LOGIN「俺はお前の二人の兄貴の母親が誰だったかすら覚えてないんだ。どうしてお前の母親を覚えてると思う?無駄な期待はするな。俺が若い頃に遊んだ女なんて、どいつも底辺の売女ばかりだ。もし探しに行ったって、何の得にもならない。逆にそのクズみたいな母親にしゃぶり尽くされるだけだ!」桜はその言葉を聞いて、心の奥まで冷え込む。「誰に恨まれても構わないが、お前と兄貴だけは俺を恨む権利はない!俺がいなかったら、お前ら二人は今まで生きてこれたと思うのか?」和夫は最後まで、自分は子どもたちに対して後ろめたさはないと信じ込んでいた。「面会時間は終わりだ」警官の声に続き、和夫は連れ戻されていった。桜は少し背中を丸めた父の姿を見つめ、思わず目が潤む。もう彼は幼い頃に見ていた、あの大きくて荒々しくて恐ろしい男ではなかった。年を取った。彼はまともな父親ではなかった。普通の父親のように愛情を注いでくれたことは一度もない。だが否定できないのは、自分を育てたのは彼だということ。さっき「骨は捨てる」と言ったのは嘘だった。火葬場の人間など、誰にも頼んでいない。わざとあんなことを言って怒らせたのだ。怖がって縋ってくるかもしれないと思って。拘置所を出た桜は道端でタクシーを拾い、一郎の家の住所を告げた。彼に学校へ行きたいと相談したとき、一郎は二つの大学のパンフレットを渡し、選ばせてくれた。口喧嘩ばかりしているけれど、彼は自分の言葉をきちんと心に留めてくれている。そのことに胸を打たれた。もう以前のような生き方はやめようと決心する。とわこが言っていた。人生は自分のもの、どんな道を歩むかは自分で決められる、と。一郎の家に戻った桜は門の暗証番号を押す。門が開くと、庭に停められた黒い車が目に入った。それは一郎の車ではない。出かけるときにはなかった車だ。不安を抱きながら庭を抜け、玄関へ向かう。暗証番号を押す前に、扉が内側から開いた。現れたのは、穏やかな顔立ちで、一郎とよく似た男。すぐに一郎の父親だと察した。「叔父さん、こんにちは」「君が桜だね。さあ入りなさい」父は彼女を中へ招き入れる。リビングに入ると、ソファでお茶を飲んでいる一郎の母の姿があった。「桜、こっちへおいで」母は落ち着いた様子で彼女を一瞥する。「私たちは今日来て、客間に女の子の
日本。奏の死が伝わると、町中でその話題が飛び交っていた。涼太はレラにそのことを伝えていなかったが、レラは洗面所でほかの人たちの会話を耳にしてしまった。彼女は洗面所から出て涼太の前に来ると、顔の悲しみを隠せなかった。「パパが死んだの?」涼太は不意を突かれて、どう返事すればいいのかわからなかった。「トイレの中で、おばさん二人が『奏が死んだ』って話してるのを聞いたの」レラの目は赤くなる。「どうして死んじゃったの?嫌だよ」涼太はすぐに彼女を抱き上げて車の方へ向かう。「レラ、まだ本当かどうか確定してないんだ。海外からの情報なんだって。ママが今、確認に行ってる。はっきりした連絡が入ったら教えるから」レラの目からは涙がこぼれる。「パパがいなくなるなんて嫌だ。いつもママとケンカしてるけど、私のことをすごく可愛がってくれたよ。ママのことも大事にしてた。だからこそママと張り合ってたんだと思う」「そうだよ、いい人だった。泣かないで、もしかしたら無事かもしれない。まずはママの連絡を待とう」「ママに電話したい」「今は飛行機の中で携帯を切ってるよ」「お兄ちゃんに電話する」「いいよ、今かけてあげる」涼太は片手でレラを抱え、もう片手で蓮の番号を押す。蓮はすぐに電話に出た。「お兄ちゃん、ううっ」蓮は妹が泣いている理由を理解していて、冷静に言う。「奏は死んでない」「本当?」「うん、遺体を見てないんだ。だから死んでない。遺体が運ばれてきたらそのときに泣け」レラは言葉を失う。「涼太叔父さんのところにいて、戻ってくるな」蓮は続ける。「今、勉強が忙しい。世話してる余裕がない。ママが帰ってきてから帰ってこい」レラは言葉が出ないまま震えている。拘置所。桜は和夫の面会に来ていた。今日は奏のニュースを見て、気持ちが沈んでいる。奏が死んだらすぐに父さんも死ぬかもしれない。家族が壊れていくように感じる。もともと家族に未練はなかった。以前なら家族が散ればそれでよかった。だがとわこが自分に優しくしてくれたことで、勝手に期待を抱いてしまった。今までずっと奏が戻ってきて、とわこと仲直りしてほしいと願ってきた。そうなれば自分は奏の実の妹という立場で、とわこと良い関係を保てるはずだった。まさか奏がこんなふうに亡くなるな
