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打ち合わせ

Author: 雫石しま
last update publish date: 2026-04-23 08:44:53

新聞社の小さな会議室は、秋の柔らかな日差しが差し込む静かな空間だった。

瑞希はゆったりとしたマタニティワンピースにコートを羽織り、妊娠九ヶ月のお腹を優しく守るように座っていた。

美咲が隣に座り、軽く肩を叩いて励ましてくれる。

岡部智久はノートパソコンと録音ペンを丁寧に準備し、穏やかな笑顔で切り出した。

「今日はお時間をいただき、ありがとうございます。

瑞希さんのお気持ちを尊重しながら進めたいと思います。

まずは、タイトルについてですが……『新婚初夜、あなたは妹のベッドにいた 影の双子として生きてきた私の復讐と再生』でよろしいでしょうか?」

瑞希は静かに頷いた。

「それでいいと思います。

私は被害者として書くのではなく、『私が選んだ道』として書きたい。

痛みも、冷たさも、全部、自分の言葉で」

岡部は真剣な目でメモを取りながら、ゆっくりと質問を始めた。

「では、まずは幼少期からお聞きしたいのですが……

双子の姉として生まれて、『健康で強いから我慢しろ』と言われ続けた日々は、瑞希さんにとってどんな意味でしたか?」

瑞希は少し間を置いて、静かに語り始めた。

「三歳の頃から、真希の車椅子を押し
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    岡部が帰った後の夜、瑞希は一人、リビングのソファに深く腰を下ろしていた。テーブルの上には、まだ開いたままの小さな黒いケースが置かれている。プラチナのリングが、室内灯の柔らかな光を受けて静かに輝いていた。一粒の小さなダイヤモンドが、まるで未来を照らすように淡く光を散らしている。瑞希は両手でお腹を抱き、ゆっくりと息を吐いた。妊娠九ヶ月後半。胎動はもう毎日、力強く感じられる。この子が産まれるまで、あとわずか。(結婚……?私が、岡部さんと……?)頭の中がぐるぐると回る。陸斗の冷たい視線。結婚式で叩かれた頰の痛み。新婚初夜に一人で迎えた朝。真希の勝ち誇った微笑みと、半狂乱の罵倒。両親の「再婚しろ」という非現実的な執着。誰にも祝われなかった妊娠。孤独な夜に何度も襲ってきた「破水したらどうしよう」という恐怖。すべてが、瑞希の心に深い傷を刻んでいた。(私はもう、誰かを信じていいのだろうか……この子を守るだけで精一杯なのに……また傷つくんじゃないか……?)瑞希はケースをそっと手に取り、リングを見つめた。シンプルで、派手さのないデザイン。岡部らしい、控えめで誠実なリングだった。あの夜のことを思い出す。エコバッグを掲げて笑う岡部。つわりで苦しいときに作ってくれたおかゆ。原稿で辛くなった夜に、黙って隣に座ってくれていた温もり。「瑞希さんとこの子の物語を、ちゃんと見届けたい」そう言った真っ直ぐな目。彼は一度も、瑞希を「被害者」として扱わなかった。「強いから大丈夫」と無理を強いることもなく、ただ「瑞希さん」として見てくれていた。胎動が、優しく、力強く、お腹の中で動いた。瑞希はリングケースを胸に当て、目を閉じた。「……ごめんね。お母さんは、ずっと怖がっていたよ。また裏切られるんじゃないかって……誰かを信じるのが、怖かった……」涙が、一筋、頰を伝った。でも、今、この子がいる。そして、岡部という人がいる。瑞希はゆっくりと目を開け、リングを見つめた。「私は……もう、影の中で生きない。この子と一緒に、新しい人生を歩きたい。岡部さんとなら……きっと、できる」彼女はケースを閉じ、そっとテーブルの上に置いた。決意が、静かに胸に満ちていく。翌朝、瑞希はスマホを手に取った。瑞希岡部さん、昨夜はありがとうございました。少し時間をい

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