Share

第11話

Auteur: チビッコ
一方で、飛行機がゆっくりと南の小さな町の空港に着陸した。翠は窓の外の懐かしい景色を眺め、目頭がじんと熱くなった。

五年ぶりだった。蓮の家で暮らすようになってから、実家に帰ってきたのは数えるほどしかなかった。

そしていつも慌ただしく来ては帰り、疲れ果てた体を引きずっていた。

そう思いながら荷物を受け取って到着ロビーに出ると、人混みの中にいる両親がすぐに目に飛び込んできた。

母親の絵美はつま先立ちで周りを見渡し、父親の栗原隼人(くりはら はやと)はしきりに腕時計を見ていた。二人の顔には、はっきりと焦りの色が浮かんでいた。

「翠!」絵美が先に翠に気づき、泣きそうな声で駆け寄ってきた。

隼人もそのすぐ後ろを、少しよろめきながらついてきた。

絵美は翠をぎゅっと抱きしめ、その肩はあっという間に涙で濡れた。「翠、どうしてこんなに痩せちゃったの」震える手で娘の顔を撫でながら、「頬がこけてるじゃない」と言った。

隼人はそばに立ち、唇を震わせ、言葉を失っていた。

そして、娘の首筋にうっすらと浮かぶ痣に気づいた時、隼人はとうとう我慢できずに目を赤くした。「これはどうしたんだ?誰かに虐められ
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 春の約束は、まだ果たされず   第26話

    あれから数年が過ぎた、とある週末の午後。翠は庭でしゃがみこみ、歩き始めたばかりの娘に植木への水やりを優しく教えていた。小さな子はぷにぷにの手でジョウロを握りしめている。でも、ふらふらとよろけて水をこぼしてしまい、きゃっきゃっと楽しそうに笑った。「シチューがもうすぐできるよ!手を洗って、ごはんの準備しよう!」慎吾がエプロン姿のまま、フライ返しを手にキッチンから顔を出した。その時、翠のスマホが鳴った。それはずいぶん連絡を取っていない番号からだった。彼女は手をぱっぱっと払って電話に出た。「もしもし、どちら様ですか?」電話の相手は昔の同級生だった。どこか遠慮がちで、ため息まじりの声だ。「翠さん?久しぶり。あのさ、蓮さんのこと、何か聞いた?」翠は植木の葉っぱをかじろうとする娘をそっと抱き上げると、落ち着いた声で答えた。「ううん、なにも。どうかしたの?」「彼……亡くなったんだって。もう何年か前の話らしいんだけど、ビルから飛び降りたとか。あんなに順風満帆だった人が、どうしてかねぇ」電話の向こうの人は、藤原家の没落ぶりを立て続けに話した。蓮が皆に見捨てられ、どれだけ惨めな暮らしをしていたか、とか。翠は無表情のまま静かに耳を傾け、時々、「うん」と相槌を打つだけだった。小さな子が待ちきれなくなったのか、翠の足にまとわりついて、ぐずりながら抱っこをせがんだ。翠はスマホに向かって、淡々とした口調で言った。「そう、わかった。わざわざ教えてくれてありがとうね」「え?」同級生は彼女の反応が予想外のことだったらしく、一瞬言葉を失った。「それだけ?言うこととかないの?だって、あなたたち昔は――」「もう、ずっと昔のことだから」翠は相手の言葉をさえぎった。声は穏やかだ。「ごめん、娘がごはんって騒いでるから。また今度ね」彼女はあっさりと電話を切ると、スマホをぽいと脇に置いた。そして、ぷうっと頬をふくらませる娘をひょいと抱き上げ、鼻先を小さなほっぺにすり寄せた。「お腹すいたの?よし、パパのお料理上手に出来てるかどうか、見に行こうか!」ちょうど鍋を運んできた慎吾が、それを聞いて笑いながら言い返した。「ひどいなあ!俺の腕は確かだって!」そう言いながら彼はソファの上で一瞬光ってすぐ暗くなったスマホの画面に目をやり、何気なく尋ねた。「さっきの電話、