検索結果に出てきたのは、日本での奏に関するさまざまなニュースばかりだ。マイクはふと思いつき、剛の名前を入力した。すると一連の関連記事が表示された。最新の記事には、黒いスーツを着た剛が花屋で菊の花を買っている写真が載っていた。その姿はどう見ても葬儀に参列するためのものだ。まさか、それは奏の葬儀なのか。マイクは記事の日時を確認した。昨日の出来事だと記されていた。ということは、奏は昨日亡くなり、その情報が今日国内へ伝わったということか。マイクは記事をスクリーンショットにして子遠へ送った。子遠からは長い沈黙を示すかのような句点だけの返信が届いた。一郎はニュースを見るなり、すぐさまY国行きの航空券を購入した。瞳はまず、とわこの番号に電話をかけた。そのときアメリカは深夜だった。とわこは半錠の睡眠薬を飲んで、ぐっすり眠っていた。瞳の最初の電話はつながらなかった。胸が締めつけられる思いで、彼女はもう一度かけた。これほど大きなことが起きてしまった以上、とわこにはすぐに知らせなければならない。三度目の着信で、とわこは目を覚ました。時計を見て不思議に思いながら電話に出る。「とわこ、奏が死んだ!国内のニュースで大騒ぎになってる!」瞳の声は震えていた。「Y国で亡くなったらしいの。もちろんニュース上の話だけどね。しかも記事は文字だけで、写真はなかった。一郎はもうY国に飛んでる。あなたはどうするの……」とわこは暗い部屋の中で呆然とし、言葉より先に涙がこぼれた。「とわこ、聞いてる?」返事がないため、瞳は声を強めた。「奏が死んだ?死んだって言ったの?」彼女はスマホを握りしめ、素早くベッドから起き上がり、部屋の灯りをつけた。「そう、国内のニュースはそう報じてる。真相はY国で確認しないと分からないけど」瞳は続けた。「一郎からの報せを待ってみたら?」「彼が死ぬなんてあり得ない……剛とは仲が良かったはず……子遠もそう言ってた。彼とは長い付き合いで、一郎よりも前から知ってたのよ……そんな相手がどうして奏を殺すの……」とわこは泣きながらベッドを降り、急いでクローゼットに向かって服を探した。「とわこ、落ち着いて。フェイクニュースの可能性もあるわ。奏は危険を見抜けないほど愚かじゃない。あんなに鋭い人が、そう簡単に死ぬはず
「あるメディアに情報源を問い合わせたんだ。すると内部の人間からの話だと言う。どんな内部の人間かとさらに聞いたら、彼らもまた伝聞だって答えた」子遠はそう言って大きく息を吐いた。「彼らはAモーニングが先にこのニュースを出したから、後を追って報じただけらしい。Aモーニングのほうは、Y国に駐在している記者から送られてきた情報だそうだ」最初、子遠はこのニュースを信じたくなかった。だがY国からの情報だと聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。「つまり本当だって言いたいのか?」マイクの顔は青ざめ、信じられない思いでいっぱいだった。とわこは今回一緒に帰国していなかったが、このニュースが広まればすぐに彼女の耳に入る。彼女はいま必死に奏を探そうとしている。その彼女にこんな知らせをどう伝えろというのか。「遺体を確認していない以上、本当だなんて断言できない」子遠は苦しげに言葉を継いだ。「ただ、本当にY国にいる可能性が高くて、そのY国から情報が流れてきた。だから落ち着いていられないんだ」「落ち着け。俺が今すぐY国のニュースを調べる」マイクはそう言って電話を切った。蓮はずっとリビングにいた。マイクの会話を最初から聞いていた。水を吹き出したときから耳をそばだて、何が起きたのか知りたくて仕方がなかった。「どうしたんだ?奏がY国にいるんだろ、奏に何かあったのか?」マイクが電話を切った途端、蓮が問いかけた。子遠の言葉までは聞こえなかったが、マイクがY国の名を出したので、奏に関わることだと察した。「国内のメディアがみんな奏の死を報じている。ただ真実かどうかは分からない。だから俺がY国のニュースを調べるつもりだ」マイクは自室へと足早に向かっていった。「頭が痛い!とわこがこのニュースを知ったら、どれほど悲しむか。今回のケンカは、とわこが隠し事をしたせいで誤解を生んで、それで株を手放す事態になったんだ」「とわこはずっと後悔してる。その誤解を解かないまま、もし彼が死んでしまったら、きっと一生苦しむだろう」マイクはさらに言い足した。蓮は奏の死を聞いた瞬間、表情が凍りついた。気持ちは複雑だ。どれほど奏を嫌っていても、母と妹たちのことを考えれば、生きていてほしいと願わずにはいられなかった。マイクが部屋に入ると、蓮も自分の部屋へ戻った。ノートパソコンを
