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第4話

Auteur: 桃ちゃん
自分の言葉など、もはや何の意味も持たなかった。

もし本当に自分が大切な存在であったなら、五年前、彼が井山泰弘(いのやま やすひろ)と結託して自分を刑務所に送り込んだりするはずがなかった。

「小野寺さん、私の言いたいことは変わりません。あなたの今の生活を乱すつもりは全くないし、鑑定結果がどうであれ、あなたと実奈の関係を壊そうなんて思っていません。ただ、柚乃のことを少しだけ助けていただけたら、それだけでいいんです」

他人行儀なその声が、鈴夏と光也の間に、はっきりと冷たい境界線を引いた。

光也はそれを鋭く感じ取った。「鈴夏、俺を恨んでいるのか?」

「…………」

鈴夏は静かに、深く息を吸い込んだ。

過去の記憶が胸に押し寄せる。その痛みを心の奥底に押し込めて、「過ぎたことは、もういいんです……」と呟いた。

疎遠な、それでもかすかな哀願を帯びた声で続ける。「ただ、鑑定結果を早く教えていただけると助かります」

「…………」光也は何と返していいかわからなかった。

しばらくの沈黙の後、スマホを取り出す。「連絡先を交換しよう。後で何かあった時のために」

しかし鈴夏は、スマホを取り出そうとはしなかった。光也が画面に表示したQRコードをちらりと見て、淡々と言い放つ。「結構です。結果が出たら、翔さんに伝えてください」

出所したあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。

二歳の柚乃を抱えて、街に立ち尽くした。一文無しで、頼れる場所もなく、帰る家もなかった。

光也を頼って訪ねて行けば、彼はとうにどこかへ引っ越していて、彼女の連絡先はすべてブロックされていたのだ。

翔を通じて残された荷物が返され、ただ一言だけ伝言があった。

――鈴夏、光也はもうお前に会いたくないそうだ。これ以上追いかけてくるな。

あの時、翔はたくさん慰めてくれた。でも何も耳には入らなかった。ブロックされ、完全に拒絶されたという事実だけが、頭の中で冷たくこだましていた。

あの時すでに断ち切られた縁を、今さら繋ぎ直す必要などない。

ちょうどその頃、園児たちが続々と帰り始めていた。まだ迎えの来ていない子たちが、まばらに残っている。

鈴夏は柚乃を呼び寄せた。「もう園が閉まる時間だから。小野寺さん、先に失礼します」

柚乃の小さな手を引きながら、そっと娘を見下ろした。

柚乃は空気を察したように、光也に向かってぱっと手を振った。「おじさん、またね!あたし、ママと帰るね」

「柚乃、またな!」光也は複雑な思いを抱えながら手を振り返した。

その目に名残惜しさをにじませ、まだ何か言い足りないことがあるようだったが、二人の背中はもう遠ざかっていた。

二人の後ろ姿を、光也はいつまでも目で追った。

見えなくなった時、胸にぽっかり穴が開いたようだった。

校門を出ると、鈴夏は使い古した電動自転車にまたがった。

前乗せシートに座った柚乃が、ふいに振り返った。

「ママ、あたしわかるよ。さっきのおじさん、本当はパパでしょ」

「どうしてわかったの?」鈴夏は一瞬頭が真っ白になり、安全のために自転車を止めた。

振り返った娘の顔を見つめ、どう答えていいかわからない。結局、「あの人が教えてくれたの?」と聞き返した。

柚乃はまっすぐ見上げたまま、ふるふると首を横に振った。その顔に喜びは微塵もなかった。

「違う、教えてくれてない。でもわかったの。あたし、あの人のことあんまり好きじゃない。でもママ、ちゃんとお利口にするから心配しないで。ママがそばにいてくれるなら、ほかのことは全部どうでもいいの」

その最後の一言が、鈴夏の胸に痛いほど深く刺さった。再び動き出した電動自転車のスピードは、ひどくゆっくりだった。

……

光也にとって、一番信頼できる人間は幼馴染みの翔だった。

しかしこの件だけは慎重を期し、翔には頼まなかった。自ら柚乃と自分の髪の毛を持って、鑑定機関へ足を運んだ。誰にも言わずに。

結果が出るまでの五日間は、五年のように長く感じられた。

待つ間、光也の心は激しくざわめき続けた。天気までが荒れ模様だった。二日続けて、東南から荒れ狂う強風が吹き荒れていた。

海沿いの街の冬、吹き付ける海風は刃物のように冷たく肌を刺す。

夜の九時過ぎ、鈴夏はまだ娘を連れて外でアルバイトをしていた。

この数年、娘に付きっきりだったため、まともな仕事には就けなかった。子連れを受け入れてくれる職場など、どこにもない。

医科大学も三年で中退したため、学歴もない。さらに、刑事記録まで残っている。

それでも幼い頃から惜しみなく注ぎ込まれた教育のおかげで、作曲もでき、ピアノも弾けた。高級クラブや料亭でのアルバイト演奏で、なんとか生計を立てていた。

音楽のセンスがあり、腕も確かだったため、時給数千円の報酬になることもあった。運が良ければ、演奏を聴いた客からチップをもらえることもあった。

反対に、運が悪い夜は、美しい見た目に目をつけた男がしつこく絡んでくることもあった。連絡先を要求され、帰り道で待ち伏せをする輩まで現れた。

そんな不安定な暮らしだから、職場はしょっちゅう変わっていた。それでも、柚乃をそばに置いておけることだけが、唯一の救いだった。

その夜、恰幅のいい眼鏡をかけた男が、長い間鈴夏の演奏を聴いた後、帰り道で二人の前に立ちふさがった。

暗い夜道。鈴夏は咄嗟に柚乃をきつく抱き締めた。

またあの手の面倒事かと身構えたが、男は一枚の名刺を差し出した。「井山さん、怖がらないでください。村瀬製薬の者です。冬木市に戻られたと伺い、ぜひお話を」

五年前、鈴夏は井山、小野寺、村瀬の三社を巻き込む機密漏洩事件の渦中にいた。最も信じていた父と、最も愛していた人が、冤罪かどうかも確かめぬまま彼女を刑務所に送り込んだのだ。

もう二度と、あの黒い渦中に戻りたくなかった。

彼女はきっぱりと断った。

それから二日間、男は毎日現れては食い下がった。鈴夏が頑として首を縦に振らないでいると、三日目にはついに姿を見せなくなった。

冬木市に東南風が吹き始めてから、五日が経った。

五日目、風はいっそう強くなり、光也はどうにも心が落ち着かなかった。

小野寺製薬の執務室にいた彼の元に、昼過ぎ、鑑定機関から電話が入った。

「小野寺様でいらっしゃいますか。ご依頼いただいた鑑定の結果が出ました。ご来所いただくか、郵送も可能ですが」

窓の外では海風が荒れ狂い、光也の胸の中も激しく揺れていた。

立ち上がったのは一瞬だった。上着を手に取ることも忘れ、スマホを握ったまま、足早に部屋を出る。

「今から取りに行く」
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