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欲しがり男はこの世のすべてを所望する!
欲しがり男はこの世のすべてを所望する!
Author: 相沢蒼依

プロローグ

Author: 相沢蒼依
last update Last Updated: 2025-07-09 17:02:46

 ひと仕事を終えたあとに、時間指定で呼び出された高級ホテルのスイートに足を運ぶ。部屋のインターフォンを鳴らすと相手はすぐに扉を開けるなり、満面の笑みを浮かべて俺の肩を抱き寄せ、高級感漂う室内に誘った。

 俺を見つめる視線から、値踏みするような感じが漂っていたが、それを無にするために、持っていたクリアファイルを相手の目の前に突きつける。

「む? なんだこれ?」

「これからおこなうことについての契約書だよ、森さん」

 肩に触れている手を払い退けて、目についたソファに腰を下ろす。仕方なさそうな顔をした森さんも、向かい側にあるソファに座った。そして手渡したクリアファイルから契約書を引っ張り出し、ザッと目を通してから、訝しそうに俺を見つめる。

「こんなことも契約って、なにを考えてるんだ?」

「俺にとって、芸能界での仕事がかかっているからね。裏切られないようにするための手段ですよ」

「この俺が、裏切ると思っているのか?」

 森さんはくだらないと言わんばかりに契約書をクリアファイルごと、テーブルに放った。バサッという無機質な音が最初からなにもなかったように、スイートの室内に溶け込む。

「森さんだってわかってるでしょ。芸能界に長くいれば裏切りはもちろんのこと、いきなりの解雇や身に覚えのないネタを、週刊誌に売られたりするとか」

「まあな……」

「モデル出身の俺が森さんにたどり着くまでの苦労を、少しだけ考えて欲しいんだけどな」

 肩まで伸びた黒髪を耳にかけ、ニッコリほほ笑んで立ち上がり、森さんの傍にしゃがみ込む。

「契約書の内容は、森さんの喜ぶことばかりがプリントされているのに、契約に応じない感じですか?」

上目遣いで質問した俺に、森さんは顔色を一切変えずに低い声で口を開く。

「俺が断ったら、次はどこの誰を相手にするんだ?」

 質問を質問で返されたものの、訊ねられたセリフは想定内のものだった。困惑の表情を作り込むために眉根を寄せ、瞳を潤ませながら少しだけ震える口調で告げる。

「森さんよりも有能なプロデューサーなんて、この俺が見繕えるわけがないのに。意地悪なことを言わないでくださいって」

 言いながら森さんの利き手を掴み、頬に擦り寄せて熱い吐息を吹きかける。ついでに流し目をして、手のひらにキスを落とした。これで俺のヤル気が伝わったら、こっちのものだ。

