「ずっと、自分の人生はひとりで歩いていくものだと思ってた。でも君に出会って、すべてが変わった。とわこ、君が教えてくれたんだ。愛って何か、情って何か、そして絆って何かを。君がいて、ようやく俺の人生は完成した。これからの毎日が順風満帆だとは約束できない。だけどこの瞬間と同じくらい、これからのすべての日を、俺は全身全霊で君を愛していくことを約束する」とわこは驚きのあまり、目を見開いて彼を見つめた。信じられない!だって今、彼が言ったその言葉は以前彼が書いた誓いの言葉とはまったく違っていたから。「君、きっと思ってるよね。『原稿と全然違うじゃない』って」彼はとわこの驚いた顔をじっと見つめながら、ひとことひとこと丁寧に続けた。「今日の出来事で、君に辛い思いをさせてしまった。すごく後悔してる。だから、今の気持ちを正直に、君に伝えたかったんだ」とわこの目にはたちまち涙が浮かんだ。形式ばった結婚式ではなかったけれど、だからこそこの瞬間のほうが、よほど心に響いた。彼女は彼の手からマイクを受け取り、しっかりと彼を見つめた。「奏、私たちは本当に正反対の人間。あなたは燃え盛る炎のような人で、私はただの一本の木。でもあなたはただの火じゃない。私を焼き尽くす炎じゃない。あなたがくれるのは、私の心に深く刻まれるような、あたたかさと感動だけ。喧嘩ばかりの毎日かもしれないけど私は一生忘れない。あなたが私のために変わってくれたこと、私のためにしてくれたすべてを。私は、命が尽きるその日まで、あなたを愛し続ける」会場が一気に沸いた。「キス!キス!」ゲストたちは声をそろえて盛り上がる。涼太はすぐにレラの目を手で覆った。するとレラは、小さな手で彼の手をパッと払いのけた。「見たいのに!パパとママのちゅー見たいの!」そう言って、口を尖らせながら、レラはしょんぼりと呟いた。「お昼にパパが来なかったから、ママ絶対怒ってると思ったの。またケンカして、しばらく会わないし話さなくなるって思ってたのに」今こうして両親が仲良くしている姿を見て、レラは心からホッとしたのだった。その頃、ある賃貸マンション。悟はソファに座り、スマホでネットニュースをスクロールしていた。一方、弥の顔は腫れ上がり、痛みで眠れず、リビングに座り込んでいた。「今日あんなに騒ぎになったのに、奏にはあんま
とわこは、彼の顔の傷が結婚式に来ている子どもたちを怖がらせてしまうのではないかと思い、別荘の中で大人しくしているように言った。それに、今日起きたことをゆっくり考える時間にしてほしかった。もしもう一度やり直せたら、もっといい解決方法があったんじゃないかって。本当のところ、彼女は少し拗ねていたのだ。今日の結婚式が台無しになったのは、半分は彼のせいだったから。「とわこ、なんで彼をゲストのところに出させない?」一郎が咳払いして、遠慮がちに聞いた。「みんな彼に会いたがってるよ」「だって、全身ボロボロなんだもん」とわこは、奏が責任を自分に押し付けたのが気に入らず、遠慮なく言い返した。「お尻にも傷あるんだよ」奏「......」一郎は目を見開いて驚いた。「そんなに酷かったの?それなら無理しないで、ゆっくり休んだほうがいいよ」奏はソファから立ち上がった。「大丈夫だ」「そっか」一郎は困ったように顔をしかめた。奏はとわこの目の前に立ち、優しく提案した。「今日は俺たちの結婚式だし、ずっと部屋にこもってるのもどうかと思って。ちょっとゲストのところに顔出してくる」「行ってきなよ。ただし、9時までには絶対帰ってきて」とわこは妥協しながら答えた。奏はすぐに頷き、腕時計をちらりと確認した。あと一時間半、自由時間がある。「とわこも一緒に行く?」一郎が声をかけた。「みんな奏に会いたいのはもちろんだけど、とわこにも会いたがってるよ!」とわこは少し躊躇していた。昼間の出来事が、心に鋭い棘のように突き刺さったままだった。純白のウェディングドレスを着てバージンロードを歩いたときの、あの視線の数々。たとえ皆が彼らの親族や友人であっても、恥ずかしさが拭えなかった。「ねえ、一緒に行こうよ」奏は彼女の手を握り、優しく言った。「夜のパーティが終わって、もうだいぶお客さんも帰った。今はそんなに多くないよ」「そうそう、今いるのは気心の知れた人たちだけ」一郎も続けた。「今日の件は確かにショッキングだったし、ネットでは散々叩かれてるけど、奏のキャリアには響かない。キャリアさえ無事なら、あとは全部取るに足らないことさ」一郎の言葉で、とわこの心も少し楽になった。「奏、これからは外出の時、もっと護衛を連れて行って」彼女は不安げに言った。「あなたが誰かを傷つ