  • 春の約束は、まだ果たされず   第25話

    あれからしばらくした後、翠と慎吾の結婚式は行われた。式場で楽しそうな笑い声が、庭の方からかすかに聞こえてくるけど、離れているせいかどこか霞んだようにも聞こえた。蓮はそんな声を聞きながら、大きな木の陰に隠れて、その様子をこっそりと見ていた。今日の翠はとてもきれいだ。白いドレスは、シンプルで上品なデザインだった。派手なベールは着けていない。髪はすっきりとまとめられていた。隣に立つ慎吾は黒いスーツ姿で、彼女にずっと笑顔を向けているのだ。二人はそこに並んで立ち、司会者の言葉に耳を傾けていた。そして、指輪を交換した。それから慎吾はそっと身をかがめると、翠の額に優しくキスをした。翠もまた幸せそうに微笑んだ。その光景の一つ一つが、鋭い刃物のように、とっくに傷だらけだった蓮の心をさらにズタズタにしているようだった。蓮は翠との結婚式を、何度も思い描いていた。もっと盛大で豪華な式で、新婦はもちろん彼女のはずだった。それなのに今、翠はウエディングドレスを着て、別の男の隣で幸せそうに笑っている。「俺だって、翠にこうしてやれたはずなんだ」と、蓮はかすれた声で呟いた。だけど今の自分には、もう何も残されていないのだ。藤原家は自分を勘当し、全ての口座を凍結されてしまった。そして、自分に与えたものは全て取り上げられてしまったのだ。あれほど自分に取り入ろうとしていた人々も、今では手のひらを返したように自分を避けるようになった。樹のせいで自分の評判は地に落ち、もはや再起のチャンスなどどこにもないのだ。自分は、本当に全てを失ってしまった。今の自分に、翠を手に入れる資格なんてない。いや、そもそもここにいること自体、自分こそが、この清らかな幸せを汚している存在なのだろう。これ以上生きてても、もはやなんの意味もない。自分の存在自体が、翠を汚しているのだと思うと、蓮は自身の犯した罪を許せないでいたのだ。そう思いを巡らせていると、結婚行進曲が流れ始め、新郎新婦は家族や友人からの祝福を受け始めた。蓮は最後に、翠の姿を目に焼き付けた。そして、音を立てずにその場を離れた。彼はしばらく歩き続け、やがて高いビルの前にたどり着いた。エレベーターで最上階まで上がり、さらに階段を一つ上って、屋上へ続くドアを押し開けた。風が強く吹いて

  • 春の約束は、まだ果たされず   第24話

    だが、蓮は本当に気が狂ってしまったようだった。いや、翠が軽々しく口にした心無い一言が、彼にとっては呪文のようだった。それから蓮は彼女に会いに行くこともなく、しばらく姿を消した。彼はどこからか埃をかぶった古い電気治療器を見つけてきた。震える手で電極パッドを自分の腕に貼り付けながら、電流に撃たれて苦痛に痙攣していた翠の姿を思い出していた。そしてその思いを胸に蓮は目を閉じ、勢いよくスイッチを入れた。すると、「あぁぁっ――」激しく、言葉では言い表せない痺れるような痛みが全身を駆け巡った。筋肉は意思とは無関係に引きつり、歯はガチガチと鳴った。これでまだ一番弱いレベルだというのに。じゃあ、翠が耐えた痛みはどれほどのものだったのだろう?そう思いながら、蓮は次によろよろと冷凍庫の中へと入っていった。暗闇と、骨まで凍みるような寒さが、一瞬にして彼を飲み込んだ。そんな中時間だけが過ぎていた。だが、蓮は30分も経たないうちに、みっともなくそこから逃げ出した。ドアの外で倒れ込むと彼は荒い息を繰り返しながら、翠がどうやってあの長い夜を耐え抜いたのかを噛み締めた。そして、蓮はさらに、強力な媚薬を手に入れ、それを氷水に混ぜて一気に飲み干した。それから誰もいない部屋に閉じこもり、欲望が理性を焼き尽くす感覚と、巨大な空虚感と後悔に飲み込まれていった。心も体も引き裂かれるような苦しみに、彼は正気を失いかけるほどになっていた。そんな風に蓮は偏執的とも言えるほど、かつて翠に与えた苦しみを、一つ、また一つと自分自身で「体験」していった。痛みが頂点に達するたび、彼の脳裏には当時の翠の顔がはっきりと浮かび上がった。それは血の気のない、絶望に満ちた、どん底につきおとされた表情だった。こんなにも痛かったのか。自分は、翠にあんなにも残酷なことをしていたのか。蓮がその自己懲罰という地獄から這い出した時には、一層痩せこけて人相が変わってしまっていた。胸の刺青は、度重なる無茶と手入れ不足で炎症を起こしてただれており、見るからに無残だった。その時、彼のスマホが鳴った。彰人からだった。蓮は震える手で電話に出た。だが、彼が何か言う前に、電話の向こうから彰人の、怒りに満ちていながらも疲れきった声が聞こえてきた。「蓮!この役立たずめ!お前が何をし

