登入「毎日毎時間毎分毎秒幸せにする。死んでも」 大学受験を控え、アルバイトを辞めた帰り道。葵依は常連客・金城壱から告白される。 二年前、クレーマーから自分を助けてくれた人。亡き母と同じ煙草の香りがする人。 その優しさに惹かれ、葵依は壱の想いを受け入れた。 しかし彼は、二年間の片想いを拗らせた超が付くほど愛が重い男だった。 交際初日から結婚計画。 将来設計は完璧。 逃げ道は存在しない。 けれど壱は誰よりも優しく、誰よりも甘く、誰よりも葵依の幸せを願っている。 愛されることに慣れていなかった少女が、本当の幸せを知っていく長い恋の物語。
查看更多 高校一年生から二年間勤めたコンビニのバイトを
葵依は撫でられた頭に触れ──心の奥がまたも擽ったい気持ちになる。 (あぁ……ダメだ) 壱から心配されて鼻がツンとする。 心配される事は嫌いだ。だからいつもは笑顔で「大丈夫です」と話を切り上げる。でも、今までとは違う感情が芽生えた。 壱から心配された。ただそれだけなのに、心が震える。今までと違う感情に葵依は戸惑った。 田中や担任、バイト仲間から受ける心配や親切よりも、壱からの言葉が嬉しい──いつもと違う感情の起伏なのに葵依自身それに気付いていない。 (感情を自分から切り離す事が出来たら良いのに) 今日は珍しく沢山喋ったから感情が不安定だ。 俯かず、前を見なければと目を大きく見開くとまだ背を屈めたまま自分を覗き込む壱の目と目が合って面食らった。その表情には不安の色がありありと浮かんでいた。 「レイプ被害の80%は面識がある犯行なんだからな。そのうち顔見知り程度が14%だ。数字でも表れているんだから、プレゼントを渡すだけとかいう言葉を簡単に信じちゃ駄目だ」 壱の口から「レイプ」という不穏な単語を聞いて葵依は押し黙った。 プレゼントを取りに行くだけだと思っていたのだが壱の話を聞いて、そういう危険があるのかと怖くなって、身震いをする。 「ごめんなさい……」 しゅん、と葵依は項垂れた。簡単に考えていた自分が恥ずかしくて素直に謝ると、壱から「俺も強く言い過ぎたよ。ごめんな」と申し訳なさそうに目尻を下げられた。 壱は背を正して、 「そういう危険が自分の身に降りかかるか誰にも分からないもんだが、その危険性を如何にして減らすか出来る範囲でやっていこうな」 「はい!」と葵依は頷いた。 「あ、じゃあ自転車で夜道を走らないというのは防犯になりますか?」 叔父が葵依に課した約束の一つだ。叔父が言うように安全なのかを確認したかった。 「なる。自転車狙いの待ち伏せタイプは多いんだ。夜道は人通りが少ない場所は特に危険だ。闇に隠れて横から自転車を蹴飛ばすとかバンで横について自転車ごとバンへ掻っ攫うとか。自転車へ乗っていると対応が遅れて逃げられない」 スラスラと答える壱に葵依は「へぇ!」と感嘆した。 「じゃあ、夜道を歩く時は携帯電話で話しながら帰る、はどうですか?」 「それは危険だ。注意力が散漫になって周囲の音や背後から不審者が近
会話の中で葵依は壱へ自分の母が娘の誕生日を迎える前に末期癌で息を引き取った事や叔父と従弟の話、それから通う高校を受験した理由は成績次第でありとあらゆる学費が免除になり、お金が発生しないからだと話をした。給付金を貰っている話も友人が一人しかいない事まで話す。その目には『同情』はなかった。「気を休めた方が良いよ」とか「頑張り過ぎるのは良くないよ」とか「頑張っているね」とか……そういう言葉を掛けられる事はなく。ただ、相槌を打ちながら葵依の話を聞く。話を最後まで聞いてくれたのは、壱が初めてだった。壱は聞き上手で同情の眼差しで自分を見ないし安っぽい言葉も言わない。絶妙なところで相槌を打って、話が一段落した後に質問をしてくるのだ。「それで、どう感じた?」とか……お陰で誰にも話した事がない誕生日前に母を亡くした時の感情まで吐露してしまう。その記憶を思い出してしまって泣きそうになってしまうのを堪える為に、空いた手を強く握り締めて痛みで涙を堪えた。 「113番」しか喋らず、同僚と来店した時だけ喋る姿を見ていた葵依は壱がこんなにも話すなんて葵依は夢にも思ってもいなかった。 しかも、その会話を楽しんでいる自分がいる。壱に対する警戒心は既に薄まっていて、葵依は純粋に壱との会話を楽しんでいた。 「八月が楽しみだな」とニコっと笑う壱に葵依は笑顔を返した。 八月という、あと三カ月先の約束をされて葵依の胸は弾んだ。約束をしたという事は、八月は会えるという事だ。受験勉強で忙しくデートへ出掛ける暇はないと言ったけど、それくらいは作ってあげたい。 (でも、壱さんはお仕事が激務って言ってた) 時間は合うかな。 ……合えばいいな。 母親が亡くなって、誰かへ料理を振る舞う機会がなくなった葵依は、自分が作った料理を食べてもらえる事が嬉しくてしょうがない。ウキウキする。 「壱さんの大好物はなんですか?」 「豚の生姜焼き」 「じゃあ、ケーキと一緒に作りますね」 そう言うと、一瞬黙ってしまった壱を見て葵依は首を傾げる。もしかしたら、適当に言った大好物かもしれない。それとも、ケーキには合わないって思ったかな……。生姜焼きっていつでも作れるから特別感ないかも。 しかし、間を置いて耳まで赤くなった壱の発言を聞いてそれは勘違いだと葵依は知った。 「すげー嬉しい……」 赤が感染
