Share

第4話

Author: 羽鳥
その夜、航は帰ってこなかった。

翌日の昼頃ようやく帰宅した航は、ほのかにウッディ系の香水の匂いをまとっていた。

陽菜が愛用している香水の香りだ。

航は玄関に車の鍵を放り投げ、冷ややかな目つきで私を見た。

「もう満足か?」

ガムテープで段ボールを塞いでいた私は、顔すら上げなかった。

「おい、聞こえてるのか?」航が段ボールを蹴り飛ばす。「こんなガラクタを整理して何になるんだ?」

「もう使わないものをまとめているだけ」

航はふっと鼻で笑った。

「千雪、駆け引きにしてはずいぶんとくだらないな。数日口をきかなければ、俺が折れるとでも思っているのか?」

私は立ち上がり、手に付いた埃を払う。

「別に、あなたに機嫌を取ってもらおうなんて思ってないから」

「ならその態度はなんだ?君のせいで成瀬さんは昨夜、1時間近くも泣いていたんだぞ。普通、謝るのが筋だろ?」

「絶対に謝らない」

「話にならないな!」

航は苛立ちを露わにし、ソファにどっかりと座った。

「来週の水曜日、俺はI国へのフライトが入っているから、君とやり合ってる暇はない。自分の過ちを認めるなら、成瀬さんに譲るつもりだった家族チケットを、君にやってもいいぞ。オーロラを見に連れて行ってやる」

私は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

オーロラ。

6年前、私は甲状腺に腫瘍が見つかった。良性だとわかっていても、当時は生きた心地がしなかった。

そのとき航は病室で私の手を握り、約束してくれた。「治ったら一緒にオーロラを見に行こう。俺の操縦する飛行機で、一番綺麗な夜空を二人で見よう」

航はその約束を、6年も先延ばしにしていた。

なのに今になって、その昔の約束をまるで私への施しのように差し出してくる。

しかも、もともと陽菜のために用意していたチケットを……

「いらないのか?」反応がない私に、航は眉を寄せた。「このチケットがどれほど貴重か知らないのか?成瀬さんに散々せがまれてようやく手に入れたんだぞ?でも、俺たちの8年記念もあるし、君に譲ってやろうって言ってるんだ」

「そのチケット……成瀬さんにあげて」私は震える声で、航にそう言った。

「なんて言ったんだ?」

「成瀬さんにあげて。私はいらないから」

航が急に立ち上がった。その表情は恐ろしいほどに険しい。

「千雪、いい加減にしろ。チャンスを与えてやったのに、君が自分で捨てたんだからな。後悔しても知らないぞ」

「後悔なんかしない」

すると、航が近くにあったガラスコップを勢いよく床に投げつけた。

飛び散った破片が私のふくらはぎを切り、鮮血が流れる。

しかし、航は私を見ることもせずに、ドアを荒々しく閉めて出ていった。

ふくらはぎから流れる血をじっと見つめ、私はティッシュで拭き取った。

不思議と痛くはない。

時の流れは速いもので、すぐに来週の水曜日になった。

一緒になって8年目の記念日。

そして私の退職届が受理され、この街を去る日でもある。

スーツケースを引き、私はタクシーで空港へと向かった。

私の便は15時の雲嶺行き。

搭乗券を手にして、私はロビーの椅子から飛び交う飛行機を眺めた。

航たちがオーロラを見に行くフライトは14時の離陸だ。

航は今ごろ、操縦席でエンジン始動の手順を進めているのだろう。

この8年間の締めくくりとして、最後に航のフライト状況を確認しよう。

フライト情報アプリをタップすると、搭乗クルーの情報が出てきた。

しかし、機長の名前は航ではなかった。

全く見知らぬ名前が表示されている。

私は思わず目を見開いた。

病気か何かで急遽変更になったのか?