  • 春の約束は、まだ果たされず   第23話

    蓮のつきまといは日に日にエスカレートしていった。翠にとって、取っても取り切れないほど、吐き気がする不快な存在だった。ある深夜、蓮はまたしても酔っ払って、彼女の家の前で待ち構えていた。翠は慎吾に送られて帰ってきた。そこには、またしても亡霊のように立っている蓮を見て彼女の我慢は、ついに限界に達した。翠は慎吾に先に帰ってもらい、冷たい顔で蓮の前に歩み寄った。「蓮、一体どうすれば私の前から消えてくれるの?」彼女の声は氷のように冷たかった。「警察を呼んで、数日間拘置所にでも入らないと分からない?」蓮は酔ってかすむ目で翠を見ると、まるで溺れる者が藁をも掴むように、よろめきながら近づいた。そして写真立てを彼女の胸に押し付けた。「翠、見てくれ、ほら。俺たち、昔はこんなに幸せだったじゃないか」翠は、その写真立てを荒々しく振り払った。蓮は、砕け散った写真を呆然と見つめた。そして、翠の冷たく嫌悪に満ちた顔を見た。その瞬間彼が必死に抑え込んできた過去の記憶が、崩れかけの理性と一緒に押し寄せてきた。彼は思い出した。光希からの電話一本で、ウエディングドレスの試着や、結婚指輪を選んでいる翠を、時には一緒に食事をしていた時の彼女を置き去りにしたこと。何度も結婚式を延期した挙句、「思いやりがない」「分かってくれない」と、逆に翠を責めたこと。光希のデタラメだらけの信じ込み、みんなの前で翠を「根性悪い」と罵ったこと。地獄のような「しつけ教室」に、自分の手で翠を送り込んだこと。彼女が誰よりも信頼を必要としていた時に、最も致命的な裏切りをしたこと。さらに、彼は翠が高熱で生死の境をさまよっていた時も思い出した。自分は、体調不良のふりをする光希をなだめるため、医師を全員光希のところに行かせ翠を一人ほったらかしにしたのだ。最後に彼は冷凍庫の中に放り込まれた時翠が見せたあの絶望しきった、生気のない瞳。「うっ……」そんな想いに駆られ蓮は急に胃の中がひっくり返るような吐き気に襲われ、かがみこんだ。アルコールと、後悔と苦しみがごちゃ混ぜになって、彼は体の中が焼き尽くされるような思いだった。そして、彼は激しくえずき、涙が堰を切ったように溢れ出した。「俺は、なんてことをしたんだ」蓮はガラスの破片の上にひざまずいた。鋭いガラスで膝は切れて血が滲んだが、彼は全く痛み

