が見えている気がした。

白い天井の模様が、揺れて見えた。

「違うんだ。俺は…」

心の中で繰り返す。

でも、身体はもう、別の反応をしていた。

濡れた身体と、乾いた心が、バラバラに動いていた。

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