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出産という名の再会

Auteur: 雫石しま
last update Date de publication: 2026-06-07 08:41:55

瑞希は陣痛室で、激しい痛みに耐えていた。

脊髄が折れるかと思うほどの激痛が背骨を抉り、下半身へと熱い塊がゆっくりと降りてくる感覚が、まるで体の中を溶岩が流れているようだった。

汗が全身をびっしょりと濡らし、シーツが体に張り付く。

出産——女性としての最大の喜びを目の前にしながら、彼女はただただ怯えていた。

(生まれてくる子供が……真希に、私に似ていたらどうしよう)

双子という運命に翻弄された二人は、憎しみと赦しで別れを迎えたはずだった。

けれどそれは表面上のことで、瑞希は真希の最後の呪いの言葉に、今も身動きが取れなくなっていた。

智久に「疲れているんだよ」と言われても、心の底では納得できない。

陽翔に「まーま あかちゃん かわいいね」と微笑まれても、心から喜ぶことができない。

(真希に似ていたら……真希の生まれ変わりだったら……)

馬鹿げた妄想が、痛みの波の合間に何度も頭をよぎる。

真希の冷たい微笑み、勝ち誇った瞳が、瞼の裏に焼き付いている。

「ああっ!」

痛みの間隔が短く、強くなった。

瑞希は分娩台に上がった。

足を大きく開かされ、サイドバーを握る手に力が入らない。

足元がふら
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  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   出産という名の再会

    瑞希は陣痛室で、激しい痛みに耐えていた。脊髄が折れるかと思うほどの激痛が背骨を抉り、下半身へと熱い塊がゆっくりと降りてくる感覚が、まるで体の中を溶岩が流れているようだった。汗が全身をびっしょりと濡らし、シーツが体に張り付く。出産——女性としての最大の喜びを目の前にしながら、彼女はただただ怯えていた。(生まれてくる子供が……真希に、私に似ていたらどうしよう) 双子という運命に翻弄された二人は、憎しみと赦しで別れを迎えたはずだった。けれどそれは表面上のことで、瑞希は真希の最後の呪いの言葉に、今も身動きが取れなくなっていた。智久に「疲れているんだよ」と言われても、心の底では納得できない。陽翔に「まーま あかちゃん かわいいね」と微笑まれても、心から喜ぶことができない。(真希に似ていたら……真希の生まれ変わりだったら……) 馬鹿げた妄想が、痛みの波の合間に何度も頭をよぎる。真希の冷たい微笑み、勝ち誇った瞳が、瞼の裏に焼き付いている。「ああっ!」痛みの間隔が短く、強くなった。瑞希は分娩台に上がった。足を大きく開かされ、サイドバーを握る手に力が入らない。足元がふらつき、視界が白く霞む。「まーま がんばって!」 陽翔の小さな声が聞こえた。瑞希は力なく微笑み返したが、すぐに次の収縮が襲い、喉から獣のような叫びが漏れた。「岡部さん! 頑張って!」 助産師の励ましに、瑞希は必死で呼吸を整えた。息を吐き、吸い、いきむ。体が引き裂かれるような痛みの中、(……真希)という名が、意識の奥で繰り返される。「岡部さん、頭が見えていますよ! いきんで! 頑張って!」「ああああああっ!」 次の瞬間、体の奥底から全ての力を振り絞った。「おぎゃあ!」 元気な産声が、陣痛室に響き渡った。予想通り、女の子だった。助産師が赤ん坊の体を丁寧に拭き、へその緒を切り、瑞希の胸元にそっと置いてくれた。 顔を真っ赤にし、小さな手足を震わせて泣く我が子。その姿は、稀有なほどに整っていた。長い睫毛、形の良い小さな鼻、桜色の唇。濡れた黒髪が額に張り付き、産声の合間にわずかに目を開ける。その瞳は——琥珀色に近い、透明で深い光を宿していた。 瑞希は息を呑んだ。胸に抱かれた温もりが、愛おしさと恐怖を同時に呼び起こす。可愛い。あまりにも可愛い。でも、その顔

