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第5話

Author: 桃ちゃん
夜の七時。

夜風が吹きすさぶ中、一台の黒いセダンが鈴夏母子の前に止まった。

冷たい風の中、鈴夏は柚乃をぎゅっと抱き締める。

車から降りてきた翔の顔を見た瞬間、胸を突き動かされ、思わず駆け寄った。

「翔さん、もしかして、鑑定の結果が出たんですか?」

光也が翔に頼んで会いに来たのだ。きっと結果が出たに違いない。光也が最も信頼する親友である翔なら、経緯も知っているはずだ。

鈴夏は一筋の希望の光を見た気がした。

全身の血が熱くなるような感覚があった。

結果が出れば、柚乃が光也の実の娘だと証明される。

自分が死んだ後も、この子が一人ぼっちになることはない。

深い安堵と想いがあふれ、気づかぬうちに涙がこみ上げていた。抑えようとしても、抑えきれなかった。

熱い雫が、柚乃の額に落ちる。

柚乃は顔を上げ、小さな手でママの涙を拭ってやった。長い睫毛の下の大きな瞳が、心配そうに揺れている。

「ママ、どうして泣いてる?悲しいの?」

「違うよ」鈴夏は首を振り、もう一度柚乃の額に深くキスをした。「ママは嬉しくて泣いてるの。嬉しいんだよ!」

その時、車のドアを開けようとしていた翔の動きが、ふと止まった。

手をドアから離し、冬の風に髪を乱された母子をじっと見つめる。寄り添い合う大小二つの背中があまりに痛々しく、胸が締めつけられる。

「鈴夏、鑑定の結果ってどういうことだ?」

悲しみと喜びの入り混じった涙を見れば、ただごとではないとわかる。

視線が、鈴夏の腕の中の柚乃に落ちた。

「まさか……柚乃が本当に光也の娘なのか?」

この話は、鈴夏が妊娠していた頃に、光也とすでに一度ひどく揉めていた。あの時の光也は、子どもが自分の子だとどうしても認めようとしなかった。

翔は何度も光也を諭した。雅司との癒着を示す証拠がすべて鈴夏を指していたとしても、彼女の恋人なのだから最後まで信じてやれと。しかし、光也には届かなかった。

鈴夏が涙をためながら頷くのを見て、翔は深く嘆息した。

風が強く吹きつけて、母子の影がいっそう細く揺れる。

翔は急いでドアを大きく引き開け、風よけにしながら言った。「乗ってから話そう」

車内で、翔はどう口火を切ればいいかわからなかった。

光也と鈴夏のすべてを、翔は隣で見てきたのだ。

聞けば、彼女の古傷を抉ることになる。聞かなければ、この二人のことが心配でならない。おまけに今、光也は実奈と結婚しようとしている。

翔が黙っていれば、後部座席の鈴夏も黙っていた。

いつの間にか眠り込んだ柚乃を、鈴夏はずっと腕の中に大事に抱いていた。

その寝顔を見つめながら、鈴夏の胸にさまざまな思いが交差する。光也はこの子を可愛がってくれるだろうか。ママのいない日々、柚乃はきっと寂しいだろう。でも、パパがそばにいてくれるなら。

車が高級料亭・鼎栄楼の前に停まったのは、気づかないうちだった。

運転席から翔が振り返り、静かに聞いた。

「鈴夏、これだけ長い間、光也に連絡もしなかったのに、どうして急に?何かあったのか?」

腕の中の柚乃はまだ眠っている。

鈴夏はさまざまな痛みをこらえながら、ゆっくりと口を開いた。

「翔さん、私、癌になったんです。末期です。柚乃を光也に任せるしか、方法がなくて」

その声には、生気がなかった。顔色と同じように、どこか土気色を帯びていた。

翔の頭の中が、真っ白になった。全身から力が抜け落ちていくような感覚があった。

鈴夏は翔より一つ年下だ。小さい頃からずっと見てきた。

まだ二十九歳だというのに。

こんなに若いのに。

だから五年前より痩せ細って、顔色も悪かったのか。

「そんな……」

声が微かに震えていた。翔はまだ信じられなかった。

何かを言おうとした時、光也からの電話が鳴り響いた。

着信画面を見て、翔の手が止まった。通話ボタンを押す動作まで、どこかぎこちなかった。

電話越しの光也の声は、ひどく冷たかった。「もう迎えたか」

五分後。

鈴夏は眠りから覚めた柚乃の手を引いて、料亭の奥にある個室「芙蓉の間」に入った。

井山家と小野寺家の専用個室だ。

五年前、鈴夏はここの常連だった。二つの家に慶事があった時だけ使われる、特別な場所だった。

なぜ光也がここへ呼んだのか。

個室の扉が開いた。

待ち構えていたのは仲居ではなく、光也だった。鈴夏と柚乃を見た瞬間、その顔は氷のように固まった。

視線が鈴夏の上に一瞬とどまる。その目に宿るのは、冷たさを通り越した、深い嫌悪。

あまりにも露骨だった。気づかないはずがない。

胸がざわりと騒いだ。周囲の空気まで重く沈んで、息をするのが辛かった。

鈴夏はそっと口を開いた。「小野寺さん……」

「入れ」光也は最後まで聞かずに踵を返した。

残された鈴夏と翔が、互いに目を見合わせた。

強烈な予感があった。光也は鑑定結果に、ひどく不満を抱いている。

柚乃を連れて突然現れて、彼と実奈の幸せを壊してしまったから?