その時、ファーストクラスのラウンジがふと目に入った。

カジュアルな服装をした男性が、ピンクのスーツケースを押して歩いている。

隣には同色系で同じくカジュアルな服装をした女性がいた。

その女性は仲睦まじげに男の腕にすがり、肩に頭を乗せている。

それは航と陽菜だった。

ラウンジへ消えていく二人を、私がただ呆然と見つめていると、そばにいたグランドスタッフの会話が聞こえてきた。

「さっきのって、坂本機長じゃなかった?今日はI国便のフライトじゃないの?」

「急に有給を取ったみたいだよ。成瀬さんとG国に行くためじゃないかって話」

「だって、成瀬さんったら昨日のグループチャットで自慢してたんだから。坂本機長が自分のためにI国行きのフライトを断って、休暇に連れてってくれるって」

「坂本機長の成瀬さんに対する入れ込みよう、本当に凄いんだね」

私にはなんだか急に滑稽に思えた。

そもそもあのチケットは、彼が私と仲直りをするために準備したものではなかったらしい。

なぜなら、航は陽菜のために、本来の飛行任務さえ放棄し、彼女との二人きりのオーロラツアーを計画していただけなのだから。

それなのに、その事実を覆い隠すために、まるで恩恵のような嘘を並べ、私に感謝すらさせようとしていた。

搭乗のアナウンスが流れる。

私は再びファーストクラスのラウンジを見つめた。

だがすぐに背を向けて、手にしていたチケットを搭乗口のグランドスタッフへと差し出す。

ハッチが閉まり、離陸すると機体が空へ舞い上がった。

上空1万メートルの世界で、航の航空会社の飛行機は私を乗せて雲の彼方へ突き進む。

最愛の陽菜のために有給を取った航は、今ごろどこか別の飛行機の座席で旅を楽しんでいることだろう。

私は窓の外に広がる雲の海を見下ろす。

8年越しに、ようやく自由になれた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第10話

    雲嶺市の雨が上がった。私は着古したスウェットを羽織り、髪をざっくりとポニーテールにまとめて家の門を押し開いた。ポケットの中で携帯が震えた。私は自転車に鍵を差し込みながら、携帯を取り出す。それは南からのメッセージで、画面からでも興奮が伝わってきた。【家の名義変更が終わったよ!いつでも売りに出せるって不動産屋が言ってたけど、いくらで売るつもり?】あの家は、あの街と私の最後の繋がりだった。私は自転車に跨り、片手でメッセージを打つ。【相場でいいよ。売れたお金で、二人でここにゲストハウスを開くっていうのはどう?】送信して10秒もしないうちに、南から畳みかけるような返信が来た。猫が地面にひれ伏して拝んでいるスタンプ。猫の頭の上には「太っ腹」という文字が揺れている。続けてメッセージも送られてきた。【千雪!私、今から退職届出して、今夜にでもチケットとるよ!】デスクの下に携帯を隠して、コソコソとやりとりする南の必死な姿が目に浮かぶ。私は思わず笑ってしまった。そして、携帯をポケットに戻すと、勢いよくペダルを漕ぎ出した。道の角では、二人の老婦人が腰を下ろして談笑していて、彼女たちの目の前のバケツには、雫をまとった百合の花が挿されている。何を話しているのかはよく聞こえなかったけれど、そんな二人の雰囲気に私までなんだか気分が明るくなった。一人の老婆が顔を上げて私を見つめ、笑顔で会釈をしてくれた。だから私も同じように会釈を返す。通りを抜けると、一気に視界が開けた。私はスピードを緩め、耳元を通り抜ける風を感じた。この空気は特別だ。電車の埃っぽい匂いも、コピー機のトナーの臭いも、チェーン店から匂ってくる油っぽい匂いもしない。ただ湖から吹いてくる、草木の香りが混ざっただけの綺麗な風。湖のほとりのこの時間は人も少なく、セルフィースティックを手にポーズを決めている若いカップルが一組いるだけだった。女の子は嬉しそうに笑っているのに、男の子はずっと角度が定まらず、彼女に軽く頭を小突かれている。自転車を脇に停め、私は柵の一番外側へと進んだ。湖面には、真っ赤に染まった夕焼けが映し出されていた。カップルの女性が場所を変え、男性の方に指示を出す。「カッコよく撮ってあげるから、ポーズとって!」しかし、ぎこちないポー

