Share

第95話:新しい日常⑥

Author: 花柳響
last update Last Updated: 2026-01-15 21:00:12

「腹減ったなー。学食行こうぜ、学食!」

 昼休みになるや否や、輝くんが私の手を引いて立ち上がった。

 その声の弾み方は、高級フレンチに招待された時よりも嬉しそうだ。

「え、学食でいいの? 輝くん、いつもカフェテリアの奥の席で、特注のランチ食べてたじゃん」

「あんな堅苦しい食事、もう御免だよ。俺は栞と同じものが食べたいんだ」

 彼は私を連れて、学生でごった返す学食の列に並んだ。

 トレーを持って並ぶ天王寺輝。

 そのシュールかつレアな光景に、周囲の学生たちがざわめいている。揚げ物の油の匂いと、喧騒。そのすべてが彼には新鮮なアトラクションのようだ。

「おすすめは?」

「えーっと……安くて美味しいのは『B定食』かな。今日は唐揚げだし」

「じゃあそれにする! あと、この『小鉢』ってのも取っていいの?」

「うん、一個五十円だよ」

「安っ! すごいな、学食!」

 目をキラキラさせながら冷奴とひじきの煮物をトレーに乗せる元・御曹司。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   最終話:攻略対象は(やっぱり)私じゃない!④

    「うっ……ぐすっ……」「ちくしょう……綺麗っすよ、先輩……」 え? 泣いてる? あの常に冷静沈着な奏くんが、眼鏡を外して目尻を拭っている。 陽翔くんに至っては、ボロボロと大粒の涙を流して、子供のように鼻をすすっている。(……感動してくれてるんだ。嬉しいな) そう思った瞬間だった。 私の脳内で、長らく休眠状態にあった『腐女子フィルター』が、カチリと音を立てて誤作動を起こした。 世界が、歪む。 待って。 あの涙の意味は、本当に純粋な「祝福」だけなのだろうか? 奏くんが、輝くんを見る目。 どこか悔しげで、それでいて相手の実力を認めざるを得ないといった、複雑で熱っぽい感情が入り混じった眼差し。 陽翔くんが、輝くんを見る目。「先を越された」という男としての敗北感と、それでも「あいつなら任せられる」という友情、そして断ち切れない切なさが同居した濡れた瞳。 そして、輝くんが二人に向けて送った、勝ち誇ったような、けれど揺るぎない信頼に満ちたアイコンタクト。(……はッ!!) 脳天に電撃が走った。 もしかして。 もしかして、あの涙は。 私との別れを惜しんでいるんじゃなくて。 輝くんを、「奪われた」ことへの涙……!?『俺の輝を、幸せにしろよ……月詠』『輝先輩……俺の分まで、輝いてくださいね……!』 そんなセリフが、私の脳内で勝手にアテレコされていく。(そ、そうだったのね……! やっぱりこの世界線は、『輝総受け』もしくは『ライバル×輝』のトゥルーエンドだったの!? 私は……私はただの、彼らの禁断の愛を社会的にカモフラージュするための『ト

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   第143話:攻略対象は(やっぱり)私じゃない!③

     父の手から輝くんの手へ、私の手が託される。 触れた輝くんの手は、大きくて、温かくて、そして少しだけ震えていた。「……待ってたよ、栞」 彼が誰にも聞こえないほどの小声で囁く。 その声の響きに導かれるように、私は彼の隣に並んだ。 牧師様の言葉が続き、私たちは誓いの言葉を交わす。 指輪の交換。 私の左手の薬指に、ひやりとした金属の感触と共に、永遠の約束が滑り込んでくる。 そして。「それでは、誓いのキスを」 牧師様の言葉を合図に、輝くんがそっとベールを上げる。 隔てるものがなくなり、至近距離で見つめ合う。 彼の瞳の中に、緊張で強張った私の顔が映っている。「……愛してる」 唇が触れ合う直前、彼が音のない言葉でそう言ったのが分かった。 私も、心の中で答える。 私も、愛してる。世界で一番。 チュッ、と柔らかい音がして、唇が離れる。  その瞬間、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。 私たちは皆の方へと向き直る。 色とりどりの花びらが舞うフラワーシャワーの中、たくさんの笑顔が私たちに向けられていた。 最前列には、見慣れた、そして大好きな顔ぶれが揃っている。 まずは、氷室奏くん。 彼は今、売れっ子のゲームシナリオライターとして第一線で活躍している。私と同じ会社に所属し、時には喧嘩し、時には背中を預け合いながら、一緒にゲームを作り上げている戦友だ。 今日の彼は、隙のない礼服姿で、眼鏡の奥の瞳を和やかに細めてこちらを見ていた。その表情はどこまでも穏やかで、まるで手のかかる弟と妹の晴れ姿を見守る兄のようだ。 その隣には、七瀬陽翔くん。 彼は大学卒業後、厳しい修行期間を経て、念願だった自分のカフェをオープンさせた。今では雑誌やSNSに取り上げられるほどの人気店のオーナーだ。 相変わらずの人懐っこい笑顔で、大きく手を振ってくれている。「先輩、おめでとう!」という口の動きが見えた。 そ