  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   真希の呪い

    寝室のベッドの上で、瑞希は浅い眠りからふと目を覚ました。枕元に、ぼんやりとした影が立っている。艶やかな黒髪が腰までまっすぐに伸び、暗闇の中でかすかに光を吸い込んでいる。目を凝らすと、その輪郭がはっきりと浮かび上がった。「……真希」 掠れた声が、夜の空気を震わせた。その影はゆっくりと振り返り、ニヤリと真っ赤な唇で弧を描いた。嘲るような、勝ち誇った笑み。次の瞬間、モヤのように溶けて消えた。「智久さん! 起きて! 真希が! 真希がいたの!」 瑞希は半狂乱になって、隣で寝ていた夫の背中を必死に揺り動かした。智久は重い瞼をこすりながら体を起こし、ベッドサイドのライトを点けた。柔らかな橙色の光が部屋を照らす。「……真希さんが、どうしたの?」 瑞希はやや半狂乱のまま、部屋の隅の暗がりを指差した。しかしそこには何もない。人の気配も、影の残像すら残っていない。真希は一年前に脳死宣告を受け、荼毘に付され、骨壺に入れられて墓に納められているはずだった。「瑞希、落ち着いて。深呼吸して」智久は枕元の紙袋を素早く渡し、背中をゆっくりと優しく摩った。声は穏やかだが、目には隠しきれない心配が浮かんでいる。「瑞希、真希ちゃんはもう死んだんだ。怯える必要はないよ」「……でも! でも! そこに真希が立っていたの! 笑ってた……私を嘲るように!」 その時、瑞希の大きく膨らんだ腹部に、鈍い痛みが走った。「……うっ」痛みは徐々に深くなり、波のように何度も繰り返す。彼女は顔を歪め、腹に両手を添えた。冷たい汗が額に浮かぶ。「瑞希! 陣痛か? 陣痛なのか?」 智久の声が緊張で上ずった。瑞希は眉間に深い皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべながら小さく頷いた。「……陣痛、だと思う。痛い……」 智久が背中を摩るその時、瑞希の腹部に突然、鉄の爪で引き裂かれるような激痛が襲った。子宮が波打つように収縮し、下腹部全体が引きつり、背骨の芯まで抉られる。息が詰まり、喉の奥から獣のようなうめき声が漏れた。「う……あぁっ……!」 痛みは一度で終わらず、波のように次から次へと押し寄せる。最初は鈍く重い圧迫感だったものが、瞬時に鋭い刃物に変わり、腰を折り曲げんばかりの力で体を締め上げる。汗が一気に噴き出し、シーツを濡らす。胎児が必死に出口を求めて蹴り上げるたび、骨盤

  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   台本のページから溢れる記憶

    瑞希は手元に届いた『私のすべて』の台本のページを、ゆっくりとめくった。指先がわずかに震える。そこに綴られていたのは、幼い頃の記憶——卯辰山の公園で満開の桜の樹に登ったこと。ざらざらした樹皮の感触、遠くに見下ろす港と豪華客船の汽笛。そして、地面に座った車椅子の真希と、それを優しく気遣う陸斗の姿。 健康な体に生まれた瑞希は、いつも「瑞希は強いから大丈夫」と言われ続けた。両親は彼女に真希の車椅子を押すよう命じ、公園の坂道を汗だくで押し上げさせた。その不条理さを、ありのままに綴った自叙伝は、同じように周囲の期待や「強さ」を押しつけられてきた多くの読者の心を掴んだ。ページをめくるたび、鮮明に蘇る辛く悲しい記憶の数々。真希だけが守られ、甘やかされ、陸斗の愛を独り占めにしてきた日々。瑞希の笑顔はいつも偽りで、心の奥では嫉妬と憎しみが渦巻いていた。「……瑞希、大丈夫か?」 智久が心配そうな目で彼女を見つめていた。いつの間にか、頰を熱い涙が伝っていた。台本の端が、涙で少し滲む。「やだ……どうして?」「やっぱり疲れているんだよ。陽翔と公園に遊びに行ってくるから、ゆっくり休んで」 智久は優しく彼女の肩を抱き、額に軽くキスを落とした。ひだまりのような、穏やかで包み込む愛情。瑞希は小さく頷き、「……ありがとう」と呟いた。彼は陽翔の手を引いて出かけて行き、リビングに静けさが戻る。 けれど智久の愛は、陸斗とのそれとはまるで違っていた。陸斗との愛は情熱的で、憎しみと嫉妬が渦巻き、刃のように鋭く胸を刺すものだった。真希を奪うための計算と、勝ち取った瞬間の勝利の味。智久の優しさは温かいけれど、どこか物足りなく感じる。胎内の女児が静かに動くのを感じ、瑞希は無意識に下腹を撫でた。 台本の次のページには、真希の最期と、瑞希が感じた「呪い」が記されていた。窓の外では春の風が桜の花弁を運んでくるようだった。卯辰山の記憶が、瑞希の胸の奥で再び疼き始めた。新たな命と、過去の影。どちらが勝つのか、まだわからない。