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第9話

    航が雲嶺市を去ってから、私の日々は完全に穏やかなものとなった。南からラインが送られてきたのだが、航は雲嶺市から戻ってからひどく体調を崩したらしい。40度の高熱を出し、病院で3日間点滴を打ったそうだ。さらに退院後、航は旅客機には乗らないことにしたらしく、会社へ貨物機への異動願いを出したという。聞いた話だと、旅客機に搭乗するたびに、ジャンプシートが空っぽなのを見てぼーっとしてしまうらしくて、危うくフライト事故を起こしかけたんだって。それで会社も仕方なく、貨物機に回したみたいよ」南の声には少しの感慨が混じっていたが、それ以上に、どこかすっきりしたような痛快さがあった。陽菜に関しては、後ろ盾である航を失ったことで、社内で肩身が狭くなり、さらには敵も多かったことから、自主退職したそうだ。南からのそんな内容を見ても、私の心はとても静かだった。なぜなら、彼らがどうなろうと、私にはどうでもいいことだから。それから1ヶ月が経った。雲嶺市は雨季に入り、石畳がしとしとと雨に打たれていた。外でインターホンが鳴った。「こんにちは。宅急便です」私は傘を差して玄関に出て、平たい段ボールを受け取った。送り主は航だった。私は家に戻り、カッターで段ボールのテープを切る。中には2つのものが入っていた。1つは書類関係。署名済みの離婚届と離婚協議書、そしてキャッシュカードだった。離婚協議書には、以前のマンションの権利を全て私へ譲渡するという内容が書かれ、名義変更の手続き費用も全て航が負担することになっていた。キャッシュカードの下にはメモが一枚。【ここ数年で貯めたお金だ。暗証番号は君の誕生日だよ。家は引き払ったから鍵は管理センターに預けてある。俺にできることは、これしかなかったんだ】記載された条件を確認し、私は書類を整理した。これは8年という月日を無駄にされたことに対しての慰謝料だと思うから、私は拒むつもりはない。そして、もうひとつは箱の底に入っていた。繊細な木製のオルゴール。オルゴールには雪山が彫られていた。そこに飛行機も、コックピットもなければ、小熊のぬいぐるみもいない。ただ赤い木で彫り出された夕日だけが、そっと山頂に輝いている。私はゼンマイを巻いてみた。部屋中にオルゴールの澄んだ音が響き渡る。

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第8話

    しかし、航が現れても私は一切何も感じなかった。私は最後の一口を口に入れ、ティッシュで口元を拭う。「場所を間違えているみたいだよ。ここは私有地だから」航は大股で中に入り、後ろ手に門を閉めた。今の航はかなり痩せて、顎には青髭が目立ち、いつもはアイロンが効いているはずのシャツも、皺だらけだ。かつて華やかだった機長の面影は、見る影もない。「千雪、俺が悪かった」私の前に歩み寄ってくる航の声はかすれ、目は血走っている。「成瀬は追い出したし、あいつの物は全部捨てた。これからジャンプシートは千雪のためのものにするし、携帯の暗証番号も千雪の誕生日に変えた。だから……一緒に帰ろう?」まるで間違いを犯した子供のように、航は焦りながら「改善結果」を並べ立てる。しかし、私は冷静にまるで他人を見るような目で航を見つめた。「わざわざゴミを捨てたっていう報告のためだけに、ここまで来たの?」航が呆然としている。私が怒ったり、泣きじゃくったり、彼を責め立てたりする展開を想像していたのだろうが、私がここまで冷め切っていることに理解が追いつかないようだ。「実は……これを渡したくて……」航は胸元から茶封筒を取り出し、両手で差し出してきた。それは、私がどんなに泣いて頼んでも見せてすらくれなかったもの。「これは会社が特別に発行したジャンプシートの搭乗許可証だ。期限は無期限。君がコックピットからの景色を見たいと思ったとき、いつでも連れて行くから」航は続けて、畳まれた「やり直しリスト」を取り出した。「これは君への償いだ。甲状腺手術をやり直すことはできないから、最新の設備が整った病院での健康診断を予約したよ。オーロラも来月見に行こう。千雪の行きたい場所には全部連れていくから。お母さんの件も、東都の専門医に話を通して……」航は支離滅裂に語り続け、冷え切った約束の数々で、この8年間の穴を埋めようと必死だった。私はその紙を見て、何だか笑いが込み上げてきた。「航」私は航の切実な言い訳を遮る。「私があなたのもとを去った理由を、まだ理解してないの?まさか、搭乗許可証をもらえなくて、オーロラに行けなかったからだとでも思ってるの?」航の声がぴたりと止まった。「『俺は仕事をしに行ってるんだ。遊びじゃない』そう言ったのはあなただよね?