「……これに署名すればいいのか?」

 少しだけ掠れた声に変化したことで、あと少しで落ちるのがわかり、森さんの利き手を両手で包み込んで強く握りしめ、押しの一手を使う。

「ほかにオプションを付け足したいとかあれば、遠慮なく言って。どんなことでも、快く応じてみせるよ」

「どんなことでも、か?」

 下卑たまなざしが、俺の全身を舐めるように這う。これまでいろんなコトをしてきた俺だから、どんな注文をされても平気だった。

「その体で、どこまで俺を狂わせるつもりだ?」

 森さんが掠れた声で呟き、俺の肩を強く掴む。

「どんなことでもやってみせるけど、それに見合う仕事をくれないと、俺はどこかに行っちゃうかもです」

 敬語とタメ口の両方を絶妙に使い分け、交渉相手を翻弄するのはいつもの手口。裏取引に慣れているお蔭で、どんなトラブルが起きても対処できる。

「わかったわかった。清涼飲料水のCMで使えそうな役者がいないか、知り合いから頼まれていたところさ。それなりに知名度の高い商品のCMだが、どうだ、やってみるか?」

「やる! テレビに出られるのなら、CMだってかまわない」

「そんなに有名になりたいのか?」

「なりたいさ。有名になって結婚の約束をした、幼馴染の女のコを迎えに行くんだ」

 俺の返事を聞いた森さんは、呆れた表情をありありと浮かべる。

「そのためだけに俺と関係を持つなんて、実際信じられない話だな」

「彼女が俺のやってることを、知られなければいいだけなんだって。それよりもCMの話、今ここで進めてくれなきゃ、俺はなにもしないからね」

 包み込んでいた森さんの手を放し、座っていたソファに戻って、わざと距離を置いた。

「わかった、知り合いに電話する。ちょっと待ってろ」

 森さんがスマホで相手に連絡しているのを見ながら、これまで自分が辿った過去の出来事を思い出す。

 ここまでくるのに、どんなに長かったことか。思い描いたように、うまく人生が進まなかった。回り道を繰り返した挙句に手酷い仕打ちに遭って、何度も諦めかけた。

 それでも諦められなかったのは、心の奥底に彼女の笑顔が残っていたから。雑踏の中に紛れていても彼女を見つけ出せたのは、昔と変わらない、純粋でキレイなままの君がそこにいたお蔭だよ。

 俺は目に映るもの、すべて手に入れる。だからそのまま、そこにいてほしい。じっくり見極めて、君の心の中に忍び込んであげる。

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  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉔

    *** すぐ傍にいるのにどうしても落ち着かなくて、克巳さんのスーツの袖を掴んでしまった。「ねぇ克巳さん、どうしよう。胸が苦しいくらいにドキドキする」「俺が愛の告白をしたときと比べて、どっちがドキドキするだろうか?」 元村との大差ある得票数を目の当たりにして、最初のうちは暗い顔をしていた克巳さん。だけど今は、こんな冗談が言えるくらいに明るくなった。 落ち着かせるためなのか、スーツを掴んでいた俺の右手を手に取り、両手で撫でさすってくれる。白けた顔をしたはじめが、俺たちの様子を見ながら口を開いた。「僕が考えた予想ほどではないですけど、いい線いってますよね」 改めて3人そろって並んで、ホワイトボードに記入された数字を見やる。葩御 8100 25800 59600 83000 114500元村16500 42000 70500 88000 115600 背後にいるスタッフも、歓喜を抑えながら最終結果を待っていた。「はじめ、さっきの克巳さんの話だけど――」「さっきの話とは?」「俺の補佐をしないかってヤツ」 言いながら二階堂の横にいる克巳さんに向かって、誘うようなウインクをした。それを合図に、黙ったまま頷く。「陵さん、その話はお断りしたはずですが」「俺はこの選挙に勝って、国会議員になる。目指すところは、自分の考えた政治をするのに手っ取り早い、内閣総理大臣になることなんだ」 克巳さん以外に、自分の夢を語ったことはなかった。そんな俺の夢を聞いたはじめは驚きを隠せなかったのか、目を見開いたまま、ズリ下がっていないメガネを何度も押し上げる。「二階堂、陵に返事をしてやってはくれないか。俺の誘いは断ったが、本人からの依頼だ。どうする?」 焦れた克巳さんが、二階堂に返答を促してくれた。「陵さんが内閣総理大臣……。そんなの――」「はじめの言いたいことはわかってる。そんなの、無理な話だって言うことだよね」 思慮を巡らせているのか、目を泳がせた言葉数少ない二階堂に、ズバリと突きつけてやった。「陵さん。参ったな……」 せわしなく触れていたメガネを外し、両目をつぶりながら目頭を押さえる。相変わらず、考え事をしているらしい。二階堂はなにかを深く考えるときに、よくこの仕草をしていた。 そんな彼の考えを覆すことを言えるとは思えなかったが、やろうとしていること

