Share

第1122話

Author: かんもく
とわこは水の入ったコップを手に取り、ひと口飲んだ。

「今や君は名の知れたセレブ妻。僕なんか落ちぶれた常盤家のぼんくら息子だ」弥は自嘲めいた笑みを浮かべた。「そんな僕と探り合いする必要あるか?」

「黒介に会いたいの。用があるのよ」コップを置き、とわこは真剣な口調になった。

「何の用だ?あいつはそこまでバカじゃないが、自分で身の回りのことはできない。たとえ僕が会わせたくても、親父が許すわけないだろ。君は奏の妻だ。うちの親父は奏と犬猿の仲だ」

「犬猿の仲?あんたたちが奏に会社の株をよこせと言って、断られただけじゃないの?」とわこは皮肉を込めて言い放った。「欲張りすぎて法外な要求してる自覚、まだないんじゃない?」

「その態度なら、これ以上話す必要はないな」弥は口の端を上げ、冷たく言い返した。「自分を本当にセレブ妻だと思ってるのか?これは奏とうちの問題で、君には関係ない」

「私は奏の妻よ。この件で私は部外者じゃない」とわこは落ち着いたまま続けた。「これはあんたの祖母が仕組んだこと。奏も被害者なのに、なんであんたたちが彼からお金を取ろうとするの?しかも、そのお金は祖母が奏に渡したもので、悟の物じゃない。あんたたちに何の権利があるの?」

「君の目にはあいつしか映ってないから、何でもあいつの肩を持つんだな。祖母の金は常盤家の財産だ。それに、子どものすり替えが祖母の仕業だと、どうして断言できる?証拠があるなら出せよ。証拠がなきゃ、祖母は無関係で、全部和夫の陰謀だって僕たちは思うだろうな」

証拠なんて、とわこには出せない。

常盤家の祖母はすでに何年も前に亡くなっているのだ。

「それで、黒介に何の用だ?」弥はなおも食い下がる。「はっきり言っておくが、今のあいつは健康そのものだ。病気なんか一度もしてない。食欲も睡眠も十分で、うちに来てからは数キロ太ったくらいだ」

しかし、とわこは彼を一瞥しただけで目を伏せ、数秒考えた。

「じゃあ、悟にアポを取ってちょうだい。さっき自分で言ったよね?あんたが会わせたくても、悟が許さないって。家の中で全く発言権がないなら、直接本人と話すわ」

弥は言葉を失った。

こうして二人は不機嫌なまま別れ、とわこは車を走らせて瞳のもとへ向かった。

二人は瞳の家の近くのレストランで落ち合った。

瞳は、沈んだ表情のとわこを見て、豪勢に料理を注文し
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1125話

    「蓮、ママね、あなたに謝りたいことがあるの」画面越しに、寝起きでまだぼんやりしている息子を見つめながら、とわこは言った。「ちょっとした事情があって、先に戻ってきちゃったの」「え、何があったの?」蓮は目をこすりながら聞いた。アメリカと日本には時差があり、この時アメリカは朝6時過ぎだった。「大したことじゃないの。心配しなくていいわ。ママの気持ちが落ち着いたら、会いに行くから。そのときはちゃんと前もって連絡するね」「うん」「弟と妹、見たい?」とわこはそう言いながら、バナナを食べている二人にカメラを向けた。レラはすぐに手に持ったバナナをカメラに突き出し、「お兄ちゃん、バナナあげるよ」と冗談を言った。「子どもっぽいな」蓮がぼそっと返す。「お兄ちゃん、弟がもう歩けるようになったんだよ!しかもパパ、ママ、お姉ちゃんって呼べるのに、お兄ちゃんだけ呼べないの!」レラはわざと挑発的に、「嫉妬しないの?」と尋ねた。「くだらない」「お兄ちゃん、私のこと恋しいでしょ?恋しいって言ったら、今度ママと一緒に会いに行ってあげる」レラはとわこの手からスマホを奪い取り、急かすように言った。ツーツーツー!蓮は通話を切った。「レラ、落ち込まなくていいわ。お兄ちゃん、きっとあなたのこと恋しいと思ってる。ただ、まだ眠いだけよ」とわこがスマホを取り返す。「あっちはまだ朝6時過ぎだから」「じゃあ、なんでそんな早くに電話したの?」「ママ、早く謝りたくて待てなかったの」「わかった!ママ、ごはん行こ!」「うん」夕食を食べたあと、とわこは子どもたちと一緒に団地の敷地内を散歩した。奏は顔にケガをしているため、家で留守番だ。レラはベビーカーを押しながら、前をずんずん歩いていく。「レラ、そんなに早く歩かないで。人にぶつかったら危ないでしょ」とわこが声をかけたそのとき、ポケットのスマホが震えた。画面を見ると、弥からのメッセージだった。「父が明日空いてるって。会う場所、決めて」その文面を見たとわこは数秒間頭を回転させ、ある住所を送った。弥「本当にそこでいいの?」とわこ「いいわ。明日の朝7時半でどう?」弥「わかった」とわこが選んだのは、館山エリアの別荘の外にあるカフェ。朝7時半に会うと決めたのは、その時間なら奏はま

