تسجيل الدخول財界の頂点に君臨する名門に嫁いで十年目、榊原晩夏(さかきばら ばんか)は末期がんと診断された。 病院でひとしきり泣いた直後、夫・榊原研(さかきばら けん)から電話がかかってきた。 どこか気のない声だった。「白金中央通りのカフェだ。あの子の写真は携帯に送った。四千万以内で片付けてくれ」 結婚して十年。 研は九十九回も不倫をした。――そして、これが百回目。 彼は言った。 上流社会の男なんて皆そうだ。愛人の一人や二人、誰にだっている、と。 晩夏は、自分は名門の妻としての役割をきちんと果たせると思っていた。 だが、研が妊娠中の愛人を家族の席へ連れて来て、平然と離婚を切り出した瞬間―― 晩夏の心は、刃で切り裂かれたように痛んだ。 それでも、彼を手放すことができなかった。 必死に気丈を装い、言い放つ。「……死んでも離婚しない」 だがその直後、背を向けて泣き崩れ、すべてを失ったような心で―― 自ら、十日後の遠野原での自然葬を予約した。
عرض المزيد研は震える手でカメラを受け取り、再生ボタンを押した。画面の中に映った晩夏の姿を、渇くような目で見つめる。彼女は痩せ細ってはいるが、穏やかな笑みを浮かべている。その表情には優しさがあり、かつて自分に向けていた嫌悪の色は微塵も感じられなかった。晩夏はキャンプチェアに腰掛け、遠くの雪山を眺めている。時折水を一口飲み、智香と静かに言葉を交わしていた。智香がふと尋ねる。「……研に、最後に会ってお別れしたくない?」晩夏は少し考えるように俯き、数秒後、再び山を見つめた。そして静かに言った。「……必要ないわ。彼とは、もう何も話すことがない。二度と会う必要もない」その一言は――まるで激しい衝撃となって、研の心を打ち砕いた。彼はふと、ある言葉を思い出した。――「いつの間にか、私たちは多くの人と、この人生での最後の再会を終えてしまっている」痛みに耐えきれず、そっとしゃがみ込む。智香は薄く笑い、彼の横を通り過ぎた。「そんな芝居はやめなさい。晩夏ちゃんが死んでも、あなたは何も失っていない。莫大な財産もあるし、これからも好きに生きられる。こういう動画なら、まだいくらでもあるわ。欲しければ、お金で買えばいい」研は力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。こんなはずじゃなかった。ここ数日、彼は必死に以前の生活へ戻ろうとしていた。自分に言い聞かせていた。どれほど愛していても、晩夏はもう死んだ。もう全てが終わりだ。自分には使いきれないほどの金がある。彼女に似た若い女はいくらでもいる。生きている間は大切にせず、死んでから取り乱すような滑稽な男になるな。これは現実だ。映画ではない。だが――どうしても駄目だった。目を閉じれば、晩夏が現れる。影のようにつきまとう。研は長い間その場に座り込み、やがて立ち上がった。カメラを胸に強く抱きしめ、静かに庭を後にした。彼は再び、晩夏が還った自然葬の祭壇へ向かった。表情には抑えきれない狂気が浮かんでいる。だが手つきだけは優しく、足元の石壇を撫でた。あの日、ここに横たわっていた晩夏の姿を思い描く。そよ風が吹く。遠くの寺から、歌のように響く祈りの声が聞こえてきた。研はふっと微笑んだ。「……晩夏、そんなに急がないでくれ。少しだけ……待っていてくれないか」
「あなたが希望を持たせたからよ……でなければ、そんなことをする勇気なんてなかった……お願い、これまでのことは私が悪かった……許して、助けて……」研の目は、血の涙を流すかのように真っ赤に染まっていた。だが彼は何も言わず、振り返ることもなく面会室を後にした。……一週間後。研は一人で郊外の老人ホームを訪れた。老朽化した荒れた建物。雑草に覆われ、野良猫が徘徊する中庭。強烈な悪臭が充満する部屋の中で、研は隆宗と対面した。ほんの数か月前まで贅沢な生活を送っていた男は、今では排泄物にまみれ、褥瘡だらけの体を横たえた、手足に重い障害を負った老人となっていた。研の姿を見た瞬間、隆宗はベッドの上で罵り声を上げた。「お前は人でなしだ!ろくな死に方はしない、地獄に落ちろ!お前なんか連れ戻すんじゃなかった!恩知らずめ!榊原家を任せてやったのに、この仕打ちか!死ね、死ね!」研は口元を押さえ、露骨に嫌悪を浮かべた。「騒ぐな。少しは体力を残しておけ。今日は最後の挨拶に来た。一緒に地獄へ行こうじゃないか」隆宗の顔色が青ざめた。「何をする気だ……まさかわしを殺すつもりか?殺人は犯罪だぞ!お前は刑務所に入るのが怖くないのか!」痩せこけた研の顔に、笑みが浮かんだ。「その通りだ。死ぬことすら怖くない人間がさ、殺人を恐れると思うか?お前を生かしておくわけにはいかない。もし俺がいなくなった後、お前がまた榊原家に戻って悠々自適に暮らすようなことになれば……俺は安らかに眠れない」隆宗の表情に恐怖が広がる。「気でも狂ったのか!まだ若いのに、なぜ死のうとする!確かに過去に過ちはあった。だがもう終わったことだ!この老いぼれのために、自分の人生まで捨てる必要があるのか!海外に個人資産がある!全部お前にやる、すべてだ!」研は突然笑い出した。長く笑い続け、やがて涙が滲んだ。ふと、晩夏に離婚を迫った日のことを思い出した。――サインさえすれば、金でも株でも家でも何でもやる。知らぬ間に、俺もこの男と同じ人間になっていたのか。あのときの晩夏も、きっと俺のことを、吐き気がするほど醜く、滑稽だと思っていたのだろう。研は涙を拭い、一本の瓶を取り出した。「一番苦しむ死に方を調べた。その結果、お前にはこれを選んだ――パラコートだ。口を開け