  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉓

     なにを言えば陵が納得するかを考えていたら、渋い表情の二階堂がやれやれと先に言葉を発した。「僕としては最初からぶっちぎりの得票差で勝つよりも、今みたいにハラハラしながら追い上げていく選挙が好きです」「はじめには聞いていないのに、どうして口を出してくるかな」「なにを言うかと思ったら。仲のいいところを見せつけられる、僕の身にもなってほしいです。口出しの一つや二つくらいしたくなりますよ」 軽快なやり取りをするふたりを、俺は漫然と眺めるしかなかった。 最初よりも差が縮んでいるとはいえ、それがもっと縮まるという保障はどこにもない。このまま、元村が逃げ切る可能性だってある。 そんな不安を抱えるせいで、いつものように会話することができない。「秘書さん、いい加減にそろそろ、眉間のシワをとっていただけませんか。陵さんを心配する気持ちはわかりますが、最終的な結果が出るまでは、できるだけ笑顔を心がけていただけると助かります」 不安な表情をズバリと指摘されたので、自分なりに笑顔を作ってみたのだが、どうしてもうまくいかず、引きつり笑いになるのがわかった。「済まない。選挙プランナーの君の意見をきちんと聞かなければいけないことくらい、頭ではわかっているのに」「克巳さん、無理しなくていいよ」「陵……?」 自分を見つめる陵の眼差しはどこまでも澄んでいて、不安の欠片がまったく見当たらないものだった。「俺の代わりに克巳さんが、マイナスの感情をわざわざ背負ってくれている気がするんだ。そのおかげでどんな状況でも、ポジティブに考えられる。ありがとね」「そんな、こと――」(こんなときだからこそ、大事な君を支えなければならない言葉のひとつくらい、かけることができたらいいのに)「さぁて、凄腕の選挙プランナーの得票予測数を見たいんだけど、用意しているんでしょ? はじめならやっているよね?」 二の句が継げられず困惑して固まってる俺を解放するためなのか、陵は二階堂に話しかけながら、ホワイトボードのあるところに向かう。頼もしいその背中を、ただ見送るしかなかった。「さすがは陵さんです、当然予想していますよ。僕の考えによる、奇跡の道程をお見せしましょう」 弾んだ声に導かれるように、スタッフも二階堂の傍に集まった。 がらりと雰囲気が変わった事務所のおかげで、俺の中にある不安もかなり癒され

  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉒

    ***「もしもし。はい、葩御(はなお)8100。元村16500」 陵を信じて投票した有権者が自分の予想を超えていたことに、内心安堵のため息をついた。若者よりも年配者の多い地区だけに、スキャンダルな過去の出来事が明るみになった時点で、クリーンな政策を推し進める元村が優勢なのは目に見えていた。 だからこそ、もっと差がつくと考えていたのだが、元村と半数あまりの開票差はまだまだ先が分からないだろう。「二階堂、おまえはこの差をどう見る?」 その場にいるスタッフが陵に労いの言葉をかけている間に、腕を組みながら隣で座っている二階堂に疑問を投げかけた。「そうですね。開票がはじまったばかりなので、こうなるという確証は言えないですが、ギリギリまで陵さんが追う立場になるでしょうね」「その根拠はなんだろうか?」「テレビで例の件が放送されましたが、選挙戦最終日の3日間、地元で遊説せずに追い込みをかけられなかったのが、やはり痛かったと思います。それと昨日街頭で、無記名によるアンケート調査をしてみました」 二階堂のセリフで、昨日午後から彼が不在だったことを思い出す。確か手の空いてるスタッフも、数名ほど一緒にいなくなっていた。「そんなことをしていたなら、俺にも声をかけてくれたら良かったのに」「秘書さんは陵さんの傍で、不安定になっているメンタルを支えてほしいと考えたので、あえて声をかけませんでした」「さすがは選挙プランナー。陵の精神状態から有権者の動向を考えて仕事をするなんて、俺には絶対に真似ができない」「僕では陵さんの傷ついた心を癒すことはおろか、支えることもできませんから。秘書さんには敵いません」 互いに目線を合わせて苦笑いしているときに、ふたたび電話が鳴った。これ以上の差が開きませんようにと願いながら、電話に出たスタッフの声に耳を傾ける。 二階堂は眼鏡のフレームを上げながら、ホワイトボードに鋭い視線を飛ばしていた。耳からの情報と共に数字で現状を把握しようとしているのが、真剣な横顔から伝わってくる。 追う立場になると言いきった二階堂の言葉を思い出しながら、スタッフの返答を待つ。「もしもし、葩御25800。元村42000……」 微妙すぎる得票差を聞いて、事務所にいるスタッフ全員が険しい表情になった。「すごいね。俺に2万5千人も票を入れてくれた人がいるんだ」