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1124話

    とわこは即座に首を振った。「ただ、R国にはもう居づらくなっただけ」「どうして居づらくなった?」奏がさらに問い詰める。「この前、あなたが真に会ったって話してくれたでしょ。それからというもの、昼寝のときも夜寝るときも、真と結菜の夢ばかり見るようになったの」そこまで言うと、声が詰まった。「本来なら新婚旅行は楽しいはずなのに、夢から覚めるたびに胸が締めつけられるの」奏は彼女を腕に抱き寄せ、優しく慰めた。「そんなこと、俺に言ってくれればよかったのに」「言ったって、あなたまで辛い思いをするだけよ」かすれた声でとわこは答える。「奏、少し経ったら、また一緒に蓮に会いに行きましょ。この数日ちょっと疲れたの」「わかった」彼は即答し、「じゃあ、後で蓮にビデオ通話して、ちゃんと説明してあげて」「うん」彼女は午後に瞳と街を歩いて買った品を、袋からひとつひとつ取り出した。子どもたち用の服や、お菓子もいくつか。レラは新しい服をちらりと見たあと、とわこの手を引き、うれしそうに言った。「ママ、サプライズを見せてあげる!」とわこはすぐに表情を整え、「どんなサプライズ?」と返す。レラはローテーブルの方へ走り、そこからバナナを一本取り出すと、遊んでいた蒼のところへ行き、マットの上から抱き起こした。「お姉ちゃんの手にあるバナナ、見える?食べたい?」レラは蒼をしっかり立たせると、すぐに数歩下がり、「こっちに来たら、バナナあげるよ」と言った。そうか、これがサプライズってこと?まさか、もう蒼が歩けるようになったの?蒼はレラの手にあるバナナをじっと見つめ、くりくりとした瞳を輝かせた。小さな拳をぎゅっと握り、腕を伸ばし、真剣な表情でレラに向かって一歩を踏み出す。まだ小さい彼の足取りはおぼつかない。一歩ごとにふらつく体を見て、とわこの胸は締めつけられた。「心配いらない。転んだって痛くないから」奏が口を開く。「午後、自分で果物皿まで歩いてバナナを取ろうとしてたんだ」「ふふ、食いしん坊ね」その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、“ドスン”と蒼は見事に転んだ。幸いリビングにはカーペットが敷かれているので、大きな怪我にはならない。とわこが、泣きそうにうつ伏せになっている息子を抱き起こそうとすると、奏に制される。「早く立って」レラはバナナ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1123話

