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第980話

Author: かんもく
常盤グループ。

一郎は奏の椅子にふんぞり返り、ふざけたような笑みを浮かべていた。ドアが開き、奏が入ってくると、すかさず口を開いた。

「奏、さすがに早すぎない?たった二日でとわこを落として、もう結婚準備って。子遠から電話もらわなかったら、式が終わるまで黙ってるつもりだった?」からかい口調だが、悪意はない。今の奏が何を言われても怒らないことを、一郎はよく分かっていた。

奏は無言で机まで歩くと、短く問いかけた。「三木家と大石家って、関係が深かったか?」

「大石家ってどの?」

「青山の大石家。大石が亡くなって、今は息子の大石修介が当主だ」その口調には明らかな怒気が混じっていた。「俺があの時、内部のスタッフを買収してなかったら、今ごろ死んでいたかもしれない」

「マジかよ」一郎は仰天し、勢いよく椅子から立ち上がった。「子遠からは、君ととわこが結婚するって話しか聞いてないぞ。命の危機なんて一言も!三木家と大石家の関係は正直よくわからん。直美って家の話はほとんどしなかったからな」

「数年前、直美が休暇を取ったことがあっただろ?あれ、大石家の宴に出席するためだった。お前は、忘れたかもしれないが」

「そう言えば、そんなこともあったな」一郎は腕を組み、眉をひそめた。「でもまさか、彼女が君を殺そうとしたって思ってるのか?無理だろ、それは。直美って、君のためなら命だって捨てるタイプだぞ?」

「彼女はもう、あの頃の直美じゃない」奏の目が鋭く光る。「殺そうとしたのは俺だけじゃない。あの別荘にいた全員を殺す気だった。彼女の心は、もう完全に歪んでるんだ」

一郎は、言葉を失った。

「もう、彼女を野放しにはできない」奏は彼の目をじっと見つめる。「今度の結婚式の招待状、彼女に届けてくれ。それとなく話を引き出してくれ。俺は、確信が欲しいんだ」

その言葉に、一郎の笑顔がすっと消えた。「もし、彼女が自分じゃないって言ったら?」

「なら、スマホを見せてもらう。あの夜、大石と通話していたかどうかを調べる」奏の声は冷徹だった。

一郎は小さくうなずいた。「了解。けど、もし本当に彼女が犯人だったらどうする?やっぱり、殺すのか?」

「殺さなければ、俺が殺される」奏の拳がきつく握りしめられる。「俺はもうすぐとわこと結婚する。俺たちには三人の子どもがいる。死ぬわけにはいかない。とわこや子どもたちに
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