  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉑

    「だったら二階堂、チャンスをあげようか。どうする?」「――チャンス、ですか?」 ちょっとだけ首を動かして、顔を上げた二階堂の表情がわからなかった。メガネのレンズが蛍光灯に反射するせいで、驚いているのか困惑しているのかすら判断ができない。「選挙プランナーを辞めて、陵の補佐をしてほしいと思ってね」「なっ!?」「この選挙に陵が絶対当選すると、俺は予想している。だからこそ、その後のことを考えた結果だ。二階堂、政治家に顔の利く君がいれば、陵がしたい政策がしやすくなるだろう」 克巳さんからの意外な提案に俺だけじゃなく、二階堂も開いた口が塞がらない状態だった。「陵の傍にいれば、いつかはチャンスが巡ってくる可能性だってある。違うか?」「秘書さん、大丈夫ですか? 仰ってる意味を理解しているのでしょうか」「もちろん。陵の秘書として、二階堂がいれば百人力だと考えた。デメリットは、愛しい人が自分よりもイケメンに狙われるということだが、俺はなにがあっても平気だと思ってる」(克巳さん、貴方って人は――) 心配になってふたりの会話に耳をそばだてる俺を尻目に、克巳さんは飄々とした態度を貫く。そんな彼を見て、二階堂が苦虫を噛み潰したような表情をした。「ライバルに堂々とそんな宣言をされて、傍にいられるような図太い神経を、僕は持ち合わせていないですよ。補佐の話はお断りします」「そうか、残念だな」「秘書さんだけじゃなく、陵さんのガードも相当なものですから。押しても引いても、まったくびくともしなかった」 二階堂がパイプ椅子の背に、躰を預けたときだった。事務所にある電話が、けたたましい音を立てて鳴り響く。 電話の目の前にいたスタッフがすぐさま受話器を取り、相手からの要件をしっかりと聞きながらメモを取りはじめた。「もしもし。はい、葩御(はなお)8100。元村16500」 もう一人のスタッフが電話の声に反応して、ホワイトボードに告げられた数字を書いていった。「皆さん、落ち込んでいる場合じゃないですよ。開票は、まだはじまったばかりなんです。陵さんを信じて投票してくれた方が、絶対にたくさんいます。この差が縮まることを信じましょう!」 2倍の差をなきものにするような大きな声を張り上げたはじめに、すっかり気落ちしていた俺は笑うことができた。「ありがとう、はじめ。このままもっと差