    「黒介を奪い返すように人を送ったらどう?」と瞳が提案した。「あんたが悟親子と話すにしても、きっとあいつらはこの機会に金をふんだくろうとするわよ。それならいっそ、ボディーガードを送り込んで黒介を連れ戻したほうがいいじゃない」とわこは瞳の突拍子もない案に思わず目を見開いた。「瞳、ここは法治国家よ。それに悟は今こそお金はないけど、常盤家の人脈はまだ健在なの。それに、もしボディーガードを使って黒介を奪ったら、このことは奏にすぐバレるわ。彼は一週間前の怪我もまだ治りきっていないの。結菜の件で、これ以上悟に脅されるようなことはさせたくない」「でも、あいつら絶対にお金を要求してくるわよ」と瞳は釘を刺す。「しかも、その額は小さくないはず」「とりあえず悟と直接会ってから考えるわ。どうしても話がまとまらなければ、別の方法を探す。血縁者の腎臓は適合率が高いけど、他人の腎臓でも一定の確率で適合するし」とわこはそう言ってこめかみを押さえ、自分に言い聞かせるように続けた。「とにかく結菜が生きている、それだけで大きな救いよ」「うん。あんまり緊張しすぎないでね。そんな様子じゃ奏に怪しまれるわよ。今日、あの人がうちの旦那に電話してあんたの居場所を聞いてきたの、どう見てもあんたが嘘ついてるんじゃないかって疑ってる感じだった」とわこは苦笑しながら言った。「立場を逆にして考えてみて。もし今日、彼が私と子どもを置いて出かけていたら、私だって疑うわ」弥は家に戻ると、とわこと会った件を父の悟に報告した。「何の用かは言わなかったのか?」「言わなかった。でも黒介に関係あることなのは間違いない。あの様子からして、軽い話じゃなさそうだ」弥は黒介の部屋を一瞥し、「父さん、黒介を誰にも見つからない場所へ移して。もしとわこが強硬手段に出たら、こっちは太刀打ちできない」と言った。悟は唇を引き結び、しばらく考えたあと頷いた。「それだけ黒介が今重要ってことだな。じゃあ、ボディーガードをつけて見張らせよう」「はい。明日、まず父さんがとわこに会って、何の件か確かめて」「ああ」悟は即答したが、ふと眉をひそめる。「まさか、罠ってことはないだろうな」「たぶん違う。彼女一人で来たし。奏が知っていたら、絶対に彼女を行かせない。あの人は短気だから、何かあれば真っ先に乗り込んできるよ」「わかっ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1122話

    とわこは水の入ったコップを手に取り、ひと口飲んだ。「今や君は名の知れたセレブ妻。僕なんか落ちぶれた常盤家のぼんくら息子だ」弥は自嘲めいた笑みを浮かべた。「そんな僕と探り合いする必要あるか?」「黒介に会いたいの。用があるのよ」コップを置き、とわこは真剣な口調になった。「何の用だ?あいつはそこまでバカじゃないが、自分で身の回りのことはできない。たとえ僕が会わせたくても、親父が許すわけないだろ。君は奏の妻だ。うちの親父は奏と犬猿の仲だ」「犬猿の仲?あんたたちが奏に会社の株をよこせと言って、断られただけじゃないの?」とわこは皮肉を込めて言い放った。「欲張りすぎて法外な要求してる自覚、まだないんじゃない?」「その態度なら、これ以上話す必要はないな」弥は口の端を上げ、冷たく言い返した。「自分を本当にセレブ妻だと思ってるのか?これは奏とうちの問題で、君には関係ない」「私は奏の妻よ。この件で私は部外者じゃない」とわこは落ち着いたまま続けた。「これはあんたの祖母が仕組んだこと。奏も被害者なのに、なんであんたたちが彼からお金を取ろうとするの?しかも、そのお金は祖母が奏に渡したもので、悟の物じゃない。あんたたちに何の権利があるの?」「君の目にはあいつしか映ってないから、何でもあいつの肩を持つんだな。祖母の金は常盤家の財産だ。それに、子どものすり替えが祖母の仕業だと、どうして断言できる?証拠があるなら出せよ。証拠がなきゃ、祖母は無関係で、全部和夫の陰謀だって僕たちは思うだろうな」証拠なんて、とわこには出せない。常盤家の祖母はすでに何年も前に亡くなっているのだ。「それで、黒介に何の用だ?」弥はなおも食い下がる。「はっきり言っておくが、今のあいつは健康そのものだ。病気なんか一度もしてない。食欲も睡眠も十分で、うちに来てからは数キロ太ったくらいだ」しかし、とわこは彼を一瞥しただけで目を伏せ、数秒考えた。「じゃあ、悟にアポを取ってちょうだい。さっき自分で言ったよね?あんたが会わせたくても、悟が許さないって。家の中で全く発言権がないなら、直接本人と話すわ」弥は言葉を失った。こうして二人は不機嫌なまま別れ、とわこは車を走らせて瞳のもとへ向かった。二人は瞳の家の近くのレストランで落ち合った。瞳は、沈んだ表情のとわこを見て、豪勢に料理を注文し