研の体は本能的に生を求め、無意識のうちに、水中から顔を引き上げた。床一面にこぼれた水の中へ倒れ込み、激しく咳き込み続ける。やがて、血を吐き出した。内臓が軋むように痛む。頬を涙が伝っていた。「晩夏……そんなに俺を憎んでいるのか……?もう一度だけでも……会うことさえ許してくれないのか……」……それから十日間、研は一歩も屋敷の外へ出なかった。秘書に命じて毎日酒を運び込ませ、各地から高額で「専門家」たちを招かせる以外、研は何もする気力を持てなかった。この数日間、仏教から道教まで、ありとあらゆる手を尽くした。だが誰一人として、魂を引き裂かれるほど想い続けてきたあの面影を、もう一度見せてはくれなかった。昼も夜も痛みに苛まれ、眠れなければ酒に頼り、目覚めてもまた酒を飲む。それでも晩夏は、夢の中にすら現れなかった。そして今日、秘書に連れられて晩月がやって来た。研の意識はまだ朦朧としていたが、晩月の目には痛ましさが浮かんでいた。ほんのしばらく会わなかっただけで、研はまるで別人のようにやつれていた。だが彼女は何も聞かなかった。十年という歳月を経た今、二人の間にあるのは、かつての淡い記憶だけだった。「助けてくれてありがとう。今日京北市を離れたら、もう戻らないかもしれない。だから……別れを告げに来たの」研は静かに頷いた。しばらく無言が続いたあと、晩月が尋ねる。「そういえば……晩夏の姿が見えないけど?」その名が、沈みきっていた研の意識を揺り起こした。研の表情がわずかに震える。「……まだ伝えていなかったな。晩夏は……亡くなった。一か月前だ。末期がんだった」晩月の表情が一瞬止まり、次の瞬間、涙が頬を伝い落ちた。彼女はずっと、晩夏が研と結婚したことで、自分を避けているのだと思っていた。まさか――そんなことになっていたとは。「……どこに葬られたの?」「遠野原だ。自然葬で、あの地へ還った」晩月は涙に濡れたまま、長く研を見つめた。そして背を向けて歩き出す。しばらく歩いたところで、ふと立ち止まった。「研……あなたは昔から晩夏が嫌いだった。暗いとか、冷たいとか、いつも言っていたわね。でもね、あなたが私を好きだと言った理由――雨の日、白いワンピースを着て交通事故に遭った子猫を助け
「十年前の事件は……偶然なんかじゃありません。あれは……おじい様が……」秘書はそれ以上言葉を続けなかった。資料を一気に読み終えた研は、点滴の針を乱暴に引き抜き、そのままベッドを降りていた。止める間もなく、研は脳震盪の眩暈に耐えながら病室を出ていった。秘書はその場で小さくため息をつき、慌てて後を追った。……榊原家本家。隆宗がちょうど箸を取ろうとした瞬間、入ってきた研がテーブルの上の食器を払い落とした。皿が割れ、料理が床に散らばる。隆宗はテーブルを叩き、怒鳴った。「研、気でも狂ったか!」研は冷たい目で睨み返す。「十年前の事件……おじい様が関わっていたんですね?」隆宗は眉をひそめ、しばらく考え込んだ後、ようやく何のことか理解した。そして鼻で笑う。「借金を踏み倒したのは、お前の母親という卑しい女だ。わしに何の関係があるというのだ?わしはただ、情報を流しただけだ。借りた金を返すのは当然だろう?」研の目は血走っていた。「あの程度の借金、榊原家にとっては塵ほどの額だ。それでも追い詰める必要があったのですか?」「ふん」隆宗は軽蔑を込めて笑った。「わしはお前のためを思ってやったんだ。スラム街で男に弄ばれるような母親がいる人間が、榊原家を率いる立場に相応しいと思うか?それに江口家の姉妹も同じだ。どちらも低俗な出自だ。一人だけ逃げ延びたせいで、お前の足を引っ張ることになった。京北市には名門の令嬢がいくらでもいるというのに、わざわざゴミの中から選ぶとは。本当に救いようがない」「俺のため?」研は低く笑った。「幼い頃、俺がスラム街で生きていたとき、おじい様は一度でも俺を見に来ましたか?榊原家の『優秀な後継者』が全員死んだから、ようやく俺を思い出しただけだろう。おじい様は老後の世話をする人間が欲しかっただけだ。それを『俺のため』と言うのですか?」隆宗は言い返す気も失い、立ち上がろうとした。だが研のボディガードたちが、すでに隆宗を取り囲んでいた。「研……何をするつもりだ?誰かいないのか?使用人はどこへ行った!」研の口元に嘲笑が浮かぶ。「死んではいませんよ。ただ、全員眠ってもらいました。何をするか、ですか?おじい様には死んでもらいたい。ただし……あまり楽には死なせない。両手両足を失って、老人ホ