  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑳

    ***(克巳さんや二階堂のお蔭で、起死回生のチャンスが巡ってきたのかもしれない――) 未成年者だったときにおこなった悪さが原因で、選挙戦後半の大事なときに実の母親が仕掛けた罠に足を引っ張られ、心の底から肝が冷えた。 だけどそんな自分の感情を、必死になって抑え込んだ。今まで献身的に支えてくれたスタッフや有権者を裏切ることをしたくなかったので変に誤魔化さず、素直な気持ちを言葉に変換して、大勢の人に伝えることができた。 謝罪したその日の夕方と次の日のワイドショーは、そろってその映像をもとに放映された。 今回の騒ぎで迷惑をかけたこともあり、選挙日まで遊説など外出をせずに事務所で謹慎していたので、こうして全国規模で流されるのは、本当にありがたみを感じた。 たとえテレビの内容が自分を叩くことであっても、必然的に多くの有権者の目に入る――それにより選挙の結果がどうなるかはわからないけれど、ワクワクしながら投票日になるのを待った。(――あと数時間後には、今回のことを含めた審判がくだされるんだな……) そんなことを考えつつ、事務所の片隅で克巳さんが二階堂と向かい合って、熱心になにかを喋っている言葉に耳を傾けた。「二階堂、各局それぞれの番組をチェックしてみたのだが、反応はハーフハーフといった感じに見えた」「そうですか? 僕はむしろ、稜さんを賛辞しているところが多かったように思えましたけど。潔く自分の非を認めて頭を下げることは、容易じゃないですからね」 選挙結果を待っている最中になされるふたりの会話を聞いて、思わず口元が緩んでしまった。選挙戦後半になってからは、今のように顔を突き合わせて、話し込んでいる姿がよく目に留まった。 以前なら喧嘩腰で話をすることが多かったのに、ハプニングが起こるたびに、いつの間にかふたりの距離が縮まったらしい関係が、いいコンビだなと実感させられた。 それは、俺が妬いてしまうくらいに――。 彼らの会話にずっと耳を傾けていたいのは山々なれど、つけっぱなしにしているバラエティー番組の隅に映し出されるであろう、開票速報の音も同時に探していた。 画面の中でわいわい楽しそうに騒いでいるお笑い芸人のギャグを見ても、頭の中にまったく入ってこない。開票速報の結果が知りたくて、うずうずしながら膝に置いてる両手を握りしめたときだった。「秘書さん、あの

  • 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!   白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑲

     俺が決意の色をその表情で悟った瞬間、陵がその場で腰を屈めるなり左手に持っていたマイクを足元に置く。目の前で行われる彼の奇行に、ギャラリーがざわつきはじめた。 そんなことを気にせずに姿勢を正してから、数秒間きちんと頭を下げて、ふたたび顔を上げる。 盛大に息を吸った形のいい唇が、吸いとった空気を全部吐き出すように大きく動いた。俺の目には、それらの行動がスローモーションのように見えてしまったのは、どうしてだろう。「革新党公認候補の葩御稜です」 張りのあるテノールが、大勢がざわつく声を一瞬でかき消した。芸能人のときにおこなっていたボイストレーニングの効果が、未だに有効なことを思い知らされる。「陵さん、いったいなにを言うつもりなんでしょうか。もしかして今回の選挙を、辞退するなんてことを……」「それはありえない。これまで一緒に戦ってきたスタッフたちの苦労を無にしないように、どんなことがあっても歯を食いしばりながら、そこに立ち続ける男なんだ」 二階堂との話を中断するように、陵が話し出した。「投票日まで残り3日となりました。こうやって皆さんの前に立たせていただくのも、もしかしたら今日が最後になるかもしれません」(――今日が最後って、それって二階堂の考えていたことが現実化するのか!?) 表情を一切変えずに淡々と喋る陵から、どうしても視線が外せなかった。「昨日販売された週刊誌に掲載された私事について、この場にて釈明いたします。今から十数年前、当時の私は未成年でありながら、お酒を飲んだという記事が出ました」 とてもよく澄んだ声が、耳だけじゃなく心にも突き刺さる感じで聞こえてくる。陵の後方に控えている女性スタッフの数人は、両手で顔を押さえながらすすり泣いていた。 大勢の人がいる中でみんな揃って静まり返っているので、女性スタッフの嗚咽する声が妙に響く。複雑な感情を抱えた陵の声を聞くだけで、得も言われぬ衝撃を受けているのが自分だけじゃないことが、目に映るスタッフたちの表情でわかった。「掲載されているものすべてが事実ではございませんが、私がお酒を飲んだことについては認めます。大変申し訳ございませんでした」「ほぉら、言わんこっちゃない! 芸能人だからって、なにをしてもいいと思ってるんだろ!!」 深く頭を下げた陵に向かってヤジを飛ばした声は、聞き覚えのあるものだっ

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