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1121話

    「ごめんなさい。本当は今回、半月の休暇があったのに、まだ五日も経ってないのに帰るなんて、でも、子どもに会いたくてたまらないの」とわこは彼を抱きしめ、かすれた声で謝った。「いいんだ、俺も少し会いたくなってきた」奏は彼女の背を軽く叩き、なだめる。「子どもがもう少し大きくなったら、一緒に旅行すればいい」「うん」とわこは心の中で大きく息を吐いた。三日後、二人は日本へ戻った。奏の体の傷はほぼ癒えていたが、顔の傷はまだ目立っていた。結婚休暇はまだ終わっていなかったので、彼はそのまま家で過ごすつもりだった。「出かけるのか?」玄関でバッグを持ち、靴を履き替えているとわこを見て、奏が声をかけた。「うん、瞳にお土産を買ったから、届けに行こうと思って」とわこは笑みを作った。「夕飯は帰って食べるつもり。もし帰れなくても待たなくていいから」奏は少し眉をひそめた。「子どもに会いたいって言ってたくせに、帰ってきたらすぐ親友に会いに行くなんて、どう見ても子どもが恋しいようには見えないな」今、蒼は奏の腕の中にいる。とわこは帰宅後、蒼を少しあやしただけでお風呂に入り、終わったと思えばすぐ出かける支度をしていた。そう言われても仕方がない。「夜はちゃんと子どもと過ごすわよ」とわこは靴を履き終えると、父子に手を振って家を出た。とわこは帰国前から弥と会う約束をしていた。結菜の件は一刻も猶予できない。遅れれば遅れるほど危険が増す。もちろん子どもに会いたい気持ちは山ほどあるし、抱きしめてもいたい。だが今は、それに時間を割く余裕がなかった。彼女が家を出てから三十分後、奏は裕之に電話をかけた。「とわこは今、瞳と一緒にいるのか?」彼女を疑いたくはない。だが、あまりに不自然な行動が目についた以上、確認せずにはいられなかった。裕之は「あいにく、家にいないんだよな。瞳に聞いてみるか?」と尋ねた。「頼む」裕之は電話を切り、そのまま瞳にかけた。「なあ、瞳。とわこは今そっちにいる?」瞳は眉を上げた。「それ、どういう意味?」「奏さんが聞いてきたんだよ。とわこのこと、心配してるんじゃないか」瞳は二秒ほどためらってから答えた。「一緒にいるわよ。今、買い物中」電話を切ると、瞳はすぐにとわこに連絡した。「ちょっと!あんたの旦那、うちの旦那に電

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第1120話

    「その黒介って人、どういう人物なんだ?」真が興味深そうに尋ねた。「結菜と同じような状況よ。私が一度手術をしてあげたら、かなり回復してくれたの」とわこの胸には希望と絶望が入り混じっていた。「もし結菜のことを話したら、きっと力になってくれるはず」黒介の善意を疑うことはない。だが、悟が自分を黒介に会わせてくれるかは別の話だ。悟と奏はすでに完全に決裂している。この件は一見簡単に見えて、実際には厄介極まりない。どんなに難しくても、必ずやり遂げる。「私は必ず結菜に合う腎臓ドナーを見つけるわ。あなたは戻ったら、そばで結菜を支えてあげて。もう仕事には出ないで」そう言って、とわこはバッグから一枚のキャッシュカードを取り出し、彼に差し出した。「結菜がこんな状態になったのは、あなた一人の責任じゃない。だから受け取って」真はカードを受け取りながらも、不安を口にした。「黒介は今、悟のそばにいるんだろ?会うのは難しいんじゃないか」「悟なんて、所詮お金が欲しいだけよ。渡せば邪魔はしないはず」とわこはあっさりと言い切った。「結菜が生きている限り、方法は必ずある」真との話を終え、とわこが洗面所から出てくると、ボディーガードが勢いよく近づいてきた。「中に長くいすぎですよ!あと10分出てこなかったら、突入するところでした」とわこは時計を見て、「そこまで大げさに言う?二十分いただけでしょ。何が起こるっていうの」「そんなに長くトイレにこもる人、見たことないですよ!家なら好きにすればいいけど、外じゃ警戒するのが当たり前です。あんたに何かあったら、俺まで巻き添えで命がないんですから!」そう言いながら、ボディーガードは彼女をじろじろと見てきた。「どうして泣きながら出てくるんです?」とわこは、自分がつい優しくなりすぎたと感じた。奏のボディーガードは、奏のそばにいる時は一言も余計なことを言わないくせに、自分にはやけに口数が多い。「さっきニュースを見たの。あなたくらいの年の男性が家事で、奥さんを窓から避難させ、自分は重度の火傷を負ったって話」そこまで言ってから、とわこは鋭い目を向けた。「あんたなんて、奥さんと日の出を見に行くことすらケチるくせに」ボディーガードは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。その後、とわこは薬局で防水タイプの医療用テープを買い、ホテルへ戻っ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status