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   第142話:攻略対象は(やっぱり)私じゃない!②

     そして今日、私たちは誓いを立てる。 多くの人に見守られ、祝福されながら、これからの人生を共に歩んでいく約束を。 コンコン、と厚い扉越しに控えめなノックの音が響いた。「失礼いたします。……新婦様、そろそろお時間です」 式場スタッフのよく通る声に、心臓が跳ね上がる。 いよいよだ。「よし。行ってきなさい、栞」 乃亜が私の背中をバン、と景気よく叩いた。 少し痛いくらいのその衝撃に、竦みかけていた足に力が戻る。私は肺いっぱいに空気を吸い込み、深く吐き出した。「うん。……行ってきます!」 ずしりと重いドレスの裾を爪先で蹴り上げ、私は控室の扉を押し開けた。 ◇ チャペルの大きな扉の前。 父の腕に手を添えながら、私は震えそうになる膝を必死に叱咤していた。 この扉の向こうには、たくさんのゲストたちが待っている。 大学時代の友人たち、会社の同僚、輝くんの仕事関係の方々。 そして何より、私たちがここに辿り着くまでの道のりを、時に厳しく、時に温かく見守ってくれた、かけがえのない仲間たち。「栞。……綺麗だぞ」 隣で父が、少し湿っぽい声で囁く。 普段は無口で不器用な父の、絞り出すような言葉。危うく涙腺が緩みそうになり、私はぐっと奥歯を噛み締めて堪えた。 今泣いたら、時間をかけて作ってもらったメイクが台無しになってしまう。輝くんに、一番綺麗な私を見てもらいたいから。 厳かなパイプオルガンの音色が、高い天井に響き渡る。 重厚な扉が、ゆっくりと左右に開かれていく。 溢れ出すまばゆい光。 そして、視界いっぱいに飛び込んでくる、祝福の拍手と温かな笑顔の海。 まっすぐに伸びるバージンロードの先、祭壇の前で待っているのは、白のタキシードに身を包んだ私の最愛の人。 天王寺輝。 彼と目が合った瞬間、周りの景色からふっと色が抜け落ちたような気がした。 彼だけが、鮮やかに、圧倒的な存在感

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   第141話:攻略対象は(やっぱり)私じゃない!①

     あれから、いくつもの季節が巡った。 窓の外には、目に痛いほどの新緑が広がっている。初夏の陽気を含んだ風が、木々の葉を揺らす音が聞こえてくるようだ。 雲ひとつない突き抜けるような青空の下。 私は今、人生で一番高いヒールの上に危なっかしく立ち、人生で一番重たい布の塊に全身を包まれて、人生で一番強張った顔で鏡と睨めっこをしていた。「……うぅ、苦しい。ねえ乃亜、これちょっとコルセット締めすぎじゃない?」「何言ってんの。一生に一度の晴れ舞台でしょ? 内臓の位置なんて気にしてる場合じゃないって」 私の背後で、親友の神崎乃亜がテキパキとドレスの裾をさばいている。 今日の彼女はブライズメイドとして、淡いレモンイエローのドレスを身に纏っていた。相変わらずの切れ長で美しい瞳と、凛とした立ち振る舞い。主役の私の方が霞んでしまいそうなほどの美人っぷりだ。「ほら、できた。……うん、悪くない」 乃亜が満足げに頷き、私の背中を鏡の方へとぐいと押した。 そこに映っていたのは、純白のウェディングドレスに身を包んだ、見知らぬ誰かのような自分の姿。 繊細なレースが鎖骨のラインを縁取るオフショルダー。ふわりと空気を含んで広がるAラインのスカートには、無数の小花が散りばめられ、動くたびにさざ波のように揺れる。プロの手によって丁寧に編み込まれた髪の上には、照明を受けてキラキラと瞬くティアラが鎮座していた。「……私、本当にお嫁に行くんだね」 鏡の中の自分と目を合わせ、ぽつりと漏らす。 なんだか、足元がふわふわとして実感が湧かない。まるで、スクリーンの向こう側で繰り広げられる物語を、客席から眺めているような不思議な浮遊感がある。「何寝ぼけたこと言ってんのよ。ここまで来て夢オチでしたなんて言ったら、私が許さないからね」 乃亜が呆れたように笑い、私の肩にぽんと手を置いた。 その掌から伝わる確かな体温と重みに、ようやく少しだけ、ここが現実なのだという感覚が戻ってくる。 そう。今日は、私の結婚式だ。 あの日