葵依が住むアパートは信号を渡って、真っ直ぐに進んだ後公園を左へ曲がる。 それを真っ直ぐ進んで、一つ目の角を曲がると道路が細くなる。些か狭い車道は対向車があれば、どちらか一方は1台が通り過ぎるまで待たねばならないような不便な道路で電灯は心もとない弱い光で、家から漏れる灯りはそうそう強くない。そんな道を葵依と壱は手を繋いだまま葵依のアパートへ向かった。 葵依が住むアパートへ着くまで二人はお互いの事を知ろう、と交互に質問をして答えるという会話を繰り広げていた。 「好きなお菓子は何ですか?」 「甘いのは好き好んで食べないな。ガムは食べるよ。葵依は?」 「チョコが好きです」 「コンビニでさ、値段が手軽でピーナッツチョコあるじゃん? 俺、あれ好きなんだよね。チョコの甘さが控えめでピーナッツに歯ごたえあって」 「私も好きです! コンビニによって甘さと食感が違うんですよ。お家で手軽に食べたいって思って一時期、自分で作って食べてました。でも、コンビニと同じ味は出せなかったです」 「俺、葵依が作ったそれ食べたいな。今度作ってくれる? すぐにできるもんなの?」 「30分くらいです。チョコが固いのを好みなら冷蔵庫へ冷やす時間をもうちょっとだけ長くするので、それ以上かかります。甘さ控えめが好きならビターチョコで良いですか?」 「ビターが良いな。葵依って他にも作れるの?」 「最近は作る事が出来ていなくて……でも趣味がお菓子作りなんです。一度で良いからケーキを焼いてみたいんですけど、お家にはオーブンがなくて。だからレアチーズケーキとか、生チョコタルトとか、オーブンを使わなくて済むお菓子をママの誕生日によく作ってました。あと、プリンも作ったことがあります」 「へぇ。今度俺にも作ってよ」 「もちろんです!」 満面の笑みで承諾してくれた葵依を見て、壱はだらしなく頬を緩めた。 好きな子が自分の事を知ってくれることが、こんなにも胸を満たしてくれることを壱は生まれて初めて知った。 「じゃあ次は俺から質問」 壱は軽く咳き込んだ。 「葵依は休みの日は何をしてるの?」 「勉強です!」 「大学はどこに行きたいの?」 「T大です!」 「へえ。俺も同じ大学」 「わあ! じゃあ私の先輩ですね!」 外灯が少ない夜道にも関わらず、眩しさを感じて、壱は葵依の笑顔
「あ……ぅ」 口をパクパクさせながら葵依の頬が染まっていくのを見届けて、壱は葵依の掴んだ指先に自分の指を絡める。白い箇所が1ミリも残らない程、葵依は赤く染まった。 「これからよろしく頼む」 「こ、ちらこそよろしくお願いします。つまらない者ですが……」 ペコッと頭を下げる葵依の動作がいちいち可愛くて困る。 頭を下げたまま動かなくなった葵依の旋毛を見て、旋毛にまで愛しさを感じてしまう。自分ながらに気持ち悪いなと思うも、そんな自分を不思議と嫌いになれない。恋とはここまで人を変えてしまうのか。恐ろしいと思うも嬉しくも思う。矛盾した気持ちに壱は人知れず苦笑を浮かべた。 それから、変わらず頭を下げた葵依に背を屈めて顔を近付ける。下から覗き込むと、唇をむにゃむにゃと動かしている葵依がいた。突然覗き込まれて、動きは止まったが。 「一つだけ訊いて良いか?」 葵依はコクンと顎を動かす。 「どうして、俺と付き合う気になった?」 年上の、顔見知り程度の男に告白されれば、いくらなんでも怖いだろう。それが例え、顔が良い男でも。 大の大人が精神的に未熟な17歳に面と向かって告白をするような男にろくなのは居ない──自分にブーメランが返ってくるが、そういう認識は間違いではない。お互いの接点を失う前に、何かしらの繋がりを持ちたかった。それは告白をする、という今日の行動に結び付く。 逃げるチャンスはあった。 これでも、逃げ道は用意してあげていた。 腰を引き寄せた時だって、肩を抱いた時も脈を測る時も力の半分も出してはいなかった。簡単に解けるものを彼女は抵抗せず、距離を取った時でさえ信号を渡らず、俺の目の前に居た。もしも、大声で叫んで誰かが駆け付けたとしても俺は捕まる覚悟でいたし、信号を渡って逃げ去ったとしても追いかける気はなかった。今日、手酷く振られたとしても失恋した心と共に二度と彼女に交わらないように人生を過ごす心持ちだったのだ。 『こんな私で良ければ……宜しくお願いします』 (これでもう──逃がしてあげられない) 一度、自分の腕の中に入ってきたのだから離すつもりはない。逃げたい、別れたいなんて思わせないように幸福という檻の中で囲む。 例え、俺の押しに負けたとしても。もし俺の前にしつこく迫る男が現れていたとしたら、そいつを受け入れていたのかも