  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   卯辰山の桜並木

    映画『私のすべて』の撮影は、監督の突然の体調不良により、丸一年先送りとなった。瑞希にとっては複雑な胸の内だったが、相馬螢子にとっては予想外の猶予となった。交通事故の後遺症が心配された螢子は、豪華な病室から高級療養施設へと移り、ゆっくりと静養する日々を送ることができた。 デモリールコンペで主演女優の座を争うことになった。螢子ともう一人の女優——阪崎絢音。華やかで攻撃的な演技が武器の、螢子の長年のライバルだ。かつては舞台袖で火花を散らし、雑誌で互いの悪口を匂わせるような関係だったという。しかし今の螢子の心は、凪の海のように静かで穏やかだった。栄光も、競争も、すべてが遠い霧の向こうにある。記憶の空白が、彼女を不思議な無感情で包み込んでいた。 ただ一つ、夢の中で繰り返し出てくる桜の樹だけが、胸の奥をざわつかせた。港が見下ろせる公園。満開の桜の下で、車椅子の少女と少年の姿。毎朝目覚めると、指先にざらざらした樹皮の感触が残る。 ある午後、螢子はベッドに腰掛けたまま、佐々木公彦に尋ねた。「佐々木さん、港が見下ろせる公園……桜並木のあるところ、この街にどれくらいあると思う?」公彦はコーヒーカップを置いて軽く笑った。眼鏡の奥の目が優しく細まる。「俺に捜って? 冗談じゃないよ……もう少し具体的に言ってくれよ。港周辺だけでも何十か所あるぞ」 その瞬間、螢子の脳裏で霧が一瞬だけ晴れた。鮮やかな風景が、まるで昨日の記憶のように蘇る。桜のトンネル、風に舞う花弁、遠くに見える海と豪華客船の白いシルエット。そして、緩やかな坂道。「……卯辰山……そうよ、卯辰山の桜並木」 声に出した途端、胸の奥が熱くなった。地名が自然に唇を滑り落ち、懐かしさと切なさが同時に込み上げる。螢子は自分の口を押さえ、琥珀色の瞳を大きく見開いた。佐々木も表情を変え、身を乗り出した。「卯辰山……? お前、そんな場所知ってるのか?」 螢子はゆっくりと頷いた。足の違和感が、再び疼く。誰かの記憶が、自分の体の中に根を張り始めている気がした。八重咲きの芍薬が花瓶の中で静かに香り、病室の窓から差し込む午後の光が、彼女の横顔を優しく照らした。 退院したら、必ずあの桜並木に行こう——螢子は心に誓った。そこで待っているものが、自分の過去なのか、それとも別の誰かの人生の欠片なのか、