でも五日前、もし柚乃が自分の娘なら謝ると言っていた。

いったいどういうことなのか。

鈴夏は柚乃の手を握ったまま、不安を抱えて個室に入った。

中にいた十数人の視線が、一斉にこちらへ向いた。

鈴夏母子の姿を見て、実奈を除く全員が驚きに顔を強ばらせた。

「鈴夏?」

「鈴夏ちゃん?」

井山家、小野寺家、双方の顔が揃っていた。父・泰弘、兄の井山滉一(いのやま こういち)、そして実奈の母、小宮千恵美(こみや ちえみ)の姿も。

鈴夏は礼儀正しく会釈した。「泰弘さん、滉一さん、お久しぶりです」

千恵美のことは、存在しないかのように振る舞った。

泰弘への養育の恩は、今も忘れていない。しかし千恵美は、亡くなった母の親友でありながら、母の妊娠中に泰弘と関係を持ち、鈴夏と数ヶ月しか違わない実奈を産んだ女だった。

悪いのは泰弘のはずなのに、千恵美の入れ知恵で、泰弘は死んだ妻が浮気をしていたと思い込まされていた。

鈴夏が泰弘を恨んでいるのは、親子鑑定の結果を持ち出して実子でないと告げたからではない。亡き母に対する裏切りを、恨んでいたのだ。

柚乃はその時、たくさんの人の顔を見て、長い睫毛の下に怯えの影を落とした。

「ママ、この人たち、誰?」

「怖くないよ。ここにいるおじいちゃんたちが誰か、家に帰ってからゆっくり教えてあげる。今はみんなにご挨拶して」

しゃがんで柚乃の頭を優しく撫でた。その手から、穏やかで、でも揺るぎない力が伝わった。

柚乃はこくりと頷いて、部屋にいる全員を見渡した。

「おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、こんにちは。あたし、柚乃っていいます!」

礼儀正しく、よく通る声だった。

愛らしいその子を見て、泰弘の胸がふっと和らいだ。

二十一年間育てた娘だ、血がつながっていなくても。あの頃どれだけ苦しみ、煩悶したとしても、彼はやはり鈴夏を娘のように思っていた。

この愛らしい小さな女の子は、たとえどこの子であっても、井山家の孫には違いない。

鈴夏の幼い頃にそっくりな柚乃の顔を見ていると、いろいろな記憶がよみがえってきて、泰弘の目はさらに細くなった。

「柚乃ちゃん、おいで。おじいちゃんのところへ」

おじいちゃん?

柚乃は小首を傾け、鈴夏をちらりと見た。あたしにもおじいちゃんがいたんだと、その目が言っていた。

それから泰弘は複雑な眼差しで鈴夏を見た。「鈴夏、出所してから、どうして家に帰ってこなかったんだ」

帰ってこなかったのではない。

あの機密漏洩事件で刑務所に送られた時、泰弘は縁を切ると言ったのだ。

あの時の言葉は、今でも耳に焼きついている。

――鈴夏、お前はどうせ母親が作った厄介者だ。恩知らずの飼い犬め。これから先、たとえ野垂れ死にしようと、井山家とは一切関係ない。

縁を切ると言われたことを、恨んではいない。

恨むのは、長年妻一筋で再婚もしなかったはずの彼が、実は母が難産で苦しむ遥か前から、すでに千恵美と関係を持っていたことだ。あの愛妻家の姿は、すべて嘘だった。

鈴夏は込み上げるものを抑えて、静かに言った。

「泰弘さん、縁を切ると言ったのはあなたです。野垂れ死にしても井山家とは関係ないと」

隣の千恵美が口を挟んだ。「鈴夏ちゃん、お父さんのことをまだ根に持ってるの?あの時は売り言葉に買い言葉だったのよ。あなたがこんなに遠回りをして、お父さんがどれだけ心配していたか、わかってる?」

泰弘は娘に冷たくされた痛みをこらえながら、長く息を吐いた。「千恵美、もういい。話しても、わかりはしない」

鈴夏はそれ以上何も言わなかった。

過去のいきさつは、もうどうでもよかった。悔しくても、苦しくても、すべて終わったことだ。

今の自分に残された時間で、柚乃の行く末をどうするか、それだけが大事だった。

今度は実奈のそばに立つ光也に目を向けた。「小野寺さん、今日ここへ呼んだのは、大事な話があるからですよね?」

光也は書類フォルダーを手に持ち、テーブルから立ち上がると、鈴夏をじっと見据えた。

細くか弱く見えるその姿が、光也の額に怒りの青筋を浮かばせた。

口元に冷たい笑みが浮かぶ。

「鈴夏、鑑定結果が知りたいか?今すぐ教えてやる」

フォルダーから鑑定書を抜き取ると、力任せに鈴夏の顔へ投げつけた。

ばさばさと、紙が一枚一枚散り落ちる。

薄い紙の縁が、鈴夏の頬を鋭く切り裂いた。

傍にいた柚乃にも紙の束がぶつかり、驚いてびくっと体を縮めた。

頬の痛みも気にせず、鈴夏は咄嗟にしゃがんで柚乃を抱き込んだ。

傷口から血が滲んでいた。柚乃がそっと拭いてくれた。

鈴夏には痛みすら感じられなかった。

床に散らばった鑑定書。

最後の一行が、目に飛び込んできた。

【遺伝子座位分析の結果に基づき、小野寺光也が井山柚乃の生物学的父親であることを否定する】
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