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言葉にする勇気

Author: 中岡 始
last update Last Updated: 2025-09-03 10:29:39

藤並の胸の奥が、ずっと軋んでいた。

身体は湯浅の中で繋がっているのに、心の奥底ではまだ、どこかで怯えていた。

「愛されていいのか」

その問いが、ずっと胸を締めつけている。

欲しいと願ってしまえば、きっとまた壊れる。

そんな恐怖が、どうしても消えなかった。

湯浅の手は、背中をそっと撫でていた。

指先が、肩甲骨のあたりをゆっくりと往復する。

その手のひらが、怖くなかった。

押しつけられることも、縛られることもない。

ただ、触れたいと思ってくれているだけの温度だった。

「…好きになるな」

過去の声が、耳の奥で蘇る。

先輩のあの夜、タバコの煙の中で聞いたあの言葉。

「蓮、好きになるなよ。遊びだからな」

あのとき、笑って「分かってますよ」と返した自分がいる。

でも、目は笑っていなかった。

身体の奥が、冷たく凍っていったあの夜。

あの瞬間から、誰かを好きになることは、自分を壊すことだと思い込んでいた。

けれど、今。

湯浅の腕の中で、身体の奥から違う感覚が湧き上がってきている。

「好きになっても、壊れないかもしれない」

そんなことを考えている自分が、信じられなかった。

湯浅が、藤並の額に唇を落とす。

その唇は、微かに震えていた。

湯浅もまた、同じように怯えているのだと分かる。

「壊さずに抱きたい」と思ってくれていることが、肌から伝わってくる。

藤並は、唇をかすかに開いた。

喉の奥で、何かがつかえていた。

声を出すことが怖かった。

「愛してる」と言ってしまえば、すべてが崩れる気がした。

でも、それを言わなければ、きっと一生このままだ。

湯浅が、また背中を撫でた。

その手のひらが、静かに「大丈夫だ」と言ってくれている気がした。

その優しさに、胸が締めつけられた。

「…俺も」

藤並は、喉の奥からかすれた声を絞り出した。

湯浅の胸に顔を埋めたまま、言葉を続
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  • 支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出   朝の光の中で繋がる

    湯浅の指先が、藤並の首筋をゆっくりとなぞる。その動きには、急き立てるような力も、欲望の押しつけもなかった。ただ、触れたいという気持ちだけが、静かに伝わってくる。藤並は、目を閉じたまま、その指先の感触を受け入れていた。肌と肌が重なることが、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。これまでの夜は、命令と支配のための時間だった。与えられる快感は、どこかで自分を切り離して受け止めていた。商品としての身体。快楽は相手のためのもので、自分のものではなかった。けれど今、湯浅の手が背中を撫で、唇が首筋に触れたとき、身体は「自分から求めている」と理解していた。身体が自然に反応する。湯浅の肩に手を伸ばす自分がいる。それは、命令された動きではなかった。藤並は、湯浅の胸に額を押しつけた。息を吐き出すと、胸の奥がふっと緩む。震えていた指先が、湯浅の腕に絡まる。自分から、触れている。自分から、求めている。それが、怖くなかった。湯浅が、そっと藤並の太腿を撫でる。その動きは優しく、焦らすようなものでもない。ただ、ここにいることを確かめるような手つきだった。「蓮」湯浅が名前を呼んだ。その声は低く、喉の奥から漏れるようだった。藤並は、唇を震わせながら、その声に応えた。「…はい」声は小さかったが、はっきりと返事をした。湯浅はそのまま、ゆっくりと藤並の身体を押し倒した。背中がシーツに触れる。冷たくもなく、嫌悪もなかった。むしろ、そこに落ちていくことが、安心だった。湯浅が唇を重ねる。額に、頬に、唇に、静かに触れていく。藤並は目を閉じたまま、湯浅の手を握った。その手は、強くもなく、弱すぎもせず、ただ温かかった。脚を開くことに、もう抵抗はなかった。それは「されること」ではなく、「自分から開く」という動作だった。

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    藤並は目を閉じたまま、湯浅の腕の中で静かに呼吸を繰り返していた。胸の奥に、わずかに残る熱と鼓動が確かにそこにある。外はすでに夜が明け始めている。窓の向こうから流れ込む春の朝の匂いが、鼻先をかすめた。湿った土と、遠くのアスファルトの匂い。季節が変わろうとしている匂いだった。藤並は、その呼吸が、自分自身のものだと初めて思えた。誰かに合わせるためのものでも、誰かの欲望に合わせた呼吸でもない。ただ、自分の胸が上下する感覚だけを、ぼんやりと味わっていた。湯浅の腕が背中にかかっている。その手は重くもなく、強制でもない。ただ、そこにいるだけの手。その重さが、かすかな安心を与えていた。「これは俺の呼吸だ」心の中で、そっと呟いた。美沙子に抱かれていたとき、呼吸は自分のものじゃなかった。先輩に身体を預けていたときも、息をすることすら、許可を得なければならないような気がしていた。でも今は違う。胸の奥が、ゆっくりと膨らみ、吐き出すときの熱が、自分の内側から生まれていると分かる。窓の外には、ぼんやりとした光が広がっている。ビルの輪郭が柔らかく滲み、空はまだ白い。都会の朝は、始発の音とともに始まる。その微かな音を耳の奥で捉えながら、藤並は目を閉じたまま、自分の内側に意識を向けた。「誰の命令でもなく、俺はここにいる」それが、こんなにも怖くて、こんなにも心地いいことだとは思わなかった。命令される方が、楽だった。愛人契約を続けていたのも、その方が生きやすいと錯覚していたからだ。商品でいればいい。感情なんて、必要ない。抱かれることも、与えられることも、全部機械的にこなせばいい。でも今、自分の心臓がこうして静かに打っていることが、何よりも重かった。湯浅の腕の中で呼吸をしている自分は、もう「商品」ではなかった。抱かれるためにいるのではなく、「ここにいたい」と思っている。それは、怯

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