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第976話

Author: かんもく
「とわこ、何を見てるんだ?」奏の整った顔が、少し赤く染まった。

和解して以来、ふたりは以前のような親密さを取り戻していたが、彼女が喧嘩もしていないのに、こんなふうに真っ直ぐ自分を見つめてくるのは珍しい。

彼には、彼女の心の内が読めなかった。

だからこそ、彼女に惹かれてしまうのだろう。

「今日のあなた、なんだか特別にカッコいいわ」とわこは彼の手を取り、ソファへと座らせると、彼の髪にそっと指を通した。「ヘアジェル付けてるの?付けすぎると髪に悪いわよ。付けなくても、十分カッコいいんだから」

「......」

奏は疑問を隠せなかった。今日は何か変だな。薬でも飲み間違えたか?

「朝ごはんは食べた?ミルクでも飲む?」彼女はそう言うと、返事も待たずにキッチンへ行き、温めたミルクを持ってきた。「温かいから、飲んで」

ミルクのカップを受け取った彼は、彼女の様子を怪訝そうに見つめる。「とわこ」

「動かないで!あなたの髪に白髪が見えたかも!」彼女は彼の顔を正面に向け直し、慎重に髪の中から二本ほどを引き抜いた。

痛みは大したことなかったが、精神的な衝撃はかなりのものだった。

白髪があるなんて。

「見せてくれ」奏は自分の白髪を確認しようとした。

とわこの表情に一瞬、動揺の色が走った。「白髪なんて見るものじゃないわ。さっき引っこ抜いたの、もう床に捨てちゃったし。探したかったら、床を見てみる?」

そう言って、彼女は大きくあくびをした。

奏が床にしゃがみ込んで自分の白髪を探すわけがない。

だが、不思議なことに、彼女の様子は、その白髪を抜いたあたりから、妙に落ち着いてきた気がする。

「昨日、今朝来るなんて言ってなかったでしょ?こんなに早く来たってことは、何か用事?」とわこはそう言いながら寝室へ向かう。「着替えてくるから、リビングで待ってて」

奏はミルクを持ったまま、ソファから立ち上がった。

ちょうどそこへ三浦が、蒼を抱いて現れた。

「蒼は今朝の五時に起きて、七時まで遊び続けてました。今はとっても気持ちよさそうに寝てますよ」三浦は笑顔で言った。「寝返りも上手になってきたし、あと二ヶ月もすれば、歩き出すかもしれませんね」

奏は、息子の丸いほっぺたを見つめ、優しく目を細めた。「三浦さん、とわこ、さっきちょっと変じゃなかった?」

三浦はきょとんとして答えた。「変で
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