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第914話

Author: かんもく
とわこの胸がぎゅっと締めつけられた。

電話の向こうの声は、瞳だった。

彼女、裕之ともう仲直りしたはずじゃなかったの?

「瞳、どうしたの?泣かないで、まずは落ち着いて、何があったか教えてくれる?」とわこはベッドから降り、急いで上着を羽織りながら訊いた。

「とわこ、わたし、ダメなの......怖くて......」瞳の声は涙で途切れ途切れだった。

「大丈夫、怖がらないで。今も裕之と住んでる家にいるの?迎えに行った方がいい?」とわこは不安を抑えながら問いかけた。

彼女には、なぜ瞳が泣いているのか、察しがついていた。

奏の辛い過去の出来事のように、瞳の心にも、あの誘拐事件が深く刻まれていた。

その傷は、きっと長い時間、もしかすると一生をかけて癒やす必要があるものなのかもしれない。

「来てほしい」瞳がそう絞り出すと、とわこはすぐに寝室を出た。

玄関に向かう途中、物音に気づいた三浦が顔を出した。

「とわこ、もう夜中の12時よ。どこかに行くの?」

「ええ、今夜は帰れないかも。待たずに休んで」そう言い残して、とわこは夜の闇の中へと飛び出した。

ヨーロッパ風の別荘。

裕之は、水の入ったコップを手に、しゃがんで瞳の前にいた。

「瞳、もう泣かないで。とりあえずこれを飲んで。とわこがもうすぐ来るから」

裕之は頭を抱えていた。

やっとすべての困難を乗り越えたと思っていたのに、まったく終わっていなかった。

「ごめんね......」瞳は膝を抱え、真っ赤に腫れた目でつぶやく。「水はいらない......放っておいて......あなたは寝てて......」

裕之は心底つらそうだった。「放っておけるわけないだろ?」

「ううっ......あなたの顔を見ると、苦しくなるの......」涙は止まらず、嗚咽も大きくなっていく。

「わかった。リビングに行くよ。泣かないで」

裕之は水を置いて、主寝室を出た。

ソファに腰を下ろしても、気持ちは重いままだった。

この話を、誰かに相談するわけにもいかない。どうしたらいいのか、さっぱりわからない。

しばらくして、インターホンが鳴った。

玄関まで行ってドアを開けると、とわこが立っていた。

裕之に挨拶する暇もなく、とわこはすぐに主寝室へ向かった。

裕之はドアを閉め、ソファに戻るとスマホを取り出し、グループチャットにこうメッセ
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