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7話. 鍼医の不敵な警告

Author: 6jay
last update publish date: 2026-10-13 12:58:00

嵐が通り過ぎた部屋の中には、情事を物語る濃密な栗の花の匂いと、荒い吐息だけが静かに漂っていた。道真は蓮花の膝に額を埋めたまま、全身を小刻みに震わせていた。白玉のようだった頬は涙と涎で無残に汚れ、端正だった髷は解けて乱れ散っていた。

「はぁ……はっ……うっ……」

名門武家の誇りも、礼参奉行の威厳も、一握りの灰となって吹き飛んだ無様な姿であった。蓮花は自身の膝の上ですすり泣く道真の背を、まるで乳飲み子をあやすかのように優しくトントンと叩いた。その手慣れた、どこかからかうような手つきに、道真はぞっとしながらも、彼女の温もりにすがっている己自身がたまらなく惨めだった。

蓮花は濡れ手拭いで指や袖にこびりついた白濁の熱液を拭い取りながら、低く口を開いた。

「若様、こんな真似も今日でおしまいにいたしましょう。このままでは到底やりきれませぬ」

道真は赤く腫らした目を持ち上げ、蓮花を見上げた。その涼やかだった切れ長の瞳は、今や恐怖と不安に激しく揺れていた。

「お、おしまいとはどういう意味だ……まさか、私を見捨てる気か?」

「見捨てるのではなく、状況をよくお考えなさい。今日、城の執務室で何が起きましたか?」

道真の顔色が生白く凍りついた。

蓮花は道真の反応を見て、フッと冷ややかな笑みを漏らした。

「患部を触れば分かります。すでに昼のあいだに一度激しく発作を起こし、破裂寸前までいかれたご様子。装束を着たままで無理やり押し込めていらしたのでしょう?」

「そ、それは……」

「毎晩こうして深川の裏長屋まで隠れ忍んで来られるのも、せいぜい一日二日のことですよ。夜回りの辻番に見咎められでもしたら、名門久世家の当主が毎夜、色町でもない裏長屋の引き戸を爪で掻いておられるなどというおぞましい噂が、たちまち城中に広まります」

道真の喉が焼けるように渇ききった。生涯かけて磨き上げた学問と清廉潔白な名声が、たった一夜の醜聞で泥溝に叩き落とされる危機だった。

「それだけは……断じてならぬ。我が久世家の名誉と、私の命が……」

「名誉よりも命が先決です。昼間の執務中に突然発作が起きたら、どうなさるおつもりですか? 大広間で上様や老中、役人方が居並ぶ前で、袴を突き破って魔物が暴れ狂ったらどうなさるのです?」

蓮花の厳しい詰問に、道真の心臓はドキンと音を立てて冷え切った。想像するだけでも全身の血が凍りつく、おぞましい破滅の光景だった。上様の御前で羽織を突き破り、淫魔の剛直がのたうち回った瞬間、弾劾はおろか不敬罪と破廉恥罪で打ち首獄門を免れぬのは明白であった。

「な、ならば……私にどうしろと言うのだ? 針も効かず、ただそなたの手技だけが通じるのであろう!」

道真はすすり泣きながら、蓮花の裾にすがりついた。すっかり泣き虫の小僧と化した高潔なお奉行様を見下ろす蓮花の丸い瞳の奥に、抜け目のない光が宿った。

「私が若様のそばに、四六時中張り付いているより他ありますまい」

「な、何だと……?」

「いつどこで発作を起こすか分からぬ化け物なのです。危急のたびに人目を忍ぶ場所へお連れし、即座に陽気を搾り取れる人間が間近にいなければ、白昼の惨事を防ぎようがございません」

「そなたが……私のそばに常に侍るだと? 年頃の生娘が、名門武家の屋敷へ一体どんな名分で入り込むというのだ!」

蓮花は言葉を切り、道真が頭を巡らせる隙を与えた。防ぐべきは噂だけではなかった。道真もその真意を察したように、戸口を睨んでいた視線を落とした。

「……では、昼間に呼んでもすぐに来られるというのか?」

「そのために申し上げておるのですよ」

蓮花は顎をツンと上げ、ふてぶてしく微笑んだ。

「名分など、どうとでも作れましょう。大身の久世家に、鍼術と手技療法に長けた『お抱え鍼医』のひとりやふたり雇い入れるのが、何をそんなに難しゅうございましょうか。ご高齢の大奥様の腰痛を治療するという口実も立ちますしね」

道真の瞳が激しく揺れ動いた。賤しい鍼医の娘を自邸に引き入れるなど家中の法度に反することであったが、生き残るためにはこの破天荒な提案を呑むより他になかった。男は生唾をごくりと呑み込み、蓮花の差配を待つように、静かに、重々しく首を縦に振った。

武士の面目よりも、生き延びることが先決であった。

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