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第7話
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月は一人しか照らさない 第10話
私がシステムと話しているうちに、錦治はすでに炎に押さえつけられ、身動きが取れなくなっている。「炎、人殺しはしないで」私の言葉を聞くと、炎は「うん」と短く返事をしたが、それでも手を離そうとしなかった。「じゃあ警察に連れていこう。ストーカーで訴える」私は身をかがめて言った。「少し話すから、あっちで待ってて」炎は拒もうとしたが、私の態度があまりに固いので、しぶしぶ手を放した。彼が離れると、錦治はすぐに私のズボンの裾をつかんだ。「俺が悪かった。ごめん、頼むから一緒に帰ってくれ。必ず君を大事にするかれ。足を洗って、もう二度と君を危険にさらさないから！」錦治の声は早口だった。まるで、私がまた彼から離れてしまうのを恐れているかのように。私は、あの鋭さがまったく消えた彼の目を見つめ、疑問を込めて尋ねた。「あなたは私を愛していないし、私を嫌っていた。死んでほしいとまで思っていたのに、なぜ今さら私を連れて帰りたいの？あなたの彼女がまた危険にあって、私に身代りになってほしいから？」私の問いに、錦治の顔は苦しみに満ちている。「違う……君がいなくなって初めて気づいた。すべては百恵の仕業だったんだ。俺は毎回、最初に君を助けるよう命じていたのに、彼女はわざと二時間遅らせていた。君を殺すために……でももう大丈夫だ。俺はもう彼女を片づけた。二度と君を傷つけないから！」かつて百恵に向けられていた彼の優しさを思い出すと、私は滑稽で仕方がない。彼の愛なんて、こんなにも安っぽいのか。簡単に片づけられるものだったのか。「あなたは私を愛してるの？」「秋乃、愛してる。気づくのが遅すぎただけなんだ……お願いだ、もう一度チャンスをくれ。一緒に帰ってくれ、償わせてくれ、君なしじゃ生きられない……それに、俺たちの子供……あの時君が妊娠してたなんて知らなかった。本当にごめん……」私は淡々と笑っている。「私も昔はあなたを愛してた。温井の身代りになるほどに。任務が終わっても離れないで、一生あなたのそばにいたいと思うほどに。でもあなたは私の愛を裏切った。あなたは私を殺した。だから私はあなたを憎んでいる」月明かりの下、彼の目は真っ赤に充血し、次に口を開いたとき涙がこぼれ落ちた。「ごめん、本当にごめん……」私は体を起こし、彼の悔恨に満ちた
月は一人しか照らさない 第9話
私はシステムの言う「任務」を、悪人の教師になることだと思っていた。後になって分かったのは、「任務」というのは、悪人の家に時間制の家政婦として入り、彼が悪事をしないよう見張ることだ。この日は週末で、悪人の鈴木炎（すずき ほのお）は家でビデオ会議をしている。相手の会社に自社のプロジェクトを奪われた話になると、彼が真っ先に考えた対策は、「相手の社長が飼っている黒猫を盗ませろ」というものだ。私は掃除の途中で、思わず吹き出してしまった。すると、背後の会議の声が突然途切れた。私が不思議に思っていると、箒が取り上げられた。振り返ると、炎が腰をかがめて掃除しており、視線の端でこっそり私を見ている。「やっと笑ったな。うちに来てもう一か月になるけど、毎日仏頂面で、まるで俺が給料を払っていないみたいじゃないか。俺は君の雇い主だけど、もし何か不満があるなら言ってくれよ。話せば気が晴れるかもしれない」掃除を終えた彼は、最後にじっと私を見てから会議に戻っていった。私は彼が真剣な顔に戻るのを見ながら、心の中でシステムに尋ねた。「ねえ、これって本当に悪人なの？」「どうでしょうね。恋愛小説で主人公たちの進展を邪魔するような者というのは、悪人だと思いますが？」システムの声はどこか心許なく、私は苦笑した。「前の世界で任務に失敗したのは、私の力不足だった。責めてはいないよ」「でも、あの世界を選んだのはこの私ですから、償わなければなりません」システムは一瞬黙り、それから続けた。「あなたが抹消された後、須崎錦治は狂いました」私は息をのんだ。「最後の一時間に、彼はあなたの妊娠検査票を見つけました。その罪悪感で、彼は記憶の制限を突破しました。他の人は皆あなたを忘れたのに、彼だけはあなたの存在を覚えており、世界中を探し回っています。今、その世界は彼の狂気のせいで急速に崩壊しています。あなたが戻らない限り、完全に消滅してしまうでしょう。戻りますか？」呆然としていると、炎が近づき、私の仕事用エプロンを外して目の前でひらひらさせた。「何考えてた？お腹すいた。一緒に食べに行こう」私は我に返ってうなずいた。一方、心の中では私はこう言った。「いいえ、あの世界で一度も善意を感じたことがない。だから誰のために戻るべきか思いつかないよ」
