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第876話

Author: 佐藤 月汐夜
莉子は、会社では桃がいないぶん、自分が雅彦と落ち着いて過ごせる時間だと思っていた。なのに、また図々しくついて来るとは思ってもみなかった。

そんなとき、双葉がやってきて、莉子の視線を辿って振り返った。「あの人が、私のライバルってこと?」

頭の中で思い返してみたが、桃の顔にはまったく見覚えがなかった。完全に無名の存在だった。

「そうよ」莉子は目を逸らしながら答えた。口調には、どこか苛立ちがにじんでいた。

双葉は昔から莉子をよく知っていたので、彼女の声を聞いてすぐ違和感を覚えた。今の莉子は、怒っている。

莉子の表情を見て、双葉はあることに気づいたようだった。「まさか、この人が雅彦様の――」

奥さんという言葉を言い終える前に、莉子が遮った。

「そう、彼女よ。彼女が雅彦に何を吹き込んだのか知らないけど、あんな経験もろくにない女に、どうしてこんな大きなプロジェクトを任せられるのかしら」

双葉は最初、心の中で少し不安を感じていた。もしかすると桃は、実はすごい実力者だったり、有名な人物の弟子だったりするんじゃないかと警戒していたが、彼女と雅彦の関係を知ると、一気に自信を取り戻した。

「莉子、大丈夫。今回は私に任せて。私は男に頼らなきゃ何もできない女より、腕には自信があるわ。でも……少し気になることがあって」

「何が?」

「今回のデザイン案、雅彦様も審査に関わるって話だけど……もし彼が最初から身内を贔屓するつもりなら、私がどんなに良い案を出しても無意味なんじゃない?」

莉子の表情はさらに曇った。確かに、それは不安だった。「心配いらないわ。私は直接、雅彦にそのことについてはっきり話すつもり。彼はもともと公平な人だから、そんなことはしないわ」

莉子はそう断言したものの、内心では自信がなかった。

自分が帰国してから目の当たりにしたのは、雅彦が桃のために数々のルールを破っていく姿だった。もう、昔の彼ではない。

でも、だからといって、自分の目の前で彼があんな女のせいで堕ちていくのを、黙って見ているつもりはなかった。

「莉子、焦らないで。あの女、どこを取ってもあなたには敵わない。時間が経てば、彼もきっとあなたの良さに気づくはずよ」

双葉は自分が莉子にとって、ここで唯一頼れる存在になりたいと思っていた。だから、彼女の気に入るような言葉をわざと選んで話した。

「う
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