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   第140話:最終決戦!ファン感謝祭⑧

    「……天王寺」「輝先輩」 二人の声色が、スッと真剣なものに変わる。 夕陽に照らされた彼らの表情は、オタクイベント帰りの浮かれたものではなく、一人の男としての顔をしていた。「……話がある」 奏くんが、静かに告げた。「ちょっと、付き合ってもらえますか」 陽翔くんが、ニヤリと笑う。 輝くんは、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに察したように頷いた。「……ああ。いいよ」 彼は私の手を離し、頭をポンと撫でた。「栞、ちょっと待っててくれるか?」「え? うん、いいけど……」 三人は私から少し離れた、広場の片隅へと歩いていく。 夕陽を背にして立つ三つのシルエット。 何か重要な話をしているようだけれど、ここからでは風に流されて声は聞こえない。 胸騒ぎがする。 でも、不思議と不安はなかった。 彼らの背中から漂う空気が、決して険悪なものではないと分かっていたからだ。 しばらくして、話が終わったのか、三人がこちらへ戻ってきた。 その表情は、どこか吹っ切れたような、清々しいものだった。「……終わったよ、栞」 輝くんが戻ってきて、再び私の手を取る。「何の話だったの?」「ん? ……男同士の、秘密の話」 彼は悪戯っぽく笑って、教えてくれなかった。 奏くんと陽翔くんを見ると、二人は何かを納得したように、満足げな顔でこちらを見ていた。「……月詠。俺は先に行く」 奏くんが、私に近づいてくる。 そして、そっと手を差し出した。「え?」「握手だ。……今日の記念に」 戸惑いながらも手を出すと、彼は私の手をギュッと強く握りしめた。 その手は意外なほど熱く、そして優しかった。「&hell

  • 攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~   第139話:最終決戦!ファン感謝祭⑦

    「……っ」 不意打ちの言葉。 ジーク様の名台詞にも負けないくらいの、威力抜群の「現実(リアル)」の響き。「輝くん……」「楽しそうだね、栞。……連れてきてくれて、ありがとう」 彼はそう言って、柔らかく微笑んだ。 その笑顔は、ステージ上のどのスポットライトよりも眩しくて、私の胸をいっぱいに満たした。「おい、リア充ども。ここ神聖な場所だぞ」 後ろから、陽翔くんが呆れたようにツッコミを入れる。 彼もまた、周りの熱気に圧倒されながらも、楽しそうに笑っていた。「先輩、鼻水出てますよ。はい、ティッシュ」「う、うるさいっ! これは感動の涙なの!」 ドラマが終わり、会場は割れんばかりの拍手喝采に包まれた。 スタンディングオベーション。 鳴り止まない「ありがとう」の声。 ステージ上の声優さんたちが深く一礼し、手を振る。 銀テープが舞い、フィナーレを彩る。 私は、輝くんの手を強く握り返した。 大好きな推しカプと、大好きな恋人。そして、大切な仲間たち。 すべてがここに揃っている。 胸の奥がじんわりと熱くなる。 私、今、世界で一番幸せかもしれない。 この瞬間の体温を、一生忘れない。そう心に刻み込んだ。 ◇ イベント終了後。 会場の外に出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。 冷たい風が、火照った頬に心地いい。祭りの後の寂しさと、充実した疲労感が入り混じる独特の空気だ。「ふぅ……。魂が浄化されましたわ」 エリカ様が、満足げに溜息をつく。 その顔は憑き物が落ちたように晴れやかで、いつもの棘々しさが嘘のようだ。「ええ。……最高のイベントでした」 奏くんも、眼鏡をかけ直し、満ち足りた表情をしている。「また、イベントがあったらご一緒しましょうね、同志よ」「はい!

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status