月は一人しか照らさない 第8話
あの時の秋乃はこう言った。「須崎さん、おばあさんの治療費を助けてくださってありがとうございます。お礼として、私が温井さんの身代りになります」だが三年後の今日、彼が二千万円の治療費を払って助けたはずの彼女の祖母も、跡形もなく消えている。錦治は黙ったまま、心身ともに疲れ切った様子で二階へと上がっていった。寝室の前を通りかかったとき、不意に百恵の声が耳に届いた。扉一枚隔てたその声は、以前の天真爛漫さとは違い、濃い陰険さと毒々しさを帯びている。「復讐心が一番強い仇敵を探して、この女の住所を送って。錦治が助けに行く前に教えて。私が彼を引きつけるから、あなたたちは二、三時間遅れて現れればいい。役立たず！聞かれなければ余計なことは言うな！この女はもう送り返したってだけで十分なの！」ドアノブにかけている錦治の指先が、一瞬にして冷え切った。「死んだって構わないわ！むしろ死んだ方がいい。錦治にすり寄ろうとした罰よ……」「ガンッ」百恵の罵声は、唐突に途切れた。振り返った彼女の眉間には、一丁の銃口がまっすぐ向けられている。これまで錦治は、百恵を単純で素直な少女だと思い込んでいた。だから決して彼女の前で拳を振るうことも、銃を見せることもなかった。だが今日になって初めて、自分の誤りがあまりにも大きかったことを知った。ヤクザの大物の傍らで五年間も過ごした女が、本当に純粋なはずがない。「お前がわざと二時間も遅らせたんだな！彼女を誘拐した連中を、お前が導いたんだ！毎回わざと電話をかけて俺を引き離していたのも！最初から彼女を殺すつもりだったんだ！」銃口を前にし、平静を保てる者などいない。百恵は一瞬でその場に崩れ落ち、目を見開いたまま必死に媚びた。「錦治、やめて……私、私が一時の気の迷いだったの！間違えたわ……これが初めてなの……今すぐ電話して計画を取り消させる！」錦治の胸は大きく上下し、三年間の記憶が蘇った。秋乃が誘拐されるたび、彼は確かに一番に駆けつけたはずだった。だが、いつも百恵のせいでその場を離れる羽目になった。その二時間の間に、彼女はいったいどれほどの傷を負い、どれほど失望を味わったのだろう。「錦治、本当に悪かったわ。私を見捨てないで……これが本当に初めてなの。今まで誰も害したことなんてなか
月は一人しか照らさない 第7話
「きっと俺に腹を立てたんだ」彼は独り言のように呟き、すぐに手下に電話をかけた。電話が繋がると、コートを掴んで飛び出しながら訊ねた。「彼女、怪我してないか？どの病院だ？すぐに行く」手下は戸惑った声で答えた。「兄貴、誰のこと？」彼は怒りに任せて叫んだ。「誰だと思う！秋乃だ！」「アキノって、誰？」錦治は元の別荘へ猛スピードで車を走らせた。そこは明かりに照らされている。庭の中には見知らぬ人影が花に水をやっている。「お前誰だ？何で俺の家にいる！」その人物はあきれたように彼を見返した。「ここに十年住んでるけど、いつからお前の家になったんだ？」「頭おかしいだろ！」錦治は反射的に銃を掴もうとしたが、ふとブランコがないのに気づいた。そのブランコは結婚直後、秋乃が設置させたものだ。彼女は普段ほとんど外出せず、時間の大半をそこで読書に費やしていた。しかし今や、設置の跡すら残っていない。「俺のブランコを勝手に撤去したんだな！」錦治は怒りに任せ、この家を徹底的に壊させた。だが、彼は陰鬱な顔で中に入ると、家具の配置もすっかり変わっていることに気付いた。以前はテーブルの上に食べかけのインスタントラーメンの器があったが、今は何も置かれていない。手下が近寄り訊ねた。「兄貴、この連中は何をした？そこまで怒る理由は？でも、この地域は悪くないな。後で兄貴が足を洗って温井さんと結婚するなら、ここに住んだらどう？」彼は苛立ちをこめて振り返った。「以前は……」その瞬間、錦治はあることに気づき、手下の襟を掴んで歯を食いしばった。「秋乃はどこだ？」手下は混乱した様子で答えた。「兄貴、アキノって？それって敵か？」「演技をするな！彼女が故意にこう言わせてるんだろ！俺に復讐するために！」「違う……兄貴、最近奥さんとの結婚準備で疲れてるんじゃ……少し休んだら？」その様子は演技ではなく、本当に迷っているようだ。錦治の指は震え、声にも震えが混じっている。「結婚？俺、秋乃と結婚してるんじゃないか？」「え、してないよ。ずっと温井さんに一途だった。今年やっとプロポーズ成功したばかりだよ」「じゃあ、百恵の身代りになってくれたのは誰だ？」「身代り？兄貴、奥さんのために身代りを用意するのか？」錦治は全身の力を失い
