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第1342話

Auteur: 夏目八月
陛下が安倍貴守を任務で派遣されたため、天牢の管理は刑部の官吏である影森哉年が引き継いでいた。

夕刻になって哉年が北冥親王邸を訪れ、さくらに面会を求めた。判断に迷う件があり、意見を仰ぎたいという。

さくらは食事を二口ほど慌ただしく口に運んでから彼に会った。三姫子と子どもたちに何かあったのではないかと心配になったのだ。

しかし哉年の話を聞くと、問題は老夫人と親房夕美の二人だった。

二人は天牢に入れられてから日々憂鬱に暮れ、その上食事は以前犬に与えていたものにも劣る有様で、数日もしないうちに嘔吐と下痢を始めた。

以前さくらが三姫子に薬を渡していたのは、環境の変化による腹痛や下痢の薬だった。服用すれば幾分良くなったが、同じ食事を続けているため症状は再び悪化し、親房夕美は高熱まで発している。

老夫人は医師を呼んでくれと哀願しているが、哉年は独断で決めかねて、さくらに相談に来たのだった。

「他の者たちはどうなの? 同じような症状は出ているの?」とさくらが尋ねた。

「最初は皆多少ありました。なにしろ富貴な身分から突然罪人に転落し、食べ物も口に合わないのは当然です。しかし他の者たちは薬を服んで回復しました。ただこの母娘二人だけがますます悪化しています」

哉年はさくらの表情を窺いながら続けた。「親房夕美は今にも死にそうな様子で、老夫人は毎日泣き続けて目がほとんど見えなくなっています。医師を呼んだ方がよろしいのでは?」

「安倍には相談したの?元々天牢は彼が管理していたのだから、彼が決定できるはずよ」

「相談しました」哉年は正直に答えた。「安倍様は、親房夕美は北條守が落ちぶれた時に彼を見捨てた女だから、大した女ではない。医師など呼ぶ必要はないとおっしゃいました」

さくらは驚いた。安倍と北條守がそれほど深い友情で結ばれているとは知らなかった。

「それなら今中を頼ればいいじゃない」とさくらが言った。

哉年は伏し目がちになり、袖の中で指を握りしめた。「安倍さんは私に大きな期待をかけてくれています。些細なことで頼るのは申し訳なく、彼を失望させてしまいます。しかしこのような件は本当に独断できず、その上安倍様も医師は不要とおっしゃっているので、勝手な判断をして彼の機嫌を損ねるのが怖いのです」

さくらは彼を見つめた。この人は本当に主体性がないが、慈悲深い心は持っている。普
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