  • 春の約束は、まだ果たされず   第22話

    蓮の「アプローチ」は、大げさで、みっともない自虐行為と化していた。朝八時。蓮は冷たい朝の空気をまとって、予約が三日前から必要な高級レストランの紙袋を手に、マンションの入り口をじっと見つめていた。翠はラフなスポーツウェア姿でジョギングに出てきた。彼を見かけても足を止めることなく、まるで存在しないかのように、別の方向へと曲がっていった。「翠!」蓮は慌てて追いかけ、朝食を差し出した。彼の声は徹夜明けでかすれ、おそるおそる語りかけるようだった。「君は以前、このレストランの朝食が一番好きだったね。すごく並んだんだぞ」翠はその袋を一瞥すらせず、蓮がまるで透明人間であるかのように、そのまま走り去ってしまった。紙袋を持った蓮の手は、宙に浮いて固まったままだった。そして、翠の後ろ姿が朝霧の中に消えていくのを見つめるうち、彼の瞳から光が少しずつ消えていった。高価な朝食が入ったその袋は、結局ゴミ箱に捨てられた。蓮は翠の定期検診の日時を調べて、慎吾の診察室の前で待っていた。翠が出てくると、彼はすぐに駆け寄り、瑞々しく咲き誇る白いバラの大きな花束を差し出した。「翠、検査はどうだった?喉の調子は?」蓮はできるだけ優しく自然に聞こえるように努めたが、その声には緊張と媚びるような響きが隠せなかった。翠は眉をひそめた。口を開く前に慎吾が診察室から出てくると、ごく自然に彼女の肩を抱いた。そして穏やかだが有無を言わせぬ口調で言った。「藤原さん。ここは病院です。俺の患者にちょっかいださないでください」そして、彼は翠に視線を落として尋ねた。「お腹すいた?母がご飯を作って家で待ってるよ」翠は慎吾を見上げた。蓮に向けていた氷のような表情は一瞬で溶け、目立たないながらも、その眼差しは和らいでいた。そして小さく「うん」と頷いた。自分がどんなに渇望しても得られない穏やかな表情を、翠が他の男に見せるのを見ていた。無視されたバラの花束を見つめ、蓮は指が白くなるほど強く握りしめていた。週末、翠と慎吾はギャラリーで並んで絵を眺めていた。そこに突然、蓮がビロードの小箱を手にしながら現れた。「翠、君はこの画家の作品が好きだっただろう」そう言って彼は箱を開けた。中には、目の前の絵画をモチーフにした、高価なダイヤモンドのネックレスが入っていた。「これを買ったんだ。君にしか似

  • 春の約束は、まだ果たされず   第21話

    ほどなくして、連行された警察署で「一体、何があったんですか?」年配の警察が、机をコンコンと叩きながら事務的に尋ねた。蓮は息を深く吸い込んで、目つきの険しさをぐっと抑えた。いつもの威圧的な冷たい口調で、「誤解です。家庭内のもめ事ですから、自分たちで解決します」と言った。警察はちらりと​彼を見てから、さらに翠の手首の赤い痕と蓮の額の傷を交互に見比べた。すると、警察はためらった。これはどう見ても、ただの「家庭内のもめ事」には見えなかったからだ。すると翠が口を開いた。「これは家庭内のもめ事なんかじゃありません。この藤原さんに、道で無理やり連れ去られそうになったんです。拘束されて、怖い思いをさせられました」そう言いながら翠は手首を上げ、掴まれた痛々しい赤い跡を見せた。「ここにいる私の婚約者が証人です」そして、「婚約者」という言葉を、彼女はわざと強く言った。そう言われ、慎吾はすっと前に出て、翠をかばうように自分の後ろに立たせた。そして、きっぱりとした口調で言った。「その通り、俺が証人です。藤原さんの行動は、俺の婚約者の身に危険を及ぼすものです。法に則った対応してください」立て続けに言われたその「婚約者」という言葉が、蓮にはどうも耳障りだった。彼は慎吾に強く握られている翠の手をじっと見つめた。そして、その光景に胸をチクリとさされたようで、理性を失ってしまいそうになった。かつて、彼女は自分とだけ、こんな風に頼るようにして手を握っていたのだ。そう思うと、激しい怒りと、骨の髄まで染みわたる嫉妬が、一気に彼の頭に突き抜けた。蓮は翠を睨みつけ、​歯を食いしばって言う。「翠、わざとやってるのか?医者なんかを連れてきて、俺を怒らせるつもりか?こんなことで俺から逃げられるとでも思ってるのか?」翠は蓮に視線を向けることすらせず、ただ警察に向かって繰り返した。「法律に従った手続きをお願いします」蓮の厄介そうな身分と、頑なな態度の翠たちとの間で板挟みになった警察は困り果てた。結局彼はため息をつき、蓮に小声でささやいた。「藤原さん、ご覧の通り……この方はどうしても譲らないようで、それにこの怪我もはっきりしています。まずは謝って、話し合いで解決されてはいかがでしょうか?」蓮の胸が激しく上下した。自分を完全に無視する翠を見て、彼は歯を食いしばり、喉の奥から