月は一人しか照らさない 第6話
……錦治が曲がり角を過ぎた瞬間、後悔の念に襲われた。地面に横たわる秋乃を横目に捉え、結局どうしても心が痛むのだ。「何人かこい。彼女を連れて行って病院へ運べ」電話を切ると、彼は百恵を連れて高級ブランド店へ向かい、彼女を慰めようとした。ここ数日、百恵は怯え切った。数年前、百恵を守るために、彼はわざわざ秋乃を「身代り」として選び出した。さらには秋乃を様々な公の場へと連れ出し、自分には弱点があると世間に知らしめたのだ。その策はよく効いた。それ以前は、無鉄砲な者たちが百恵にちょっかいを出すこともあった。だがその後は、仇敵が報復を考えると、真っ先に思い浮かぶのは秋乃になった。だからこそ、彼女が百恵の情報を流すほどの質が悪い真似をしても、本気で死なせるつもりはなかった。最悪でも離婚して海外に追いやり、百恵の前に二度と姿を現さなければいい。彼はそう考えていた。半時間後、百恵はようやく彼に笑顔を見せ、涙を拭きながら新しい服を試着しに行った。錦治は胸を撫で下ろし、外に出て電話をかけようとしたが、ふと数人の手下がゲームをしているのを目にした。「秋乃を病院に運べって言っただろう！何をしている！」彼らは慌ててスマホをしまい、顔を見合わせながら言った。「兄貴、まだ三十分だぞ。急がなくても……いつもは二時間くらいしてから行ってたじゃないか」錦治の瞳孔が一気に収縮した。車を走らせる時にすれ違った数台の黒い車を思い出した。そこに乗っていたのは見覚えのある仇敵たちなのだ。「誰が二時間待てと言った！今すぐ行け！秋乃に何かあったら、自分たちの命もないと思え！」手下たちは慌てて飛び出していった。だが錦治はなおも不安で、秋乃に電話をかけようとした。その時、十分前に家政婦から届いたメッセージに気づいた。【旦那様、別荘の荷物を整理していたら、これが出てきました】気もそぞろに画像を開いた彼は、次の瞬間、愕然とした。そこに映っているのは、妊娠八週目の検査票だ。そして名前欄には、「藤村秋乃」と書いてある。しかし、彼は秋乃が妊娠していたことなど、まるで知らなかった！信じられない思いで画像を拡大すると、日付は去年の冬だ。その頃、彼はいくつか新しい拠点を手に入れたばかりで、前任の古株に反発され、秋乃が人質に取ら
月は一人しか照らさない 第5話
行くところもなく、住む場所を探す必要もない。残り三時間、私はドア前の階段に座って日向ぼっこをすることにした。陽光は私に降り注いでいるが、冷えていく体を温めるには足りない。ドアがぎいっと鳴り、顔を上げると百恵が両腕を組んでドアにもたれ、私をじっと見ている。「本当に運が強いね。それでも死なないなんて」私はきょとんとし、そしてふっと笑った。「もうすぐだ。あまり焦らないで」彼女が何か言いかけたとき、突然声が聞こえ、すぐに腕を下ろした。そして涙が忽ちあふれ出した。「藤村さん、私、わざとじゃなかったの、怒らないで……退院したばかりなんだから無理しないで。今すぐお手伝いさんにスープを作らせるから……」言い終わらないうちに、錦治が怒りを帯びて乱入し、スマホを私の前に掲げた。チャットの履歴には、誰かが彼に送ったメッセージが表示されている。【兄貴、奥さんすごいね。仇に一斉送信で、兄貴が愛しているのは温井さんで、今後は彼女を探せ、自分には手を出すなって送ってるよ。写真も場所も全部ある。温井さんのSNSアカウントも暴かれたぞ】錦治は発狂したかのように、足を上げて私の胸を強く蹴った。「君を助けさせるんじゃなかった！あのまま死んでくれてた方がよかったのに！」私は荒い息をつき、顔を上げると陽光がまぶしくて目を開けられなかった。突然、額に銃口が押し当てられ、私はその冷たさに震えが走った。「違うの。私じゃない」この三年、私はどうやらこの言葉を何度も言ってきたらしい。百恵が走ってきて彼を止め、泣きながら言った。「錦治、藤村さんはわざとじゃないの。私が錦治を奪ったのは悪いのよ。私を憎むのは当然なの……だから彼女を傷つけないで、退院したばかりで……アカウントがなくなっても仕方ないの。私にかかってきても大丈夫よ……我慢できるから……」錦治は彼女を慈しむように抱きしめ、私を見ると歯ぎしりしている。「君を選んだのは本当に後悔だ！不安定で意地が悪い！」彼の手下から電話がかかってきた。「兄貴、仇が何人か報酬を出して温井さんの命を狙ってるみたいだ。どうする？温井さんを海外に連れて避難させたらどう？誰かが温井さんが別荘にいるって教えたようで、そっちに向かってるみたいだ！」錦治はちらりと私を見て言った。「誰が言った