  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   生まれ変わり

    「智久さん……生まれ変わりって……信じる?」 瑞希は真剣な表情で夫の手を強く握った。夜の寝室に、薄いスタンドライトの橙色の光が落ちている。智久は書類から顔を上げ、驚いたように瞬いた。「何、突然……次の作品の設定?」「ううん。小説の話じゃないの……怖いの。このお腹の子が、真希の生まれ変わりのようで……夢にも見るの」智久は瑞希の手を優しく握り返し、もう片方の手で肩を抱き寄せた。温かい体温が伝わる。「疲れているんだ。ゆっくり休んで」 瑞希はその手を勢いよく振り払った。目が血走り、頰がこけている。「誤魔化さないで! だって夢にも見るんですもの! 生まれた赤ちゃんの顔が真希そっくりで! 真希が私に笑いかけるの! 『お姉ちゃん、許さない、呪ってやる』って!」彼女の声が震え、涙が溢れて頰を伝う。嗚咽が喉を締めつけ、肩が激しく上下した。智久は慌てて再び彼女を抱きしめ、背中をさすった。「顔は双子だから似るかもしれない。でもその子は、俺と瑞希の子供に変わりはない。血も、魂も、俺たちのものだ」 瑞希の慟哭は止まらなかった。腹部の膨らみに手を当て、恐怖と罪悪感が渦を巻く。真希の最後の微笑み、あの冷たい勝利の言葉が、毎夜のように夢に現れる。胎児の胎動すら、呪いの鼓動のように感じる瞬間があった。 出産を控えても、瑞希はその疑念に囚われ、不安定な日々を過ごした。陽翔に笑いかける機会は減り、以前のような明るい母親の顔は失われていった。やつれ果て、頰がこけ、目の下に隈が刻まれる。智久は毎晩、優しく抱きしめ、励ましの言葉をかけ続けたが、瑞希の心の闇は深くなるばかりだった。 そんなある日、瑞希が1年前に出版した自叙伝『私のすべて』の映画化が正式に決定した。友人の佐倉美咲がマネージメントを務め、敏腕プロデューサーとして奔走してくれていた。美咲は入退院を繰り返す瑞希の、病室や自宅を訪ねるたび、瑞希の手を取り、「これはあなたの物語よ。真希の影なんか、吹き飛ばしてしまいましょう」と力強く言った。 瑞希は窓辺で腹を撫でながら、遠い空を見つめた。新たな命と、過去の亡霊。映画化という光が、わずかに彼女の闇を照らすかもしれない。それでも、胎内の女児が蹴るたび、真希の笑顔が脳裏に浮かび、冷たい汗が背中を伝うのだった。

  • 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた   桜の樹

    螢子は浅い眠りの中にいた。幼い頃の思い出か、それとも……。 樹齢二十年ほどの満開の桜の樹。ざらざらとした幹の皮の感触を両手で強く掴み、枝を伝って登る。足を次の枝に掛け、空を仰ぐと、ヒバリが澄んだ声で鳴いていた。遠くには港が見え、豪華客船がゆっくりと離岸する汽笛が風に乗って響いてくる。「気をつけろよ!」一人の少年が下から声をかける。螢子は笑って「私は大丈夫!」と地上を見下ろした。 そこに、車椅子に座った自分と同じ顔の少女がいた。儚げに微笑み、春の風に髪を揺らしている。少年は少女の膝に丁寧にブランケットを掛け、冷えやすい足元を温めながら手を握った。「大丈夫か? お前は俺がいないと……」 優しい声。少年の指が、少女の細い指に絡まる。同じ顔、同じ声、同じ笑顔なのに、愛されるのは車椅子の少女だけ。螢子は桜の枝の上で、胸の奥が締めつけられるような悲しみと、残酷なほどの孤独を感じていた。なぜ私はここにいて、彼女はあそこにいるのか。同じ存在なのに、選ばれない痛みが、桜の花弁のように散っていく。「……はっ!」 螢子はベッドの上で飛び起き、羽枕を涙でぐっしょりと濡らしていた。息が荒く、胸が激しく上下する。あれは誰の記憶なのか。自分の過去か、それとも……別の誰かの人生が、頭の中に滑り込んできたような。 病室のドアが控えめにノックされ、佐々木公彦が入ってきた。腕に八重咲きの芍薬の花束を抱えている。淡いピンクと白が混ざり、ふんわりとした優しい香りが部屋に広がった。「お前がこんな地味な花が好きだとは知らなかったよ。ドラマの撮影現場で目にしたって言ってたよな」「……ありがとう。なんだか、気になって」 螢子は涙の跡を指で拭い、弱く微笑んだ。公彦は花瓶の水を替え、八重咲きの芍薬を丁寧に生けた。少し不格好だったが、豪華な病室の一角を柔らかく彩るのに十分だった。花弁の重みでわずかに首を垂れる様子が、なぜか胸に沁みた。 公彦はセカンドバッグから一冊の小説を取り出し、ベッドサイドに置いた。「次に狙っているのは、この映画だ。監督が直々に、何人かの女優にオファーを出している。クランクインは三ヶ月後……螢子、いけそうか?」 螢子は本の表紙に指を滑らせた。記憶の靄の中で、演技というものが遠く霞んでいる。足の違和感、頭の中の他人の記憶、そして今、

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