「わかったわかった、君の言う通りだよ。でも本当にY国へ行くつもりか?」マイクの顔は険しい。「あの国はあまり安全じゃないぞ」「資料を調べたけど、あなたが言うほど怖い場所じゃないわ。子どもの前でそんなこと言わないで」彼女は子どもが心配するのを恐れていた。「わかった、もう黙るよ。とにかく気をつけてくれ」「護衛を連れて行くわ。私は奏を探しに行くのであって、死にに行くんじゃない」マイクはうなずいた。「もし彼を連れ戻せたら、君たち二人は少し反省すべきだな。毎回ケンカのたびに天地がひっくり返るような騒ぎを起こして、君たちは耐えられても子どもはどうだ?周りの友達……例えば俺はどうなんだ?」「私たちだって好きでケンカしてるわけじゃないのよ。辛いのは私たちも同じ」「だったらケンカをやめればいいだろ!株を手放したから何だ。相手は黒介っておバカで、弥じゃないんだぞ。子遠も言ってただろ、他にも資産はたくさんある。君と子ども三人を養うくらい問題ないって。俺から見れば、君たち夫婦は普段の生活が贅沢すぎて、ちょっとした打撃に耐えられないだけだ」「文句を言うなら私だけにして。奏のことを悪く言わないで」とわこは奏が誰かに責められるのをどうしても許せなかった。「まだ庇うのか。あいつのあのひどい性格は、君が甘やかしたせいだろ!」マイクはぼやいた。「食べないなら外で待ってて。食事の邪魔しないで」とわこは彼を睨んだ。マイクはすぐに口をつぐんだ。日本。豪華なヨーロッパ風の別荘の中。すみれの頬は赤らみ、ワイングラスを掲げて副社長や数人の投資家たちと祝杯をあげていた。「誰が想像したかしら。たった一年で奏が没落するなんて」すみれは一口ワインを含んだあと、視線が鋭くなった。「次はとわこの番よ」「もともと奏とは競合関係じゃなかっただろう」「でもあの男、とわこのために私を殺そうとしたのよ」長い間屈辱を押し殺してきたすみれの胸には、鬱憤が渦巻いていた。「すみれ、油断は禁物だ。奏は確かに株を譲渡したが、あの頭脳さえあればいつでも復活できる。資金調達して新しい事業を立ち上げるのなんて造作もない」投資家が口を開いた。「もし彼が私のところに来たら、喜んで投資するつもりだ」「ふん、夢を見るのは勝手だけど、そううまくはいかないわ」すみれはグラスを置き、スマホを手に取
奏は死なない。とわこも死なない。彼女は絶対に弥の企みを成功させたりしない。気持ちを落ち着けてから入院棟に向かうと、ちょうどマイクが二人の子どもを連れて結菜の病室から出てくるところだった。「ママ!」レラがとわこを見つけ、大きな足取りで駆け寄ってくる。とわこは両腕を広げ、娘を抱きしめる。「ママ、会いたかった!ママは私のこと考えてくれてた?」レラは甘えるようにとわこの胸に顔を埋める。「もちろん考えてたわ。帰ってこなかったら、ママが迎えに行くところだったの」とわこは娘の柔らかい頬に軽くキスをする。「ママ、結菜に会ったよ。結菜ね、パパが本当のお兄さんじゃないって知って、泣いちゃった。でも私たちが慰めてあげたの。退院したら一緒に住もうって言ったよ!」「いいわよ。でもその前に、ママはパパを探しに行かないと」とわこは正直に話す。「ママ、これからY国に行くの。パパが見つからなくても、必ず一か月に一度は帰ってくるから」「一か月に一度って、一年でたった十二回じゃない!もしパパがずっと見つからなかったら?」レラの唇がしゅっと尖る。とわこは一瞬言葉を失う。「もし年末まで見つからなかったら、その時はいったん探すのをやめるわ」「ママが探さなかったら、パパはもう二度と戻らないってこと?」レラの胸に寂しさが広がる。せっかくパパのことを認められたのに、幸せを感じる間もなくまたいなくなってしまった。やっぱり自分はパパを持てない運命なのか。「レラ、その質問には答えられないの。パパはもう大人だから、子どもじゃない。帰ってくるかもしれないし、二度と戻らないかもしれない」とわこはぎこちなく笑い、「さあ、ご飯を食べに行きましょう」と話題を切る。四人は病院近くのレストランに入る。蓮が鞄から金色のトロフィーを取り出し、とわこの前に差し出す。「ママ、これあげる」受け取って見ると、そこには「ハッカーカップ優勝」と刻まれている。「出場を断ったんじゃなかったの?」とわこは驚きを隠せない。「でも先生に説得されて、決勝だけ出たんだ」蓮は目を伏せる。「蓮、すごいじゃない!最初の資格テストだって、実力で突破したんだもの。パパの力なんて関係ない」とわこはトロフィーを胸に抱きしめる。「ママは誇りに思うわ!」「ママ、私も将来すごい人になる。ママに誇りに







