LOGIN差し迫った現実からの逃避。 その日、篠原は街で一人の青年を拾った。 食事と引き換えに一夜の快楽を提供するその青年に、心惹かれる篠原……。 ややビターな、大人の恋の物語。
View Moreその後は特に会話もないまま、二人はマンションに戻ってきた。 風呂を済ませ、スウェット姿でリクが部屋に入ったとき、篠原は窓辺に立って外を眺めていた。「なぁ、やっぱりアンタってホントはハイソな人間で、こんなトコに住んでいるようなヤツじゃないんだろう?」 隣に立って夜景を見下ろしながら、リクが問いかける。「別に、それほど何って訳でもない。ただの……体裁を繕って生きているつまらん男さ」 自嘲気味の声音で答え、篠原は窓辺を離れてベッドの縁に腰を降ろした。「電話口で、奥さん泣いてたぞ。……俺、ちょっと意外だったな、アンタがオンナ泣かすなんてさ」「いつだって、自己中心的だよ」「その割には、電話口でずっと謝ってたぜ? 俺には関係ないけどさ、なんかあんまり気分がイイ感じの展開じゃねェよな」 篠原の隣に腰を降ろしたリクは、顔を窓に向けたままで言った。「彼女とは離婚の争議中でね。……どっちが悪い訳でもない、私は仕事にかまけていた。寂しかった彼女は他に愛情を求めてしまった。……それだけの事だ」 不意に手を伸ばして、リクは篠原の身体を仰向けに押し倒す。 そしてそのまま篠原の身体に馬乗りになると、鼻が触れ合うほど顔を寄せた。「なんか、嘘くせェ……」 眉をひそめて不審な顔のリクは、ジッと睨み付けるようにして篠原の瞳をのぞき込んでくる。「何も嘘など吐いていないがな」「……なんか、嘘くせェよ。……だって、奥さんが浮気してただ離婚するなら、何でアンタそんなに優柔不断なんだよ? すっぱり別れちまえばいいぢゃんか? こんなマンション借りて、わざわざ別居してさ。アンタが奥さんから逃げる理由が、全然無いってのに」 見透かされた事に動揺して、思わず篠原は視線を逸らせてしまう。「俺さぁ、泣いてた奥さんの声聞いて思ったんだけど、あのヒトきっとアンタのコ
「こんなモン注文したのかよ! ホントに臆面もねェな」「キミの分だからね」 答えた篠原の前を見ると、カップに入ったアイスクリームの他にコーヒーのカップがあるきりだった。「ガキ扱いするなって、言ってンのに……」「子供だと思っていたら、ラムレーズンだのブランデーチェリーだのは頼まないよ」 不審な顔のままスプーンを手に取ったリクだったが、一口食した後は、目を輝かせて食べ始めた。 その様子に、篠原はまたしても笑いをかみ殺す。「……お気に召していただけたかな?」 問いかけに、リクがハッとなってこちらをみる。 頬が見る間に紅く染まる様に、篠原はもう笑いを堪える事が出来なかった。「ちぇっ、そんなに笑う事ねェだろ。確かに美味いよ、ココのアイスは……」「どのフレーバーが一番気に入ったんだい?」「……この、チョコみたいのが混ぜてあるヤツ。でもチョコじゃねェよなコレ」「クッキー&クリームとは、定番を選ぶね。コンビニに行けば、売ってるはずだ」「へえ、覚えとこう」 長いスプーンで掬い上げアイスクリームを口に運んでいるリクは、もう店内の雰囲気と自分達との違和感の事などコロリと忘れている。「俺、いままで一人のヤツとこんなに長く過ごしたコト無かったけど、こういうのも結構面白いな」「まぁ、人生の参考にしてもらえればそれに越した事はないがね」 穏やかに笑いかけながら、この時を一番楽しんでいるのは他ならぬ自分自身なのだろうと篠原は思った。「でさぁ、俺、ココで別れた方が都合良い?」 甘味を口に運ぶ手を休めもせず、目線もグラスに注いだままで、リクは突然そう口を切る。「……えっ?」 さすがに驚きを隠せずに、篠原は顔を上げた。「だってそうだろう? 俺はアンタのところに服を弁償して貰うまでいるつもりだったし、今日ここらで買い物したからそれで目的も
週末になって、篠原はリクを連れて都心に出かけた。 ブランド店の並ぶ銀座の通りを歩きながらショーウィンドウを眺めている篠原に対し、リクは少し俯き加減で落ち着き無く後からついてくる。「どうした? 希望を言わないと、買えないぞ」「……確かに弁償しろとは言ったけどさぁ……」 言葉を濁した後、リクは篠原の側にそっと近づいてきた。「ここらの服って、俺の服よか高くねェ?」「さぁ? キミの服がいくらだったか、私は全く知らないからな」 うそぶいて、篠原は穏やかに笑う。「私が選んでは意味もないだろう? どれにするんだい?」「量販店ので良かったのに……」 ブツブツと文句を言いながらも、篠原がどうにも態度を変えない様子を見て取って、リクは開き直ったらしい。 顔を上げると、ショーウィンドウを一通り見て回り、己の好みにあった服を選び始めた。§ いくつかの店舗を回り、提げる紙袋の数が複数になったあたりで、篠原は足を止める。「一服、しようか?」「なんだよ、疲れたのか? だらしねェなぁ」 開き直った後のリクは、すっかり買い物そのものが面白くなってしまったらしく、はしゃいだ様子で次の店を物色し始めていた。「言ったろう、キミみたいに若いワケじゃないんだ」 ニッと笑って、篠原は先に立って歩き出す。「一服って、そこらの店に入るんじゃないの?」 後からついてくるリクは、さすがに銀座の土地勘など無い。 答えを返さずに篠原が入っていったのは、黄色と小豆色で縁取られた看板の掛かった可愛らしい店構えのアイスクリーム専門店だった。「なに、ココ?」「好きなんだ。ここのアイスクリームが格別ね。……さて、どれにする?」 自分達の様子と店舗の雰囲気とを比較して、リクは少しだけ眉を顰めて見せたけれど。 篠原が全く臆した様