「他人が何を言おうと、気にしなくていい」そう言って彼は彼女の小さな手を握り、抱き寄せ、顎を彼女の頭にこすりつけた。「ご飯、もう食べた?」「うん、食べたよ」彼の身体から薬品の匂いがして、彼女は少し不満げに呟いた。「朝はあまり食べてなくて、お昼すごくお腹すいてたから、しっかり食べた」「そうか」「和夫のこと大丈夫?重症になってない?」彼女は不安そうに聞いた。彼が和夫を見たとき、まるで我を忘れたような様子だったから。手加減せずに殴って、大事になっていたらどうしようと心配だった。「さあな。たぶん、まだ生きてる」彼はかすれた声で言った。「アイツさえいなければ、こんな面倒は起きなかった。アメリカで大人しくしてて、金を要求するだけなら、こんなに怒らなかった」「確かに、あの人は父親として最低だよ。でも奏、もう怒らないで。あの人がこれからどうなろうと、私たちには関係ないよ」「ああ」病院。和夫の身体は傷だらけだったが、幸い命に別状はなかった。医師が応急処置をしたあと、入院を勧めたが、和夫は「動ける」と言って入院を拒否した。病院を出ると、和夫はすぐに電話をかけた。相手は哲也。「すぐに病院に迎えに来い!」哲也「今、桜と一緒に空港に向かってるとこだ」「ふざけんな!オレの言うことが聞けねえのか?今すぐ来い!でなきゃ二度とオレの顔見れねぇと思え!」和夫は怒り心頭だった。もちろん、奏に殴られたからだけではない。殴られた時、自分も奏に二発お返しした。でもそのせいで、気持ちは余計に複雑だった。今、奏は常盤家から攻撃され、ネット中で叩かれて、顔も上げられない状況だ。こんな状態じゃ、これから金を無心するのも簡単にはいかない。こんなことじゃ困る。奏はもう常盤家の人間じゃない。今や、白鳥家の血を引く者だ。これは白鳥家と常盤家の戦いなんだ!和夫としては、白鳥家を負けさせるわけにはいかない。午後四時。和夫はある番号に電話をかけた。今の奏は、自分を憎んでいる。直接話すのは無理だ。だから奏の側近に話を通すしかない。和夫が調べたところ、奏の一番近くにいて信頼されているのは一郎だった。一郎は常盤グループの財務を握っていて、間違いなく影響力がある。和夫は電話をつなげ、自分の身分を明かしたうえで、自分の計画と要求を話した
「社長、招待客はみんな宴会場に移動しました」礼拝堂の外で、子遠がスタッフに聞いた情報を伝える。「よかったら、先に宴会場で食事をしませんか?とわこさんもそっちにいるかもしれませんし」奏はポケットからスマホを取り出した。画面にいつひびが入ったのか、割れていたが、操作には問題なかった。彼はとわこの番号を探し、発信する。すぐに通話が繋がった。「とわこ」「奏」ふたりは、同時に口を開いた。「今どこ?」「今どこにいるの?」再び、同時に言葉が重なった。数秒の沈黙のあと、とわこが先に答える。「別荘にいる。あなたは?」「今から行く。すぐに会いに行く」「うん」電話を切ったあと、とわこはようやく息を吐き出した。奏の声は、すでに落ち着きを取り戻していた。瞳が言っていたように、今日という日を乗り越えれば、二人の人生はきっとまた穏やかに進んでいく。もう何も、彼らを壊すことなんてできない。そう信じたかった。それから5分後、奏は別荘に戻ってきた。ふたりの視線が合った瞬間、どちらも言葉を失った。奏は、彼女がすでにウェディングドレスを脱ぎ、化粧も落とし、髪もセットし直していることに驚いた。今の彼女は、日常のロングワンピース姿で、見慣れた素顔をしている。そしてとわこは、彼の顔に包帯が巻かれているのを見て、思わず息を呑んだ。「結婚式、やめたの?」奏は落ち着かない様子で尋ねた。とわこは胸の奥が痛くなるのを感じながら、静かに言った。「奏、もう午後の2時過ぎだよ」「でも、何があっても式は挙げるって、約束しただろ?」「今のあなたの状態で、本当に式を挙げるつもり?服は汚れてるし、顔にはケガ。こんな姿でみんなの前に出て、誰かを驚かせたいの?もし本気で私と式を挙げたかったなら、せめて式が終わってから喧嘩してよ!」彼女は責めたくなんてなかった。でも、彼の方からこんなふうに訊いてくるなんて。彼女が礼拝堂で待ち続けていた時、彼は一秒でも彼女の気持ちを考えただろうか?奏は、自分が悪いと分かっているのだろう。何も言い返さなかった。「とりあえず服を着替えてきて。私、執事に昼食を運んでもらうよう頼むから」とわこは彼を寝室へと促した。「もう決めたの。式をやらなくてもいい。今日という日が、私たちの結婚記念日には変わりないん