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第7話

    航の怒鳴り声に驚いた陽菜は、数歩あとずさる。彼女はこんな航を一度も見たことがなかった。これまでの航は、穏やかで何でも器用にこなす機長であり、先輩だった。「航さん、何で私をそんなに怒鳴りつけるの?」陽菜の目元は赤らみ、今にも涙がこぼれそうだ。「もしかして、オーロラのことで奥さんと揉めてるの?でも、私はチケットを返すって言ったのに、どうしても私を連れて行くって言ったのは航でしょ?奥さんがいなくなったからって、私に当たるのはおかしいんじゃないの?」航は陽菜をじっと睨みつけた。今にも泣きそうな陽菜を見ていると、どうしようもない嫌悪感で吐き気がした。この4年、自分はなぜこの女を可愛い後輩だと思って世話をしてきたのだ?千雪が去ったあと、陽菜の最初の反応は罪悪感を感じることではなく、むしろ航と関係を切り離そうと必死になり、さらには航に責任を押し付けるような態度すら見せた。「最初から、千雪がいなくなったことを知ってたんだろ?」航は立ち上がると、一歩ずつ陽菜へ詰め寄った。「あの日、空港のラウンジで、千雪が向かいにいたから、わざと俺の腕を組んだんだよな?」陽菜は一瞬焦ったが、すぐに平静を装う。「何言ってるの?航さん、とりあえず落ち着いて。奥さんは実家に帰っただけかもしれないでしょ……」「黙れ!」航は陽菜が持っていた合鍵を奪い取ると、ピンク色のスーツケースと彼女を一緒にドアの外へ押し出した。「もう仕事以外の用で個人的に連絡してくるなよ。二度と俺の前に現れるな」「航さん!どうかしてるんじゃないの!?」陽菜がついに本性を見せる。「ねえ、私を捨てるつもり?じゃあ、これから誰が私のシフト管理をしてくれるの?練習機のトレーニングは誰が付き合ってくれるの?あなたが口を利いてくれなくなったら、私これからどうすればいいのよ!」その言葉を聞いた瞬間、航の気持ちは完全に冷え切った。そこにあったのは航に対する心配でも疑問でもなく、ただ「得られるはずだった利益を失うこと」への怒りだけだったから。「消えろ」航は音を立ててドアを閉めた。陽菜の悲鳴のような喚き声が外から聞こえてくる。翌日からの数日間、航は憑りつかれたように家の中を片付けた。業者を呼び、陽菜が触った、あるいは一度でも使った形跡のあるものは全て処分させた。