「アンタと最初に会った時だったらさぁ、全然フツーに秘書がいるのかって思えたんだけど。でもアンタってこんなトコ住んでたりして、全然ハイソじゃないじゃんか」「一応これでも、社長なんだがね」「……うぇ?」 篠原の自己紹介に、リクは本当に子供のように床に倒れ込むと手足をジタバタと動かして見せる。「やっぱ、ワケわかんねー! アンタって全然わかんねェよ!」 ガバッと飛び起きた時には、またしても上着は半ば脱げ掛けていた。 両手を床に付き、ペタペタと四つんばいのまま戻ってきたリクは、しげしげと篠原の顔を眺める。 そうして側に寄られると、リクの身体から立ち上る微かな体温と甘やかな体臭に篠原は妙に落ち着かない気分にさせられた。「なぁ、アンタなんだってこんなトコに住んでんの? 俺、フツーは相手の生活なんて全然気になんないけど、アンタはナゾ過ぎてスッゲ気になるぜ?」「別に謎なんて何一つ無い。ただ、少しばかり怠け者で通勤時間を短縮したいだけさ」「なんか、スッゲェ嘘くせェよ、それ」 不信感丸出しの顔で、リクは篠原の顔を間近に眺め続けている。 はだけた肩と、それに続くスウェットに包まれた腰から足にかけてのラインが、ひどく艶めかしい。 己の身体が醸す色香になにも気付いていないらしいリクは、なおも顔を寄せて篠原の「ウソ」を見破る事の方に夢中だった。「近くで見たからって、嘘か本当か判るのか?」「え、だって、こうやってジッと見られると嘘吐いているヤツってソワソワするじゃん」 素直な答えに、篠原は思わず苦笑する。 例え嘘を吐いていようがいまいが、これではソワソワしない人間の方が少ないだろう。 篠原は手を伸ばすと、リクの腕を取って強く引き寄せた。「うわっ!」 四つんばいになって腕で身体を支えていたリクは、不意にバランスを崩されてあっけなく篠原の腕の中に倒れ込む。「キミはどうも、自分というものが分かっていないらしいな」「なんの事だよ?」 強引にひっくり返された事
らしくない大きな紙袋を手に提げて、篠原は駅に降り立った。 そして、そのまま人の流れに乗ってマンションへの道を歩き出す。 早く帰らなければ、餓鬼のように腹を空かせたリクの機嫌を損ねてしまう。 そう考えると、気付かぬウチに歩調も早まっていた。「しっのはっらさーん!」 突然大声で名前を呼ばれ、篠原は吃驚して振り返る。 カフェのテラス席に腰を降ろし、こちらに向かってブンブンと両手を振り回しているのは、紛れもなくリクだった。「どうしたんだ?」 「そろそろ帰ってくる頃だろうと思ってさ。アンタが
「あー! そうだっ! アンタ、俺の服になんてコトしてくれたんだよっ!」 突然、リクは叫んだ。「キミの服? ……今朝、出かけに洗濯機に入れておいただけだが……?」 別に何も怒られる心当たりはなかったが、再び鋭い目線を送りつけ始めたリクに、篠原は肩を竦めてみせる。「なんか、あったのか?」 「なんかも何も……、バラバラになっちまったよ」 「はぁ?」 返された答えに、さすがに驚いた篠原はリクが指し示す乾燥機能を兼ね備えた全自動の洗濯機をのぞき見た。 取り出した服は、言葉通り "バラバラ
「ハッキリ言うけど、俺はコレでも、全然タイプじゃなかったら食い逃げしちゃう事にしてんだぜ?」 ベッドの上の篠原を見下ろしながら、彼は腰に手を当てている。「私はお眼鏡にかなったのか?」「そんな話じゃなくてさぁ……。俺、上手く言えないんだけど、アンタはその……もっとなんつーか豪華な家に住んでて広い寝室にでっかいベッドがあってさぁ、あっちの方もスゲ上手くて……」 改めて室内を見回すように、彼は身体を捻って殺風景なワンルームに振り返った。「それは残念だったな。ガッカリさせてばかりで申し訳ないが、私は同性との行為はコレが初めてだ」「うっそっ?」 窓から差し込む都会の明かりだけが頼りの室内
篠原がウィークリーマンションに入っていくのを見て、青年は少し驚いたような顔をしてみせる。「なんだい、アンタ。単身赴任かなんか?」「まぁ、そんなようなモノだ」 エレベーターに乗り、辿り着いた部屋の錠を外すと、都心を一望できるワンルームの部屋が二人を出迎える。「俺、てっきりアンタってハイソなんだと思ってたけど……。まさかウィークリーマンション住まいだとは思わなかったぜ」「通勤が楽でね。それよりも先にシャワーでも浴びてきたらどうだ? どうせまだ、食うモノにはありつけないんだしな」 笑う篠原に、ふうんと彼は頷いた。「まぁ、いいや。ココの眺めは、悪くない」 窓の外を眺めてから、彼はそ