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第6話

作者: チビッコ
冷凍庫のドアが乱暴に蹴破られると、中では翠が凍えて意識を失っていた。

眩しい光の中に、蓮の大きな影が立ちはだかる。彼は革靴のつま先で丸まる翠の体を軽く突き、「自分が何をしたか、分かったか?」と冷たく言った。

翠のまつ毛についた氷の粒が、パラパラと落ちた。彼女はゆっくりと、やっとのことで頷いた。

蓮は満足そうに屈むと、翠を抱き上げた。しかし、手のひらに伝わる肌の熱さに、一瞬動きを止め、「君はまだ薬が効いているのか?」と訊ねた。

後ろについてきていた医師が、おそるおそる口を開いた。「飲まされた薬と低体温症が重なって……体が温まると、血の巡りがよくなり、薬の効果がさらに強まってしまいます」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、翠は寝室の大きなベッドに投げ込まれた。

蓮はネクタイを緩めながら彼女に覆いかぶさる。そして熱い息を耳元に吹きかけながら、「俺が楽にしてやる」と囁いた。

翠はありったけの力で彼を突き放した。

「嫌だと?」突き飛ばされてよろめいた蓮は、途端に鋭い目つきになる。「いいだろう」彼はドアを乱暴に閉めて出ていく前に、医師に向かって冷たく言った。「鎮静剤を打って、ここで死ななければそれでいい」

夜、翠は廊下の物陰に立っていた。

寝室のドアの隙間から漏れる暖かい光。その中で、蓮はベッドの上で膝をつき、光希の写真を握りしめながら、苦しそうに喘いでいた。

「光希、光希」

彼の手の動きは、喘ぎ声とともにどんどん速くなっていく。

翠は静かにその様子を見ていた。心が痛すぎて限界を超えると、人は本当に何も感じなくなるのだと、彼女はその時初めて知った。

「お兄さん」

突然、肌が透けるようなネグリジェを着た光希が部屋に飛び込んできた。

翠はとっさに角を曲がって身を隠す。中からは、衣擦れの音が聞こえてきた。

「私はいいの」光希は泣きじゃくりながら言った。「お兄さんが私のことを好きなのは知ってる。結婚式に私が出なかったのは、他の人のものになるあなたを見たくなかったからよ」

「黙れ!」蓮はしゃがれた声で彼女を突き放した。「俺たちは兄妹だ」

「血は繋がってないじゃない!」

何かがベッドに倒れ込む鈍い音がして、蓮の抑えのきかない低い声が聞こえた。「今回だけだ。次、俺と翠の結婚式には必ず出てくれ。もう彼女を裏切れない」

ベッドが壁に激しく打ち付けられる音が響く中、翠はスマホを構えた。

高画質のカメラが、絡み合う二人の体を正確に捉えた。光希の紅潮した顔が、まっすぐこちらを向いていた。そして、情欲に歪む蓮の表情もはっきりと見えた。

そして翠は、連絡先リストの一番下にあった番号を選んだ。

【西村社長、少し興味深いお取引ありますがいかがですか?】

【蓮を社会的に抹殺するチャンスを、提供させてもらいます】

【条件は、腕のいい喉の専門先生を見つけてくださることです】

すると、相手からはすぐに返信があった。【明日の午前10時、華央病院で会いましょう】

翠はスマホの画面を消すと、部屋のドアを最後にもう一度だけ見た。

翌日、翠は診察室に座っていた。そして西村樹(にしむら いつき)が連れてきたベテラン医師が、ちょうど彼女の口から器具を抜き取るところだった。

医師は眉をひそめて首を横に振りながら言った。「声帯の神経がかなり傷ついていますが、まだ助かる見込みはあります」

窓際に寄りかかっていた樹が、ニヤリと笑った。「さあ、次は君が約束を果たす番ですね」

翠はうつむいてスマホに文字を打ち込むと、その画面を彼に向けた。

そこには、ベッドで絡み合う蓮と光希の姿が、はっきりと写っていた。

樹は眉を上げた。「みんな君が一途だと言ってたが、本当ですね。ここまで我慢して、最後の最後で切り札を繰り出すなんて」

翠は黙ってうつむいた。自分が馬鹿だったのだ。もっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのに。

突然、診察室のドアが開けられた。

凍てつくようなオーラを放ちながら、蓮が部屋に飛び込んできた。彼は樹の姿を見ると、その視線を急に冷たくして言った。「なぜあなたがここに……」

翠はとっさにスマホをロックし、顔を上げて蓮を見た。

彼の表情には見慣れた心配の色が浮かんでいた。だが今の翠の目には、それが皮肉にしか映らなかった。

「帰るぞ」蓮が彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、手首の包帯に触れたところで一瞬ためらい、少し声を和らげた。「俺がやりすぎたのは分かってる。だが、光希は俺の妹だ。あの子を巻き込むようなことはするな」

翠は勢いよくその手を振り払うと、嘲るように口の端を上げた。

帰りの車の中、蓮はハンドルを強く握りしめた。「今夜のオークションに、伝説の薬草が出るらしい。声が出なくなる症状に効くそうだ」

彼は横目で翠を見ながら、「必ず君のために競り落とす」と言った。

翠は窓の外を見つめたまま、静かに頷いた。

しかし夜になり、オークション会場の隅に立っていた翠は、蓮が光希の腕を組んで入場してくるのを見て、やはり胸がずきりと痛んだ。

「お兄さん、あのブルーダイヤモンドのネックレス、すっごくきれい!」光希が蓮の袖を引いておねだりした。

蓮はためらうことなく札を上げた。「6000万円」

「あの真珠のイヤリングも素敵!」

「1億円」

蓮が光希のために次々と大金を投じるのを見て、翠はなんだか可笑しくなってきた。

なぜ自分は、今頃になってようやく目が覚めたんだろう。本当に馬鹿みたいだ。
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