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第7話

Author: ブタキツネ
道中、二人は一言も交わさず、まるで赤の他人のようだった。

赤信号が青に変わるのを待って、克成はアクセルを踏み込んだ。「寺で何をするんだ?」

「お祈りよ」明里は静かに答えた。

克成はさらに問う。「誰のために?」

明里は顔を上げ、バックミラー越しに克成の表情を見つめた。

彼に尋ねたかった。本当に、あの夜のことを覚えていないだろうか。

そして、自分たちの子どものことを、何とも思っていないのか。

「克成、まだ覚えている?数ヶ月前、ロイヤルホテルでのこと」

克成は眉を寄せた。もちろん覚えていた。

あの日、彼を招いたのは小さな業者で、先輩から紹介状をもらわなければ参加できないようなパーティーだった。

案の定、会場で誰かに薬を盛られ、その日、陽葵と関係を持ってしまった。その責任を取るつもりで、彼は婚約者の変更を申し出たのだ。

だが、なぜ今、その話を持ち出す?

「あの日の婚約破棄は、俺の個人的な事情だ。お前には関係ない。だから気にしなくて……」

言いかけたところで、克成の携帯が鳴った。

陽葵が設定した、特別な着信音だった。

一度鳴っただけで、克成はすぐ電話に出た。

「克成さん、今忙しい?少し来てほしいの……チワワに引っ掻かれちゃって。ごめんなさい、私、何をやってもダメね。いつも克成さんに迷惑かけてばかりで……」

甘えたような、弱々しい声が電話から漏れた。

克成は無意識に明里へ視線を向けた。

「克成、私にも言いたいことがあるの。聞いてくれる?」

明里はお守りを握る手に、じわりと力を込めた。

克成は不機嫌そうに眉をひそめる。「また今度だ。陽葵が怪我したと言ってる」

「……分かったわ」

その瞬間、明里の心は音もなく冷え切り、死んだようになった。

明里はそれ以上詮索せず、静かにドアを開け、車を降りた。

その潔さに、克成は少しばかり戸惑いを覚えた。

今回は何かが決定的に違う。

明里が、本当に自分の世界から消えてしまいそうな気がした。

その感情を、克成は言葉にできなかった。

なぜ急にあの日のことを出したのか――問いただしたかったのに、喉まで出かかった千の言葉は、結局「すまない」の一言に変わった。

黒い車が向きを変えるように大きく切り返し、砂埃がふわりと舞い上がった。

その埃が静かに落ちる頃には、すでに明里の姿はなかった。

平安寺は街の外れにあり、克成が明里を降ろした場所はタクシーさえ呼べないような場所だった。

明里は歩いて平安寺へ向かった。

線香を供え終え、お守りを取り出そうとした瞬間、明里は凍りついた。

お守りが――消えていた。

道中、一度も取り出していないと断言できる。

道にも落ちてはいない。

となれば、克成の車の中だ。

それは、まだ顔も知らぬ我が子のためにできる、唯一の祈りだった。

明里は何度も電話をかけた。

しかし、あの日の拉致の時と同じように、どれほど試しても繋がらない。

陽葵が、時雨家で怪我をしたらしいと言っていたことを思い出す。

明里は急いでタクシーをつかまえ、運転手にチップを渡し続け、一刻も早く時雨家へ着くよう願った。

「克成、車のキーを貸して。私の――」

庭門を押し開けた瞬間、明里の足は止まった。

陽葵がしゃがみ込み、犬をからかっている。その手にあるおもちゃ――それこそが、明里が子供のために縫い上げたお守りだった。

「お姉ちゃん、帰ってきたんだ」

陽葵は顔を上げ、挑発するような笑みを浮かべた。

あのお守りの意味を、陽葵が知らないはずがない。

「返して」

明里は震える手を伸ばした。

「ただのおもちゃでしょ。お姉ちゃん、何をそんなにピリピリしてるの?

まさかこの御守り、どこの私生児のために祈ったの?だって、お姉ちゃん、犯人に二週間も弄ばれたんでしょ?まさか犯人の子供まで妊娠してるんじゃない?」

言葉の後半、陽葵の声はひどく低く抑えられていた。

明里が駆け寄ったその瞬間、陽葵はわざと手を放した。子犬が御守りに噛みつき、激しく頭を左右に振って食いちぎった。

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