  • 春の約束は、まだ果たされず   第12話

    一方で、蓮は狂ったように、街中を探し回った。まず翠と同棲していたマンションへ向かった。指紋認証は変えられていなかったが、部屋の中はがらんとしていた。そして、翠のスリッパは玄関にきちんと揃えてあったが、クローゼットには蓮の服しか残っていなかった。ドレッサーの上の化粧品も、きれいさっぱりなくなっていた。寝室に駆け込むと、ベッドサイドに置いてあった二人の写真まで消えていた。そこには、フォトフレームの跡がうっすらと残っているだけだった。「翠?」蓮がらんとした部屋で翠の名前を呼んでみるが、返ってくるのは虚しい反響だけだった。次に、翠が一番好きだったあの書店へ向かった。店員によると

  • 春の約束は、まだ果たされず   第15話

    「お兄さん?なんでこんなところに?ここ、すごく暗い」光希は床に倒れ込み、怯えた様子でガラクタだらけの薄暗い部屋を見回した。蓮は印刷した調査報告書を、彼女の顔めがけて叩きつけた。紙は床一面に散らばった。「見ろ!君のしでかしたことを、その目でよく見ろ!」光希はドアの隙間から差し込む光を頼りに、紙の内容を確かめた。途端に彼女の顔は血の気がなく、真っ青だった。「嘘よ!全部でっち上げ!翠さんが私を陥れたのよ!お兄さん、信じちゃだめ!」「黙れ!」蓮は乱暴に光希の顎を掴み、殺気立つほどの目で睨みつけた。「この期に及んでまだ嘘をつく気か!今の自分の姿を見てみろ。子供の頃の純粋さなんて微塵もない

  • 春の約束は、まだ果たされず   第20話

    その後、翠と慎吾は老舗の和お菓子屋へ立ち寄った。出てきた時、彼女は焼きたてのアーモンドクッキーの箱を手に持っていた。そして慎吾が「明日はもっと美味しいスイーツの店に連れて行ってあげるよ」と笑いかけると、翠も楽しそうに微笑み返した。その時、人混みの中から突然一つの影が飛び出し、まっすぐ彼女に向かってきた。翠は相手が誰かを見る間もなく、ものすごい力で引き寄せられ、硬く、そして記憶の中でよく知っている胸に強く叩きつけられた。その胸はタバコのきつい匂いを漂わせながら、どこか落ちぶれたような雰囲気だった。きつく締め付けられて翠は痛みを感じて、手に持ったお菓子の箱をぱさりと落としてしまい、クッ

  • 春の約束は、まだ果たされず   第13話

    しばらくして、蓮の車が実家の門の前で急ブレーキをかけて止まった。執事はすでに門の前で待っており、険しい顔で言った。「蓮様、大旦那様が、すぐに先祖代々が祭られているお部屋へいらっしゃってくださいとおっしゃってます」言われた通り中に入ると屋敷の空気は、息が詰まるほど重かった。見慣れた廊下を渡りながら、蓮の手のひらは冷や汗でびっしょりだった。部屋の扉は大きく開かれていた。中には家族一同が黒山の人だかりを作っていて、その中央では光希が震えながらひざまずいていた。「この馬鹿者が!さっさと来い!」藤原彰人(ふじわら あきと)は持っていた杖を、床に強く叩きつけた。蓮は、すかさず光希の隣に

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status