子遠がまだ言い終わらないうちに、和夫がわめき始めた。「奏!てめぇこのクソガキ!人の話も聞かずに手ぇ出すとはどういうことだ!やるなら悟をぶん殴れよ!どうせ俺が親父だからって、加減してくると思ってるんだろ?ああ?情けねぇ!」奏は、和夫のパクパク動く口元を見て、心底うんざりしていた。その口から飛び出す言葉は、気持ちが悪い。もし、彼が黒介を連れて帰国して金をたかろうとしなければ、あの一連の悲劇は、そもそも起きなかったのだ。今ここにあるすべての混乱は、この男が蒔いた種だった。そんな自覚もないくせに、今日という日に乗り込んできて騒ぎを起こすなんて、もはや死に急いでいるとしか思えない!たとえ今日の結婚式が台無しになってもいい。だが、この男だけは絶対に許せない。二度と、調子に乗れないようにしてやる!一方、礼拝堂では。どれくらい時間が経ったのか、とわこは背後から聞こえてくる足音に気がついた。横目でそっと確認すると、マイクが戻ってきていた。「彼はどこに?」その一言は、思わず氷のような冷たさを帯びていた。こんなにも長く待っているのに、まだ彼は現れない。もしかして、もう来る気がないのでは?「ケガをして、病院に運ばれたよ」マイクは深いため息を吐いた。「とりあえず、食事をしよう」とわこの指先は、無意識にぎゅっと握られていた。本当は、彼の元へ駆けつけたい。でも、足が動かない。今はただ、ここに座っていたい。何も考えずに。「とわこ、気持ちは分かるけど、今日の状況じゃ、どう考えても式は無理だよ。せめてご飯を食べよう。式が中止になって、君まで倒れたら元も子もない」マイクは彼女の腕を掴み、連れて行こうとしたが、とわこはその手を振り払い、首を横に振った。「マイク、先に皆さんを食事に連れて行って」瞳が口を開いた。「結婚するのはあなたじゃないんだから、とわこの気持ちは理解できないでしょ」「分かった。じゃあ、先に行ってる」マイクは軽くため息をつき、招待客たちを宴会場へと案内していった。静まり返った礼拝堂には、とわこと瞳だけが残った。「とわこ、たとえ今日式ができなくても、あなたと奏はきっと幸せになれるよ」瞳はそっと隣に座って、優しく語りかけた。「今日は、本当にいろんなことが起きすぎた。もうこれ以上悪いことなんて起きない。だから大丈
リゾートの正門前。マイクと子遠は、和夫の突進力を甘く見ていた。普通の人なら、追い返されれば諦めて帰る。でも、世の中には絶対に引かない人もいる。和夫は、人生の大半をゴリ押しと逆ギレで生き抜いてきた男だった。彼は地面に腰を下ろして、大声で叫びながら暴れていた。実のところ、ボディーガードは指一本触れていない。というより、今日は事が事だけに、下手に手を出すことができなかった。なにせ、目の前の男は「奏の実の父親」だと名乗っている。そして、これ以上騒ぎが大きくなれば、近所の住民にまで知れ渡り、今日の結婚式が台無しになりかねない。奏が駆けつけた時、目に飛び込んできたのは、地面で転げ回っている和夫の姿だった。その瞬間、彼の体内を熱い怒りが一気に突き抜けた。今朝、悟と完全に決裂し、心の限界はとうに超えていた。そんな中、今度は和夫が結婚式を台無しにしに現れるなんて、まるで神様が、今日の彼に幸せを与える気など一切ないかのようだった。すでに世間では「極悪人」として指をさされている彼にとって、これ以上悪評が広がることなど、もはやどうでもよかった。「何しに来た?」奏はまっすぐ和夫の前に立ち、大声で問い詰めると、その襟首をガッと掴んだ。その様子を見ていた周囲の人々は、彼が次の瞬間、本気で殴りかかるのではと息を呑んだ。「お前が誰かにボコボコにされたって聞いてな!だから心配で来てやったんだよ」和夫は怒鳴り返した。「何だよこのクソガキ、人にやられた腹いせをオヤジにぶつけるってのか?さっさと手ぇ離せ!」とわこは声を出そうとしたが、喉が詰まったように何も言えなかった。彼がどれだけ怒りで満ちているか、すぐに分かった。今この感情を吐き出さなければ、きっと彼の心の中で何かが壊れてしまう。和夫は、まさに最悪のタイミングで地雷を踏んだ。「とわこ、先に礼拝堂へ行こう」マイクは、今後の展開があまりにも危険だと察し、彼女をその場から引き離した。奏の怒りは、もはや手がつけられそうになかった。マイクはとわこを半ば強引に連れて、礼拝堂へと向かう。荘厳で華やかな礼拝堂には、すでに多くの招待客が座っていた。マイクととわこが入ってくると、場の空気が一気にざわついた。式の開始時間から、すでに10分が経過している。司会者からは「式は30分遅らせる」と