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第6話

    航は気が狂ったように、千雪のことを知っている人へ電話をかけ続けた。まず手始めに、南に連絡をとる。通じるなり、航は焦った様子で聞いた。「南さん、千雪がどこにいるか知っていますか?」電話越しに南が鼻で笑う声が聞こえてきた。「あら、もう休暇から帰ってきたんですか?オーロラはどうでした?」「そんなことはどうでもいいですから!千雪は一体どこにいるんですか?拗ねるにしても、やりすぎなんですよ!」「拗ねてる?」南が声を荒らげる。「頭の中までジェット燃料が詰まってるんですか?拗ねてるだけの人間が、携帯まで解約すると思います?」「俺に機嫌を取らせたいだけなんですよ!」航は奥歯を噛み締めた。「オーロラを見にあいつを連れて行かなかっただけですよね?それで、そのチケットを同僚に譲っただけ。埋め合わせすればいいだけなのに、ここまで大事にする必要があるんですか?」「自分がどうして捨てられたのか、まだわかってないんですか?」南はタバコを深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。「6年前に千雪が甲状腺の検査に引っかかったとき、あなたは海外路線に乗っていたから、私が彼女の病院に付き添ったんです。で、結果を聞くのが怖くて千雪が泣いていた時、あなたに電話をかけました。その時、自分がなんて言ったか覚えてますか?『鬱陶しい。今から離陸だから、俺の気分を害するな』って、千雪を突き放しましたよね?」「あ……あの時は何も知らなかったから……」「そう、あなたは知りませんでした。だって、千雪は風邪で炎症を起こしただけって、あなたに嘘をついていましたから。じゃあ、あなたが3年前に機長昇格試験を受けていた時、千雪のお母さんが心臓の手術を受けていたのは知ってましたか?昼間はあなたの世話をして、夜は病院でお母さんに付き添って……過労で廊下で倒れちゃったんですよ?」航の息遣いが次第に荒くなる。「千雪は俺に何も言ってなかったんです……何も……」「言ってないわけないじゃないですか!」南が怒鳴った。「千雪はラインであなたにも付き添って欲しいって相談してました。でもあなたはなんて返しました?『成瀬さんのシミュレーター練習で忙しいんだ。くだらないことで邪魔するな』って!」航は完全に言葉を失った。「それに、あの成瀬さんのことだってそうです」南は容赦なく航に真実を突き

  • 機長の夫が、私にだけ見せてくれなかった空の景色   第5話

    雲嶺市の太陽はジリジリと焼けるように熱く、体にまとわりついてくる。私は湖のほとりの庭付きの古民家を借り、。半年分の家賃を前払いした。大家は親切そうな女性で、大きなスーツケースを引く私を見ると、荷物運びを手伝ってくれた。「一人旅ですか?雲嶺市はいいところですよ」「旅行じゃなくて、ここで暮らし始めるんです」私は持参した本を、窓辺の棚に並べる。「ここで生活ですか。ここは穏やかに暮らせますよ」そう言って、大家は微笑みながら去っていった。私はまっさらなベッドに倒れ込み、天井の梁を見上げた。ジェットエンジンの轟音も、飛行図も、何かを待ち続ける日々もない。8年ぶりの、心安らぐ睡眠だった。遥か数千キロ先、G国でのこと。航がどうなったのか、私は関心がなかったが、後に南から電話で聞いた。……あの日、航と陽菜はG国のガラスのドームホテルにいた。航はいつもの癖で携帯を取り出し、千雪にメッセージを送ろうとした。どこへ行っても千雪に報告をすることが、もう航の習慣になっていたのだ。【千雪、ホテルに着いたよ】メッセージを送る。いつもなら1分以内に既読がつくのに、今日は一向に既読がつかない。そのまま電話をかけてみるが、それも繋がらない。航は違和感を覚えた。まさか、自分のことをブロックしているのか?すると、バスルームから妖艶なネグリジェ姿で出てきた陽菜が、航の背中に抱きつく。「ねえ航さん、何見てるの?もうすぐオーロラが見えるよ」航は眉をひそめたが、そのまま携帯の画面を伏せた。「何でもないよ。ちょっと携帯の電波が悪かったみたい」どうせ、ただ拗ねているだけだろう。今までどれだけ喧嘩をしても、千雪が自分をブロックしたことなんて、8年間一度もなかったのだから。戻ったら、ブランド物のバッグでも買って、少し機嫌を取ってやれば、すぐに機嫌を直すだろう。航はその後も、陽菜と5日間G国でオーロラを眺めた。そしてインスタに、背中を写した写真や風景の写真を3枚ほど投稿する。しかしこの数日間、航は何とも言えない違和感を常に覚え、心がざわついていた。6日目、航の我慢がついに限界に達した。マンションの管理センターに電話を入れる。「もしもし?妻が体調を崩して寝込んでるんじゃないかと心配なので、家の中を見て

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status