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暗殺騎士と弾丸⑨

Author: 当麻月菜
last update Last Updated: 2025-11-14 21:23:32

「エルベルトさん、助けに来てくれた時、私のことツグミって言ったよね」

「……」

 黙秘権を行使しているエルベルトだが、思いっきりしまったと顔に出ている。

「えっと……誤魔化してるつもりかもしれないけど、バレバレだよ?」

「……」

 なおも黙り続けるエルベルトに、ツグミはもう一度、問いかける。

「説明してくれる?エルベルトさん。どうして、私の本当の名前を知っているの?」

 エルベルトの顔を覗き込めば、すっと目を逸らされた。それでもツグミは辛抱強く待つ。

「……何言ってんだ、お前?」

「いやいやいやいやっ、エルベルトさん!とぼけ方、下手くそか!」

 思わずツグミが突っ込みを入れたツグミは、状況も忘れて呆れてしまった。

「なんか意外。さっきまでのクールなエルベルトさんはどこ行ったの?……あはっ」

 思わず笑い声を漏らしてしまったツグミに、エルベルトはギロリと睨みつける。

 そして、ああ、とか、ううっ、とか言葉にならないうめき声を吐いた後、ぼそぼそと何かを呟いた。

「…………の……に、決まってるだろ……」

「え?何?聞こえないよ」

 エルベルトの言葉は小さすぎて、一番大事なところが聞こえない。

 じれったい気持ちから、ツグミは猫がすり寄るようにエルベルトに身体を近づける。その時、エルベルトは我慢できないといった感じで、ソファの肘置きを強く叩いた。

「お前のことを覚えてるからに決まってるだろ!」

「それはわかってる!だから、なんで覚えてるのかって訊いているの!」

 逆ギレしたエルベルトに、ツグミもカッとなって大声を出す。しかし返ってきたのは、沈黙だった。

 でもエルベルトの表情を見たら、言えない理由が何となくわかった。

 だからツグミは、あえて自分から言葉にする。

「……私のせいなんでしょ?」

 その言葉に、エルベルトの眉がピクリとはねた。

 たったそれだけの仕草で、ツグミは理解してしまった。エルベルトは戦争が終わってから、暗殺者になった。ツグミが、原因で。

「ごめん、私がエルベルトさんに面倒事を押し付けちゃったんだよね」

「……」

 うなだれるツグミに、エルベルトは、否定も肯定もしない。でも、何も言わないのは、「そうだ」と言っているようなものだ。

 忘却魔法を発動する時、ツグミはいきなり聖女の存在が消えたら、どうなるんだろうっていう不安を抱えていた。でも、誰かが何とかして
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